11 対決ダイガン 前
「七日間じゃ短いと思っていたけど、充分に変わったわ~。これなら見返すことができるわね~」
『ふふふふふ~。素材が良いからよね~。ふふふふふ~』と、エルキュールが満足げに頷いて笑っている。
お世話焼きのエルキュールは、ミリティアムの服から、食事から、美容に至るまでを、徹底的に管理し、彼女を磨き上げた。
痩せぎすの貧相で可哀想な少女のまま、グリムンドに行かせる気は皆無だったのだ。
艶々と輝く真っ直ぐな銀色の髪に、くりっとしたヘーゼルの瞳。
小さく形の良い唇が、ふっくらとしはじめた頬に挟まれ、よりミリティアムの愛らしさを強調している。
苛酷な旅をして来たとは思えぬ程、白く透き通った肌にほんのり薄く化粧を施し、雪国蚕から取れた糸を使った生地を、エルキュールのデザインで仕立てた聖女の旅装を着せれば――
あら、まあ、不思議。美少女聖女の完成だ。
「さあ、行ってらっしゃいな。危険があればすぐに、うちのハゲ頭につかまって転移するのよ~」
「いやー、エルキュール様。それじゃあ滑り落ちちまうっすよ」
「エヴァルド様どうかお気をつけて。帰るまでが遠征です」
「保護者かグイードは。俺ももう17で成人しているんだから、子供に言う格言を言うな」
「私の不安な気持ちを紛らわすために、みんなが和ませてくれているのね」
『キュウン――いや、あれは素でやっているぞ?』
「ミリ、グリムンドに着いたら何が起こるか分からない。保護壁をずっと最大で張っているんだぞ」
「分かったわ、エヴァ。それではエルキュール様、グイードさん。行ってきます!」
「美味しいケーキを準備して待っているから、早く帰って来てね~」
「はーい」
ハーゲンの腕につかまって、ミリティアムとエヴァルドはグリムンド国のはずれに転移した。
「一部役得っすが、男に縋りつかれるのは気持ち悪いっす……」
「俺だって、オッサンと腕を組みたくはない!」
「いや、俺25歳だし、オッサンじゃないっすよ」
「「「……………」」」
「えっ。何っすかその沈黙……。16、7歳からすれば充分オッサンってことっすか? それともなにっすか。髪のことっすか。ってかピグまで……。くそっ。お前のフサフサの尻尾を俺に寄越せっす。ずっと頭に乗せるっす!!」
『ギュ――やらねーよ!!』
男性陣がギャーギャー騒いでいるうちに、獣人族の集団が近づいて来ていた。
(あれ? 獣人たちが、森からこちらの方に向かって来ているわ。あっ、今日は集団狩りの日だったのね……。間が悪かったわ……)
――獣人の中から、一際大きい体格をした男が近づいて来た。一瞬目を見開き驚いた後――
「お前……。ミリティアムか?」
「お父様……」
「何故ここにいる!? リルムラント国の辺りで死んだのではないのか!!」
「いいえ。私は無事にリルムラント国の国王、エルキュール様にお目通りが叶い、本日は同国の使者の方々をお連れした次第です。」
エヴァルドとハーゲンを、獣人族国王ダイガンがジロリとねめつける。
(やっぱり生で見ると怖いわ……)
ダイガンは、獅子の特徴を色濃く持ち、獣人族の中で一番強き者とされる王だ。
苦しかった過去の出来事も思い出し、否が応でもミリティアムは萎縮してしまう。
(流石に魔人族国の使者として紹介した二人には、おかしなマネはしないでしょうが、私に対しては別よね……)
「ミリティアム。お二人を城にご案内しろ。粗相はするなよ?」
「はい」
(そういえば訓練に明け暮れて、こちらに着いてからのことは無策だったわ……)
ミリティアムは不安に押し包まれたが、もうこの人に屈しはしないと、心に誓った。
***
「それで、使者殿。本日は知らせもなく、どの様なご用向きで来たのであろうか?」
「それは私からご説明致します」
自分の国のことで、エヴァルドもハーゲンも巻き込むわけにはいかない。と、ミリティアムは勇気を出して発言した。
「お前ごときが説明出来るのか? ふん。まあよい。取り敢えずは聞いてやる。」
「ありがとうございます。単刀直入に申し上げます。リルムラント国の国王、エルキュール様のお導きで判明したのですが、私は千年前に亡くなった聖女と、同じ力を持っておりました」
「ほう。ぬかす。お前が聖女とな。しかしエルキュール殿を疑う訳にはいかんな」
「髪の色が変わったのは、聖女の力に目覚めたからとのことです。しかし、その力を引き出すためには、この国に伝わるムーンストーンが必要なのです。本日はそのムーンストーンを、譲り受けに参りました」
「なっ、なにをふざけたことを言っておる! あれは亡き我が妻の形見であり、王家の女に代々受け継がれてきた物であるぞ!」
大人しく、聞く姿勢を見せていたダイガンが激昂する。
しかし、ミリティアムはひるまない。
「母の形見で、王家の女性に受け継がれるのであれば、長女である私が受け継いでも、なんの問題もないではないですか」
「お前にやれるような物ではない! 聖女の力で何が出来るというのだ! そんなものがあったとて、お前が狩りも出来ぬ無能者であることに、変わりはないであろう! 王家の女で、お前以上に我が妻の形見に不相応な者はおらんだろうが!!」
たてがみビンビンで、牙を剥き出して怒り狂う父を目前に、確かに聖女の力とは具体的に何なのかを、エルキュールから聞いていなかったミリティアムは黙り込んでしまいそうになるが、まだ負けはしない。
もうこれ以上馬鹿にされまいと、ダイガンにたたみ掛ける。
「狩りの能力が獣人族内での優越を決める、その風習自体が時代遅れなのです! 狩ることしか能力がないと、言っているようなものではないですか!」
まさかのミリティアムからの口撃に、唖然とするダイガン。
「人族の国ゲルドリア王国では、今や自然界の恵みを貪りつくし、食料不足に陥っているそうですよ! 獲物を狩るだけ狩って、森や湖の生態系が崩れていることに全く気付きもせず、毎年同じことを繰り返している! どこかのお国とおんなじですね?」
人族を貶している訳ではないのかと、ダイガンは思考を巡らせ始めた。
「いつまで今年は獲物の数が少ないなーって、馬鹿みたいに何年も同じことを言い続けているのですか! 国の人口は増えているのに必要な食糧が減っているのだから、破滅の未来しかないのは分かり切ったことでしょうに!」
どうやら、獣人族のグリムンド国について言われていることに気づき始めたらしい。
「どうして生活そのものを工夫したり、自らの手で育てたり、自然や他の生き物と共存したりが出来ないのですか! 貪るだけの獣人族は、まるっきり人族と同じではありませんか! この分からず屋の脳筋!!」
「ぐぅっ……」
ダイガンがわなわなと震えている。
(初めての私からの反撃に、父はすぐには反応出来ないようね。でも、どうせ次の瞬間には力でねじ伏せようとしてくるわ)
ミリティアムはエヴァルドに言われた通り、保護壁を最大限で張ってはいたが、反射的に歯をくいしばる。
「このーっ! 能無しの小娘のくせに小癪な!! 髪の色が変わった位で調子にのるなあぁっ!!」
――いつもの調子を取り戻したダイガンが、ミリティアムを殴りつけようとした――