10 訓練
ミリティアムは人生で初めて、忙しくも充実した時を過ごしていた。
体内の力の制御や、出力についてみっちり座学から入り、体外への出力以外は実践訓練を行った。
無意識に聖女の力で、常時微弱な保護壁を纏っていると驚かれた。
エルキュールの言っていた通り、エヴァルドやミリティアムのように、常時力を使っているタイプは特殊らしい。
「ミリ様は努力家で覚えも早いっす。これなら全速力の魔馬と正面衝突したって無傷っすよ。」
「ハーゲンさんの教え方が本当に分かりやすいお陰です。ハーゲンさんが凄いんですよ」
無垢全開の笑顔でほめ返され、ハーゲンがゆでだこになる。
「聖女ってより小悪魔っす。こりゃ、みんなやられるっすよね……」
「? どうかしましたか?」
「いや、なんでもないっす! さ、保護壁の後は身体能力の強化もあるんっすから、ガンガン続けるっすよー」
***
意外とスパルタなハーゲンに、『自分を護れぬものが、他人の力になどなれない』と言われ、取り敢えず、保護壁と身体強化の訓練をひたすらしていたが、ある日ハーゲンがエヴァルドを訓練場に連れて来た。
「今からミリ様の試験を行うっす。エヴァ様は本気で、剣と魔法でミリ様にかかって行って欲しいっす。それをミリ様は、保護壁で防いでほしいっす」
「待て! ミリを攻撃するなんて無理に決まってんだろ!?」
(ハーゲンさんは、私がエヴァの攻撃を防げると判断したから、試験をするんだわ)
「エヴァ。心配しないで。私は必ずエヴァの攻撃を防ぐわ」
「……俺はミリに剣や攻撃魔法を向けるなんてことは出来ない……」
「エヴァは私の力を信じてくれないの? エヴァに信じてもらえないのは悲しいわ」
チッと舌打ちをし、ハーゲンをひと睨みした後、エヴァルドは渋々試験に付き合うことにしたようだ。
「ミリを信じているが、こんなことしたくはないんだからな!」
――こうして、エヴァルドとミリティアムの戦い!? が始まった――
「ミリ、ちゃんと止めろよっ!」
エヴァルドの放った炎の矢が、ミリティアムに豪速で向かって行く。
しかし、ミリティアムの身体に当たったと思いきやいなや、シュッと音をたて、次々と魔法の矢が消えて行く。
「よしっ! ならこれもいけるな?」
風と水の複合魔法がミリティアムの周囲を取り囲んでいく。
氷雪の嵐となりミリティアムの姿は見えなくなった。
嵐が止んだ後……。そこには同じ場所に佇む、無傷のミリティアムがいた。
今度は剣を抜いたエヴァルドがミリティアムに切りかかる。
ミリティアムに刃が届いたかと思ったが――エヴァルドの腕がピタリと止まっていた。
剣を手から滑り落とし、痺れる腕に苦悶するエヴァルド。
「すごいっす。やっぱりミリ様の防護壁は最上級っす!」
ミリティアム本人も、エヴァルドの攻撃を防ぎ切った、自分の防護壁の性能に驚きを隠せない。
エヴァルドは一言も発しないで、落とした剣を拾い上げている。
「……」
「エヴァ様ほど、剣でも魔法でも実力がある人がいなかったんす。申し訳なかったっす。ミリ様の力を知るためだったんすよ……」
「……」
「ごめんね? エヴァ……」
「分かった……。分かってる。……別に良いから。……俺は訓練に戻る!」
その様子を影から見ていたグイードは思った。
今日は思い切り、エヴァ様の稽古に自分が付き合おうと。
昼食後にはエルキュールに頼んで、エヴァ様の好きな甘いデザートを食べていただこうと。
好意を寄せはじめた女性に、例え試験とはいえ、切りかかってしまった苦悩と、傷つけたくはないが全く歯が立たなかったという現実は、相当きついだろうから……。
我が主をとにかく甘やかしたい! と。
(エヴァ様より実力があるとすれば、エルキュール様だろうが……。ミリティアム様の相手になることを説得出来なかったのだろうな……。ああ、エヴァ様おいたわしや……。このグイードが必ず癒して差し上げます……)
グイードのオカンレベルがアップした!
***
エルキュールはとても面倒見が良く、訓練の合間にお茶やお菓子を差し入れしに来たり、何着ものドレスやら、外出着やら、装飾過多な魔道着やらを揃えてくれたりしていた。
食事も大変美味しく、残飯を与えられていたミリティアムにとって、満たされた食事も初めてだった。
何より、エルキュールやエヴァルドやピグと、皆でその日あった出来事などを話しながら、食卓を囲むことが楽しかった。
不健康に痩せていた身体には、少しずつだが健康的な肉が付き始めていた。
ピグは初めての国を冒険しているらしく、毎朝ミリティアムと別れると、夕方まで帰って来ない。
不良おっさんネズミにならないか、心配され始めている。
「あいつは大丈夫っすよ。そんな男じゃないっす」
と、ハーゲンに言われ、心配し過すぎている自分をミリティアムは反省した。
エヴァルドは宣言通り、魔法の訓練をしている。
相当筋が良いようで、次々と新しい魔法を身につけて行っている。
リルムラントまでの旅の最中も、独学で努力してきたからか、すでに火・風・水魔法は上級クラスの魔法を使えるらしい。
グイードは、自身の鍛錬の傍ら、獣人族の人々に剣術や体術を教えたりしている。
教え上手で、日増しに生徒が増えて行っているそうな。
鍛錬の合間には、魔法書物の歴史書を読み漁っているとか。
そうこうしているうちに、とうとうグリムンド国へ行く日がやって来た。