第8話 モンスターハウス
「やれやれ。いずれ足を掬われるだろうとは思っていたが、こうも早いとはな」
俺は支配者権限で、モンスターハウスの様子を確認する。
中には体高2メートル程の大きな蛙――アシッドフロッグと、体長3メートルの黒いサソリ――ポイズン・スティガーの2種が無数に蠢いている。
そんな魔物達を相手に、テリー達は壁を背に頑張っていた。
「蛙は兎も角、サソリはきついか」
サソリはその外皮がとんでもなく厚い。
生半可な腕では掠り傷一つ負わせられないだろう。
テリーは確かに天才だが、如何せんパワーはそこまで高いわけではない。
その為、サソリ相手に思う様に攻撃が通らず苦戦している。
今は何とかエルの炎の魔法で追い払っている状態だが、そう長くは持たないだろう。
魔物に押し込まれるのも時間の問題だった。
「あぁっ!?」
一瞬の隙を突き、アシッドフロッグの長い舌が攻撃魔法を詠唱していたエルの右腕を捕える。
その舌は酸に濡れ、巻き付いた彼女のローブを、そして皮膚を解かす。
「糞がぁ!」
テリーが咄嗟にその舌を切り裂いた。
だがすぐさま別の舌が伸びてきて、今度はエルの足に絡みつく。
「あぁうあっ!!」
皮膚が解かされる激痛にエルが悲鳴を上げ、立っていられずに転倒してしまう。
巻き付いた舌は、そのまま彼女を引きずって行く。
「エル!」
「助けて!テリー!」
だが助けに向かおうにも、テリーはサソリに阻まれて動けない。
無理やり剣で切り払おうとするが、その厚い甲殻に阻まれ掠り傷がつくだけだ。
そうしている間に、エルは蛙の大きな口に飲み込まれてしまう。
「いやっ!いやぁ!テリー!!ああああああああぁぁぁぁっぁぁぁああぁぁ」
彼女の叫びは絶叫に変わり、そしてすぐに聞こえなくなる。
アシッドフロッグの酸は強力だ。
人間など物の数十秒で溶かし尽してしまう。
その為、声の途絶えは彼女の命の途絶えと同意だった。
「エル……嘘だろ……エル?」
呆然とする彼にサソリが取り囲み、その毒の刃を向ける。
終わりだなと思った瞬間、囲んでいたサソリたちの尻尾が跳ね飛んだ。
「――っ!?」
それはテリーの一撃。
だが先程迄とは明らかに違う。
その強力な一撃は容易く強靭なポイズン・スティンガー甲殻を切り裂いた。
「死なせるかよ!エルは!!俺が守るんだ!!」
彼は周囲のサソリをバラバラに切り刻み、エルを飲み込んだアシッドフロッグへと迫る。
攻撃もそうだが、動きも先程迄とは段違いだ。
「大事な物を守るために覚醒したってのか?漫画みたいなやつだな」
その変わりように思わずつぶやく。
気づくと、俺は興奮して拳を強く握りしめていた。
だが――
テリーは瞬く間にその間合いを詰め、蛙の腹を切り裂いた。
中からエルが――エルだった物が飛び出してくる。
骨こそそのままだったが、それ以外の部分はもう殆ど原型を留めていなかった。
ぐちゃぐちゃに解けた肉の塊と体液が地面に広がって行く。
「う……うわあああああぁぁぁぁぁぁっぁ!!」
テリーは剣を捨て、その場に膝を付いて、地面に広がるエルだった液体を手で掬う。
強力な酸が混ざっている為、彼の手も焼けてしまうが彼はそんな事を気にも止めず、広がって行く体液を腕でかき集めて何とかその場に留めようとする。
そうすればまるでエルが生き返るとでも言うかの様に。
「エル……エルぅ……」
泣きながらかき集めているテリーの背中に、サソリの針が突き刺さる。
その毒は即効性の致死毒だ。
テリーの体は力を失い、エルの遺体に折り重なってピクリとも動かなくなる。
「終わったか……しかしさっきの力……ふむ」
転移でモンスターハウスへと移動する。
俺はテリーの遺体を切り分けて口に運んでいるサソリを蹴り飛ばした。
「勝手に喰ってんじゃねーよ」
基本的に、俺はダンジョン内での冒険者の生き死にには関与しない事にしている。
何でもかんでもできる俺があれやこれやと手を出したら、つまらなくなるのは目に見えているからだ。
だが何事にも例外がある。
条件は2つ。
一つは俺を楽しませる事。
もう一つは、将来を期待できる事だ。
この2つを満たした場合にのみ、俺は手を出す事にしていた。
テリーは見事にこの条件を満たしている。
俺はバラバラになっている彼の遺体に手を翳し、蘇生魔法を発動させた。
「おまけもつけてやるか」
同時にエルにも蘇生をかけてやる。
テリー一人だけ助けると、メンタル面が荒れそうだからな。
彼の今後の成長にはエルが必要だろう。
滅茶苦茶になった体が時計を巻き戻すかの様に元に戻って行き、二人は息を吹き返す。
俺がしっしと手を振ると、魔物達は地面に沈んで消えていった。
「う……ん……」
エルが目を覚まし、直テリーも目を覚ます。
二人は何が起きたのか分からずに目をぱちくりとさせていたが、状況を思い出したのかテリーがエルを強く抱きしめた。
「エル!良かった……良かった……」
「ちょ、ちょっとテリー……もう、泣かないでよね……私まで……うっ……」
二人はお互いを抱きしめ合いながら涙を流す。
俺はそれを黙って見守る。
暫くすると二人は泣きやみ、照れ臭そうに体を話した。
初々しい奴らだ。
「でも、私達いったいどうして……」
エルが振り返って俺を見る。
自分達がどうして死んでいないのか不思議に思い、答えを求めて口を開いた。
「2人とも気絶して唸り声を上げてたよ。多分幻覚か何かを見せられてたんだろう」
「幻覚?あれが!?あんなにリアルだったのにか?」
「幻覚ってのはそういうもんさ」
死んだから俺が生き返らせたとは流石に言えないので、幻覚で押し通す。
ま、バレる事はないから大丈夫だろう。
「そっか……でも本当に幻覚で良かった」
「うん、本当に良かった」
二人は再び見つめ合う。
今にもキスしだしそうだ
気持ちは分からなくもないが、流石にダンジョン内では我慢しとけ。
「おほんっ!」
わざとらしく咳払いをする。
「あ……」
「う……と、兎に角!あの光る奴にまた会ったら面倒だし、戻ろう」
そう言うとテリーは立ち上がる。
その際ちゃっかりエルの手を掴んで引き上げている当たり、街に帰ったら一線越えそうだなとか、下種な勘繰りを巡らしてしまう。
ちゃんと避妊はしろよと伝えようかと思ったが、止めておいた。
流石に余計なお世話だろうからな。
エルが万一妊娠したら、冒険者としてやっていくのは難しくなるだろうが、それは彼らが判断する事だ。
蘇生はあくまで俺が勝手に期待して行っただけの物で、生き返らせてやったからと言って、彼らに冒険者を続ける事を強制するつもりはなかった。
俺は二人の後に続き、ダンジョンを脱出する。
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