第52話 敗北
「面白い!やってやろうじゃん!」
私は正面のレムへと突っ込んだ。
先程は死なない様に手加減したが今度は別だ。
全力で拳を叩き込む。
彼女は腕でガードするが腕をへし折り、腕ごと顔面を殴り倒した。
彼女の頭蓋骨が砕ける感触が手に伝わって来る。
これで一人目。
一人一人確実に仕留めて――
「くっ!?」
胸元に激痛が走る。
彼女は頭部を砕かれる際に、その鋭い爪を私の胸元に突きこんでいる。
その傷の痛みだ。
カウンターを受ける覚悟の上での攻撃だったが、想像以上のダメージを貰ってしまう。
「成程。この毒で私を殺そうって訳――ねっ!!」
背後からの攻撃を飛んで躱す。
地面で一回転してから起き上がり、同時に背後へと振り返える。
残りの7人は、こちらを追い立てるでもなく愉快気に此方を見ていた。
「ふふ、私の扱う毒を軽んじていた様ね。これは対ミテルー様用に作った物だから、貴方にも凄く効くわよ」
胸の傷がズキズキと痛む。
解毒用のスキルを使っているにも拘らず、毒は完全には中和できていなかった。
その為痛みが消えず、しかもダメージの回復まで阻害されてる。
厄介この上なしだ。
可能な限り、この攻撃を喰らわない様に気を付けなければならないだろう。
しかしミテルー用か……
「ミテルーを裏切るつもりな訳?」
「まさか。私はあの方の忠実なる下僕よ」
嘘臭い言葉だ。
ミテルー対策の毒を用意しているのでは、その信憑性皆無だった。
まあこの際、それはどうでもいい。
今はこの状況をどうするかだ。
私は自分の体の調子を確認する。
毒による影響で痛みがひどいが、それはスキルでカットすれば問題なかった。
問題は自動回復が効かない事だ。
果たして、後何発耐えられるか……一人一発と少なめに見積もっても、結構ぎりぎりな気がする。
が、やるしかないだろう。
ノルマは一人一発以下!
「激衝脚!」
私の得意技。
その衝撃波が彼女達を襲う。
「はぁ!」
散りじりに、飛んで回避するレム達の1人に狙いを付けて突っ込んだ。
鋭い爪を突き込んで来るが、私はそれを躱して彼女の顔面に拳を叩き込んで粉砕する。
「これで2人――」
周囲から鋭い刃が飛来する。
それは毒の爪だった。
どうやら飛ばす事も出来る様だ。
「くっ!?」
私はそれを横に飛んで躱すが、右足に違和感が発生する――痛みをカットするスキルは発動済み。
見ると、躱し損ねた一本が右の脹脛に深々と突き刺さっていた。
「くそっ!」
更に爪が飛んでくる。
矢のように真っすぐに飛んで来る物。
ブーメランのように弧を描き、サイドから襲い来る物。
四方八方から飛んでくる彼女達の爪を、私は慎重に躱す。
間断なく続く攻撃を回避しつつ、隙を見つけてレムの1人へと突っ込んだ。
兎に角数を減らさなければ。
「はぁ!」
回し蹴りで、目の前のレムの胴体を蹴り千切ってやった。
その際、左肩に爪を受けてしまう。
だが気にしている場合ではない。
相手は攻撃を待ってはくれないのだ。
私は大きく後方に飛んで、爪を躱した。
「きっつ」
数が減った分飛んでくる爪の数は減ったが、此方も毒を受けた分動きが鈍ってしまっている。
勝てるかどうかは本当に五分と五分だ。
一瞬魔法を使う事も意識するが、止めておいた。
詠唱がないとはいえ、発動には魔法へと意識を向ける必要が出て来る。
魔法使用になれていない私では、その隙が致命傷になりかねない。
「殴り倒すしかない訳ね!」
再び、レムの1人へと突っ込んだ。
また爪を受けてしまったが、相手を倒す事には成功。
残りは4人。
覚悟を決めた私はダメージ覚悟で、彼女達に突っ込み拳を振るい続ける。
「はぁ……はぁ……あと一人……」
更に3人を倒し、残るレムは最後の1人だった。
あと一押しではある。
だが私も毒を毎度の様に受けてしまっていた為、体の機能が大きく損なわれている。
その為、息が荒く荒れ。
額から痛みとも疲労とも由来のつかない汗が滴り落ちた。
「驚いたわ。まさかここ迄とは……でももう限界見たいね」
「あと一人ぐらいなら、どうって事は無いわ」
私は大きく深呼吸し、額の汗を拭ってにやりと不敵に笑って見せた。
この勝負。
私が勝たせて貰う。
「一人……ねぇ」
私の言葉に彼女は不敵な笑みで返す。
確かに、一人というの正確ではない。
彼女を倒した後には、結界を張ってる二人とも戦う事になるだろう。
だが二人からは彼女ほどの強さは感じない。
レムさえ倒せればどうにでもなる筈だ。
「ああ、違うわよ。サトゥとケイラスの事じゃないわ」
彼女が私の視線に気づき、鼻で笑う。
違うってどういう事だろうか?
「ふふ、こういう事よ」
彼女が笑うと、足元の影が大きくが広がった。
まさか……嘘でしょ?
大きく広がった影は数十に別れ、その中から大量のレムたちが姿を現した。
それを見て、私は唖然とする。
「ふふふ。私はミテルー様から与えられた桁違いの魔力を100年分も貯蓄して来たのよ、これぐらいは……ね。まあ後20年早く貴方がここに来ていたら、負けていたのは私だったかもしれないけど」
「そんな……」
こんな数、絶対にどうしようもない。
私は咄嗟に転移魔法を発動させる。
結界が張ってあるのは理解していたが、戦っても勝ち目がない以上、一か八かの逃走に掛けるしかなかった。
「ぐ……うぅ……」
体が何かにぶつかり、弾かれる。
分かってはいたが、やはり結界を突破するのは無理だった様だ。
つまり――私は死ぬ……
「だから言ったでしょ?貴方を逃がさないために結界を張ったって」
私の周囲をレム達が取り囲んだ。
その手には毒の滴る爪が伸ばされている。
「くそっ!!」
破れかぶれで殴り掛かる。
だが私の拳が目の前のレムに届くよりも早く、長く伸びた爪が私の腹部を貫いた。
いや、腹部だけではない。
無数の爪が私の体に次々と突き刺さって行く。
「あ……あぁ……」
体に力が入らない。
視界が……黒く染まって行く。
最後に私が耳にした言葉は――
「貴方は生まれ変わるのよ。全てを蹂躙する破壊の権化へと」
レムの囁く様な言葉だった。




