第51話 勝負
「サトゥ!ケイラス!」
目の前の女性――レムの言葉に両脇の2人が無言で応じた。
その場から大きく飛びのいたかと思うと、両手を開き何か魔法の様な物を唱え始める。
それは私の知らない魔法だった。
攻撃魔法かと思い少し警戒するが、2人の詠唱が終わると同時に周囲に薄いスクリーンの様な幕が半円状に大きく広がって行く。
「結界?」
「ええそうよ。この場で戦えば、そのエネルギーをミテルー様に感知されてしまうもの」
成程、と納得する。
ミテルーに秘密で私に喧嘩を売ったなんて勝手がバレたら、きっと彼女達は罰を受ける事になってしまうのだろう。
「それと……貴方が転移で逃げられない様、2重で結界を張らせて貰ったわ」
もう貴方に逃げ場はない。
そう言いたげに彼女は笑う。
正直、その表情に私はちょっと腹が立った。
こんな面白そうな事から逃げる訳ないのに。
まあそもそもそれ以前に、私は負けないのだから逃げる必要などないし。
「ふーん、まあいいわ。じゃあ掛かって来なさい!3人纏めて私が成敗してあげる!」
「あら、勘違いして貰っては困るわ。他の2人は結界を張る為だけに呼んだの。貴方の相手は私だけよ」
彼女が口元に手をやる。
その白魚の様な綺麗な手の爪が、まるで鋭利な刃物の様にシャキンと音を立てて長く伸びた。
同時に、辺りを不快な殺気が覆い尽くす。
「じゃあ、行くわよ」
「返り討ちにして上がげるわ!」
レムが音もなく動く。
初動を感じさせない見事な動きだ。
鋭い爪が私の胸元に迫る。
その先端は怪しく濡れていた。
恐らくは毒の類だろう。
だが、私は別にそれを卑怯だとは思わなかった。
戦いにお行儀の良いルールなどないのだから。
私自身あくどい事に手を染めるつもりはないが、勝てば官軍、負ければ賊軍なのは世の常だ。
「ふっ!」
私は身を捻って、半身の形でその一撃を躱す。
そのままの流れで体を素早く一回転させ、相手の頭部目掛けて回し蹴りを叩き込んだ。
「――っ!?」
私の蹴りはギリギリの所で躱されてしまう。
完全に捉えたつもりだったのだが、彼女……私が思ってるよりも強いかも。
まあそれでも私の方が上だけど。
「へぇ、今のを躱すなんてやるじゃん」
「強くなってる?どうなってるの?」
彼女の声に、表情に動揺が浮かぶ。
どうやら私の力を見誤っていた様だ。
「ミテルーと戦ったからね」
彼女の誤算の原因を、私は笑顔で教えてあげる。
彼との戦いは、とても戦いと呼べるものでは無かった。
だがミテルーに上半身を吹き飛ばされた私は、どういう訳だか今は超絶好調になっている。
びっくりする程体が軽い。
まるで負けた事で体に秘められた力――潜在能力が引き出された様な感じだ。
「もう悪さをしないって誓うんなら、見逃してあげるけど」
「それは出来ない相談よ。どうやら、此方も本気で相手をする必要があるみたいね」
彼女が微笑むと足元の影が膨らみ、7つに分かれて私を取り囲んだ。
「分身!?ううん、違う……これは」
影の中からレムと瓜二つの存在が7体姿を現した。
一瞬分身かとも思ったが、違う。
全て独立した存在だ。
それでいて、彼女達は目の前のレムと気配が全く一緒だった。
「ふふ、同位体よ。ミテルー様がダンジョンに送ってくれる膨大な魔力を利用して、自分を複製したの。意思こそ繋がっているけど、分身なんかと違ってちゃんと命は有しているわ」
「私一人って、言ってなかったっけ?」
「私“だけ”とは言ったけど、一人とは言ってないわよ」
成程。
そういや確かに言ってたわね。
どうやら私の勝手な勘違いだった様だ。
しかし……正直彼女クラスを8人も同時に相手にするのは、かなりきつい。
彼女は私を消すと言っていた。
つまり、私の不死を何とかする術があると言う事だ。
どういう方法かは分からないが、この状況で嘘を吐くとも思えない。
つまりこの戦いは、私の命が保証されない戦いという事になる。
しかも転移によって退路も断たれている。
正に危機的状況と言っていい。
なのに何故だろう。
胸の高鳴りが鳴りやまない。
寧ろ追い込まれて、逆にやる気が出て来た。
「面白い!やってやろうじゃん!」
私は正面のレムへと突っ込んだ。




