第19話 神器
「壮観な眺めではあるな」
国境線をレブント帝国10万の兵が埋め尽くしている。
生物としての根幹が違うため俺からすれば烏合の衆ではあるが、それでも数が揃って整列する姿は勇壮な物に見えた。
陣容は国境に沿って横長の隊列だ。
さらに部隊ごとに大きく間隔をとり、少しでも大魔法による被害を減らそうとしているのが見て取れた。
「だが無駄な事だ」
俺は目深に被るフードを少し上げ、呟いた。
今の俺はポーターのミテルーではなく、英雄国の守護神、大賢者アレイスターだ。
強大無比な魔力を持ってして国を守る大賢者。
百年の時を生きるその姿は秘匿され、真の姿を知る物は居ない。
……と言うロールプレイを俺は演じていた。
その気になれば姿形は幾らでも変更できるので、老人の姿で人前に出てもいいのだが、姿が分からない方が神秘性が増すので、あえてローブで全身を包み隠しているのだ。
「直、夜が明けます。大賢者殿」
ケイラスが椅子に座る俺に声を掛ける。
ここは英雄国が布陣を敷く中央付近――小高い丘の上――にある天幕の中だ。
ここからは全体の状況が良く見渡す事が出来た。
「そうか……では行くとしよう」
俺は椅子から立ち上がり、呪文を詠唱する。
飛翔の魔法だ。
本来俺には魔法の詠唱など必要ないのだが、大賢者アレイスターを演じている間ははそういう訳にも行かない――無詠唱は原理上不可能――ので、適当に唱えたふりをしながら天幕を出る。
天幕を出た所で大空へと飛翔し、下界を眺めると丁度レブント帝国が動き出すのが見えた。
俺の位置からは日の出は見えているが、帝国兵の位置からはまだぎりぎり見えていない筈。
「フライングかよ」
まあ誤差なので構いはしないが。
俺は手を翳し、進軍するレブントの軍勢に魔法を放つ。
「フレア」
手の平に生まれた魔法陣から光球が生まれ、それは目にも止まらぬ速さで地上へと着弾する。
瞬間巨大な爆発が起こり、直撃範囲の兵士達が一瞬で蒸発していった。
さらにその爆発によって生まれた熱と風は、周囲を進軍する兵士達をも薙ぎ倒していく。
「効果は今一。敵も止まらずか」
まあ最初っから分かっていた事だ。
敵が死に物狂いで攻めて来る事も、間隔の広い横長の陣形相手では円に広がる炸裂魔法では効率的にダメージを与えられない事も。
再び魔法を放つ。
今度は連続で2発。
再び地を這う兵士達が大量に消滅する。
合わせて1万以上の兵士が一方的に吹き飛ばされた状況にあるにも関わらず、レブント軍の進軍速度には一切の陰りが現れない。
「やれやれ、あまり殺したくはないんだがのう。仕方ない」
俺は魔法を詠唱する。
だが魔法を放つ事は無く、そのまま横に素早く飛びのいた。
光の筋が走る。
先程まで俺がいた場所を切り裂くかの様に。
「魔法を撃ったところを、狙って来ると思ったんじゃがな」
背後に振り返ると、上空高くにも拘らず、白銀の鎧を身に着けた騎士の姿がそこにあった。
その背後には騎士と同じ白銀色の――ビキニアーマーと呼ばれる類の――鎧を身に着けた6人の乙女が浮かんでいた。
「七支刀か」
男の手にした武器を見て、俺は呟く。
それは神器と呼ばれる武器だった。




