門前にて
さて、幸いにも大きな体躯を持つ私だから、人を二人背中に乗せ、かつ鼻先にちょこんと置くことで赤子の入った籠を運ぶことにも成功しているわけであるが、そんな曲芸染みた運び方をしながら雪の積もった街道を走れる訳もなく、慎重に歩みを進めた結果、人の住む街に着いたのは日も暮れようかという頃だった。
鼻先の赤子が凍えないか心配で、一応、暖かくなるように時折口先をすぼめて軽ーく火をぷっぷっと吐き出してみたりしたが、効果があったかはわからない。というよりそんな芸当をしたことがなかったから加減がわからない。むしろ熱すぎたり寒暖差だったりで死んだりしていないだろうか。人間の赤子はとても弱い存在だと聞いたことがある。
というか人間の赤子とはこんなにも大人しいものなのだろうか。鼻先に神経を集中させれば少し身動ぎさせている感覚があるので大丈夫だと思いたいが、なんと言っても鼻先に神経を集中させたことなんてこれが初めてなので私自身の感覚が信用ならない。
はやく街でこの子を温めてもらわなければ。
街の入り口は頑強そうな金属製の柵に囲まれ、街道に繋がる道に大きめの門があった。
騒ぎになるのは明らかではあったが、考えている時間もないように思えるので、そのまま門に近づく。
門番は二人。いや、私を見た門番が呼んだのか柵の向こうに弓を持った兵が数名集まり出している。
弓など効くような鱗ではないが、鼻先に大事な赤子がいるし、背中の遺体も守らなければならない。
大きく息を吸い、まだ弓が届かない程度には遠い位置から声をかける。
助けてくれ。
私の声を聞いた途端、兵達は戸惑ったように弓を下ろした。
助けてくれ。敵対の意思はない。人間の赤子を保護している。どうか、この子だけでも街に入れて、食事を与えて温めてやってくれないか。
真摯に声をかけ続ける。
人間の作法には詳しくないが、素直に事情を伝え救助を求めれば、よほど義を持たぬ者でなければ助けてくれるであろう。
しばらくすると、門が開けられ、中から3人の兵が出てきてこちらに向かってきた。
「保護したという赤子を、見せていただけますか。」
先頭に立っていた兵は、震える声を必死に抑えるようにそう言った。厚手の帽子に顔の大部分を覆うマスクとゴーグルでわかりづらいが、声の高さから女性のようだ。
「自分は医療兵です。赤子の様子を確認させていただきたい。」
医療兵。ありがたい。
身体を伏せ、顎を雪に付けて鼻先を医療兵の前に突き出す。咄嗟に彼女の前に2人の兵が立ち塞がったが、私が何もしないでいると、恐る恐るではあるが鼻先の籠を受け取ってくれた。
医療兵が赤子にかけられていた布を取り、中を確認すると、さっと顔を青ざめさせた。
「身体が冷たくなりすぎています、顔色も悪い。急いで暖かい場所へ!」
彼女が叫ぶと、傍で手斧を構えていた兵が頷き、私に話しかけてきた。
「子供はお預かりさせていただきます。しかし、失礼ですが私どもの一存ではアナタを街へ入れることはできない。」
それはそうだろう。むしろ、こんなに早く赤子の対応をしてくれたことに感謝しかない。
背中の彼女に誓った手前、本当は赤子が回復する様を見届けたいところではあるのだが。そう、背中の彼女達だ。あの場に捨て置くよりは良かったと思うが、それでも長い間冷たい風に晒されたままで運んでしまった。
目の前で手斧を構え続けている兵にまず赤子を助けてくれることへの感謝を伝え、そして背中の彼女達を弔ってくれるよう頼む。
兵は凄惨な遺体を認めると、黙祷を捧げ、請負いましょう、と応えてくれた。これで一安心か。
鼻先にいた赤子と背中にいた二人がいなくなったことで大きな重圧から解き放たれた私は、門の内へ入る彼らを見送りながら安堵の息を吐いた。
さて、彼らが見えなくなって少しすると、門の外に残された私のもとへ、門番のうちの一人が紙と鉛筆を携えて近づいて来た。
「えぇっ、と。言葉は通じる……んですな?我々としては報告のために調書を取らなくてはならんのですが……、ご協力、いただけます?」
ちょうしょ、というのはよく分からないが、こちらからの不躾な頼みにも応えてくれたのだ。もちろん私に出来る限りの協力はしよう。
「あぁ、大丈夫。質問に答えて貰うだけなんで。あー、えっと……出身地と、名前。それと職業を教えてくれますかい。」
しょくぎょー……。職業か。ふむ、わかった。
私の名は『ラクセリウス』。西方の霊峰にて生を授かりし、通りすがりの無職のただの龍である。どうぞよろしく。