第8話 「まだまだ終わらないに決まってるじゃないですか」
今、城塞都市ノーデンはとある情報が舞い込んだことにより大騒ぎとなっていた。
「本当なのかそれ!?」
「間違いないって! さっきギルドの調査員を連れて、死体を見て来たって!!」
「往復で二日はあるんだぞ!?」
「知るか!?」
それは、かつて勇者を加えた精鋭部隊を一瞬で壊滅させた最悪の魔獣が、ついに討伐されたというものだ。
ギルドに報告が来た瞬間、そこに居合わせた冒険者は度肝を抜いたという。
見るからに二十歳も行かない少年少女の二人が魔獣を討伐したというのだから。
「街は今私たちの話で持ち切りですね」
「それだけ、魔獣の存在が大きな影響を与えていたのでしょうか」
宿屋の食堂で食事をとっている僕たちの目の前では、食堂の人たちが大盤振る舞いで食事を提供していた。
全ての料理が値段8割引きで、なんと酒はただ。
それを聞いて冒険者たちはどんちゃん騒ぎだ。
「いいですよねえ、昼間っから飲むなんて。 私たちはこれからもう一仕事あるのに」
お酒を飲めないことに愚痴をこぼしながら、ビッキーは持ってこられた出来立てのフライドチキンを頬張った。
「あっっちゅいっ!?」
「ビッキー!? ほら、水水!!」
お腹もいっぱいになってお昼を済ませた僕たちは、ノーデンの中央にあるお城まで来た。
お城と言っても、かつてこのノーデンが所属する国が戦争状態だった頃、前線基地の役目も果たしていたという元軍隊の基地を改装したものだ。
屋根は平らで全体的に四角いし、高くて3階建て。
それを白く塗ってお城っぽく見えるようにちょこちょこ改造しているだけで、軍の施設だって言われたら確かにと言えそうなものだった。
今日、ここで僕たちは、王様から魔獣討伐のご褒美がもらえるのだ。
「何がいいでしょうか。 お金は報酬でもらえますし、武器……は持っても戦えませんし、いやいや……あれ? 特に他に欲しいものがない」
ビッキーはiPadとか持ってて、使っているものもほとんど近代的なものばかりだから、こういう古い時代のものはいらないのかも。
なんて考えていたら、遠くから歓声が沸き上がった。
馬車が何台も入ってきて、その周りを兵士たちが固めている。
馬車の上で風になびく旗の紋章から、この国の王様がやってきたようだ。
「あの紋章、あれが王様のですよね」
「はい、ノーデンが所属する国、アウストル王国の王様ですね。 それじゃあ王様も来たことですし、私たちも中に入ってましょう」
衛兵に許可をもらって中に入ると、今回の式典は勲章の授章式を行うと聞かされ、さっそく控室に通されて今までの地味な服からちょっと立派な礼服へと着替えさせられた。
「うふふん、どうですか?」
「似合ってますよ」
綺麗なドレスを着たビッキーはちょっとうれしそうだ。
「ところで、この後の事なんですけど」
「このあと?」
「失礼します。 陛下の準備が整いましたので、お二人ともこちらへお願いします」
「あ、はい」
間が悪くスタッフの人の呼ばれて会場へと向かう。
魔獣は倒した。
それは僕の使命が終わってしまったという事だ。
一度死に、ビッキーによって力を与えられ再び生き返った僕は、世界を守るために戦い、また死んだ。
そして次は、この世界で魔獣を倒すために戦ってほしいと言われて戦って、僕は魔獣を倒した。
それで、ビッキーはどうするんだろうか。
やっぱり契約は終わりで、ビッキーは神様の世界に帰るんだろうか。
その後の僕は?
この世界で生きていくことができるだろうか。 力はそのままなのだろうか。
また一緒にいることはできないのだろうか。
考えるときりがない。
この数日、正直結構楽しかった。
神様のはずなのに、神様らしくなく、すっごい人間臭い女神さま。
そう言えば、次はラーメンがいいって言ってたっけ。
寿司があるんだ、探せばあるよね。
最後は、一緒に食べに行けたらいいな。
「どうしたんですか? 勇気君?」
「え? あ、いえ! 大丈夫ですよ」
そんなことを考えていたらもう会場前についていた。
「それでは、こちらの扉の前でお待ちください。 中から呼ばれましたら私共が扉を開きますので、まっすぐお入りください」
スタッフさんはそう言ってすぐに引っ込んでいった。
「緊張しますね」
「大丈夫です、みんな頭がイノシシだと思えばいいんですよ」
「どこの鬼を切りに行くんですかね」
「冒険者ユーキ、冒険者ビクトリア、入場!!」
中から呼ばれると、扉が開いてものすごい歓声に包まれた。
すし詰めのような会場は、僕たちが歩いていく道以外は人であふれかえっていて、ちょっと押したらなだれ込んできそうなほどだ。
「子供だ、本当に子供じゃねえか!?」
「あんな子が魔獣をやったってか!?」
「すげえよ! マジですげえよあいつら!!」
そこら中から賞賛の声が上がる。
ちょっとうれしい、いやすごくうれしい。
ビッキーもふふんと口角が上がりっぱなしだ。
「あ……」
「よう」
その人は、最初にギルドに来た時、僕たちに魔獣のことを教えてくれた冒険者だった。
「まさか、お前らが魔獣を倒しちまうなんてな」
「すみません、忠告までいただいたのに」
「いいっていいって! 無事でよかった、そんで、倒してくれてありがとう」
握手を交わしたあと、僕たちはそのまま大きな椅子の前まで歩いていく。
そこで二人合わせて膝をつくと、周りも合わせて膝をついた。
ぎゅうぎゅう詰めなのによくできたな……。
「国王陛下、ご入場!!」
その声と共に奥の扉が開き、王様が入ってくる。
厳つい顔に金のカムリ、赤いマントを羽織ったそれはまごうことなき王様だ。
「皆、此度の式典は、かの魔獣を討伐した者を称えるものだ。 勇敢なる二人の冒険者よ、面を上げよ。 そして胸を張ってくれ。 我々は勝利したのだと」
立ち上がった僕たちを見て、王様は満足そうに満面の笑みを浮かべた。
「この国から、若き英雄が誕生したこと、私は嬉しく思う。 よくやってくれた」
「もったいなきお言葉、恐悦至極にございます」
事前に打ち合わせ道理のセリフを言って頭を下げる。
実はどのようなお言葉がかけられるかはある程度きまっており、それに合わせてこのように答えるようにと台本を渡されていたのだ。
まあありがたいけどね。
こういう時どういったらいいのかわからないもん。
だって王様になんてあったことないし。
恐悦至極なんて初めて言ったよ。
「まず、魔獣討伐の報酬として、5千万円を」
ずるっとこけそうになった。
ビッキー、日本語に変えたからってお金の通貨も円にするのは……。
もらえるのは金貨なんですから、面倒なんで後で変えてくれません?
「さらに、我らの勇者を亡き者にし、多大な被害を出した魔獣を見事に討伐したことへ、私から感謝を送りたい。 その感謝として、二人の欲するものを可能な限り用意しよう。 さあ、二人の若き冒険者よ、そなたらは何を望む?」
ううん、そう言われても正直まだ悩む。
もういっそのこと美味しい料理が食べたいでもいいような気がする。
ビッキーが喜びそう。
「ビッキー、何がいいですか?」
「ううん……お金はもうもらいましたし、武器なんて使えませんし……、財宝とか? でもお金と被るし……」
どうしよう?
なんて考えてたら、何処からかこの場にそぐわない軽快な曲が流れてくる。
「な、なんだこの音楽は!?」
王様が戸惑う中、ビッキーが不意にiPadを取り出した。
そこには着信の文字があった。
「す、すみません……。 私です……」
「ビッキー……、そこはマナーモードにしておきましょうよ」
「うう……すみません……って、あ、ちょっ!?」
ビッキーが驚いた瞬間、勝手に緑の受話器マークが転がり相手側とつながってしまう。
「ちょっとビッキー!?!? 聞こえる!?!?」
「わあああっ!? ちょっと先輩!! 今はまずいですって!!」
「先輩?」
iPadから聞こえてくる女性の声は、どうやらこの世界をビッキーに押し付けた例の先輩らしい。
「なんだ!? どこから声が!?」
ああ、王様はそりゃiPadなんて知らないか。
兵士たちに囲まれながら周りを見渡す王様をよそにビッキーが話し始めた。
「どうしたんですかいきなり……。 何かあったんですか?」
「もう! ぜんぜん管理室から出てこないから来てみたら、こんな時にあんたが世界に降りてるから連絡したんじゃない!」
「あはは、すみません。 心配かけさせちゃったみたいですね」
「んなもんしてないわよ!」
「しょんにゃ~……」
「そんなことよりいったん上がってきなさい。 管理課に招集がかかったわ。 会議開くから、あんたも出なさい」
上がる? 招集?
何か言っているけど、もしかしてビッキー帰っちゃうの?
「ええ……会議はちょっと……、後で内容だけ教えてくれません?」
「何バカなこと言ってるの!! ちょっとエクスターで面倒なことになってんのよ。 いいからさっさと上がる!! いいわね!!」
それを言うと通話は切れたのか、ビッキーはiPadをしまった。
「申し訳ありません王様。 どうやら上司に呼び出されたので、神界に一度帰ります」
「神界?」
「ええっと……まあ、神様の世界です」
「な、なんと!?」
あ、言っちゃうんだそれ。
いや違う、周りのすごいとか、マジかよって驚いている声にドヤ顔してる。
ただ言って驚かせたかっただけだ!?
「ええと、報酬の方はノーデンのギルドの方に預けておいてください。 好きなものについては……もういいや、なんでもいいです。 何かいいものあったらください」
「あ、ああ……分かった……」
腰が抜けたのか、椅子に深く腰掛けて答える王様。
「ビッキー!!」
「あ、勇気君」
「僕は!! 僕はどうなるんですか!?」
「え?」
「ビッキーが帰ったら、僕はどうなるんですか!?」
後で聞こうと思っていたことを僕はビッキーに聞いた。
ここで帰ってしまうなんて思わなかった。
「ビッキーとの契約は、もう終わりなんですか!?」
ビッキーがいなくなるのはさみしい。
帰ると聞いてすぐにそう思った。 できれば、もっといっしょに、いろんなところを見て回りたい。
でも、ビッキーは神様で、僕は契約者だ。
わがままは言えないよね……。
「え? 何言ってるんですか? まだまだ終わらないに決まってるじゃないですか」
「……え?」
きょとんとした顔で何言ってるんだお前はみたいなことを言われた。
え? 終わらない?
「魔獣はまだまだいるんです。 確かこの世界だけでも6~7体はいたかと」
「え? 6~7体? この世界だけでも?」
待って何それ聞いてない。
「というわけで、勇気君! すぐに行きましょう!!」
そう言って、ビッキーは僕に手を差し伸べた。
「とりあえず帰ってボーナスを受け取らないと!!」
その言葉に僕は噴き出してしまった。
まったくもうビッキーは……。
「そうですね。 ボーナス受け取って、ウハウハになるんでしたよね」
「そうですよ! それで……」
ビッキーの手を取ろうとした僕の手を、ビッキーは強引につかんだ。
この手を取ってくれたことが、僕は何より嬉しかった。
「今度はラーメンを食べに行きましょう!! いいお店知ってますよ!!」
「はははっ……、はい! 期待しますからね!」
「それでは王様! 皆さん! このような式典を開いていただき大変恐縮ですが、ここで退場させていただきます!!」
リュックを背負いなおし、僕の手を握る女神さまは僕を見て笑った。
「それでは、私の手を離さないでくださいね」
「分かりました」
ビッキーの手を握ると、空から光が降り注ぎ、僕たちの体が宙へと浮かぶ。
そして……。
「管理者権限!! 神様昇天!!」
え? なんて?
僕たちは、神様の住まう世界へと上がっていった。
とりあえず書きだめはここまで。
ちまちまやっていくかもしれない。