第3話 「人間が勝てるような相手じゃねえ」
「ここがギルド……」
「おっきい建物ですねえ……」
ギルドを見上げながら僕たちは感嘆する。
学校の体育館よりでかいか、もしかした学校よりも……。
そんなギルドに多くの人々が出入りする。
その多くは鎧を着こみ、武器を携えた人たちだ。
「あれが冒険者ですかね」
「多分そうだと思いますよ」
中に入ると受け付けがあり、さっきの冒険者たちが列を作っていた。
右の壁際には人が多く集まっている。
あれは何だろう?
近くに行くと、どうやら壁に張り出されたたくさんの紙を見ているようだ。
「なんて書いてあるんだろう?」
その紙に書いているのは見たことのない字だ。
「あ、そういえば言語能力についていじってませんでしたね」
いじって!?
待ってください何をするつもりですか?
「何ですかその目は? 安心してください。 この世界の字を読めるようにするだけですから。 管理者権限、言語変更」
変更!?
「はい。 これでもう大丈夫ですよ」
「あ、日本語になってる……。 っていいんですか!? こんなことして!?」
「いいんです! こんなことぐらい! この世界を押し付けられたこっちからしたらたまったものじゃないですよ! だからいいんです。 だってこの世界の神は私ですから」
酷い神様もいたもんだよ……。
「そんなことより、ここに張り出されているのはクエストのようですね。 ここで自分がやりたいクエストを探すみたいです」
「へえ……、あ、これ」
日本語になって読みやすくなったクエストを見ていくと、そこには僕たちが探していた魔獣の討伐依頼があった。
「ありましたよ女神さま! 魔獣の討伐依頼です!」
「勇気君勇気君!」
「はい?」
あわてて袖を引く女神さまにどうしたのかと思ったら、周りからの視線が集まっていた。
「え?」
「ちょーっとこちらに! すみませんこの子ったら! おほほほっ!」
袖を引っ張られて隅っこまでやってきた。
「どうしたんですか?」
「ここでは、女神さまと呼ぶのは止めた方がいいです。 流石に何言ってんだこいつって目で見られるのは恥ずかしいですよ」
「ああ……すみません。 気づきませんでした……」
女神さまが駄目ならなんて呼ぼう?
ビクトリアさま?
「ビッキーでいいですよ。 仲のいい同僚や先輩はそう呼びますから」
「英語風なんですね」
「私は好きですよ? 響きがかわいいです」
というわけで女神さま改め、ビッキーさまに……。
「ビッキーさま?」
「さまもいりません」
というわけでテイク2、張り出されたクエストを受けることに。
「誰もこの紙はとっていきませんね」
「魔獣が相手だからですかね」
よく見ると紙が古くなっているのか、端っこが擦り切れていた。
その魔獣討伐依頼を受付のお姉さんへと持っていく。
そうしたら、なにか信じられないものを見る目で迎えられた。
「どうしたんですか?」
「え、いや……いえ! あ、あの、こちらをお受けになるのですか?」
「はい」
魔獣を探してギルドに来たら、すでに討伐依頼が出されていたのだ。
これに飛びつかない手はないでしょう。
「おい坊主」
「え? なんですか?」
突然、後ろから誰かが話しかけてきた。
その声の主を見ると、爽やかな体育会系のお兄さんだ。
鎧を着ているし武器も持っているから、この人も冒険者だろう。
「悪いことは言わねえ、それを受けるのは止めときな」
「この……魔獣の、ですか?」
「ああ、俺はまだ冒険者になって10年程度だがよ、老婆心で忠告させてもらう。 そいつは止めとけ……。 あれは……人間が勝てるような相手じゃねえ」
彼の声のトーンが下がっていく。
絶望をのぞかせたその顔はすぐに隠れたが、まだ表情がちょっと硬い。
「見たことあるんですか?」
「ああ、前に一回、討伐隊が組織されてな。 俺もそれに参加したんだ。 とんでもない化け物が現れたから世界中から名うての冒険者や傭兵、この国の精鋭部隊、さらに神様から力を与えられた勇者様まで組み込んだ300人超の大部隊だ」
力を与えられた勇者。
女神さまは僕を見て小さく頷いた。
下りてくる前に話していた奇跡を与えた人だ。
でもその人って……。
「それでも……失敗したんですか?」
「ああ、全滅、壊滅……ボロクソだった。 魔獣に出会ってもいねえのに、テリトリーに入った瞬間、巨大な岩の塊が突然飛んできて、本隊に直撃したんだ。 無論本隊は全滅、指揮系統も木っ端微塵。 俺は一番後ろにいたから助かったけど、衝撃波で腕が一本折れてた。 他のやつらもまともに戦えない状態だった。 入って数秒、全体の7割が消えちまった……。 そこに魔獣が空から落ちて来た。 そして圧倒的な力で生き残りを蹂躙し始めた。 勇者も戦ったが……」
言葉が途切れた。
言葉が出てこなくなるほどの現実でも、もう僕たちは知っている。
「亡くなられたんですね……」
「健闘した、なんて言えたもんじゃねえ。 神様の御加護があっても、1、2分でつぶされちまった」
冒険者が両手を合わせるように叩いた。
小さく乾いた音が聞こえる。
女神さまがぶるるッと震えた。
どうなったのか想像してしまったのだろうか……。
「急いで引き返して、生き残ったのはたったの11人だ。 俺はまだ武器を持てるが、他はみんな置いちまった。 あの惨劇を目の当たりにして心がやられちまったんだ。 歴戦の戦士たちがだ……」
この魔獣はそれほどの存在なのだ。
だけど、だからと言って僕もやめるわけにはいかない。
「だからよ、そいつは止めとけ。 冒険者として食っていくなら草原に出るセイバーウルフ退治でも十分稼げるし、薬草の草むしりなんて毎日出てる。 下手に挑んで命を落とすくらいなら、そう生きる方がましさ」
「…………分かりました」
でも、僕は討伐依頼書をカウンターのお姉さんから返してもらった。
「わりいな、長ったらしく説教たれちまって」
「いえ、教えてくれて、ありがとうございました」
「おう、じゃあな。 がんばれよ」
冒険者のお兄さんは悲しそうに笑いながら去っていった。
そんな彼を見送った後、僕たちもギルドを後にする。
「受けないんですか?」
「あの場では、ね。 忠告してくれたあの人に申し訳ないと思って」
それに、女神さまに力を与えられた勇者という人が簡単に殺されたのだ。
僕みたいな能力かは知らないけど、神様の力を圧倒する相手が、よし行ってみようで勝てる相手ではないことはわかる。
「めがみ……ビッキーは、勇者という人にどんな力を与えたんですか?」
「いろいろです。 剣術LvMAXに、魔法適正最大、魔力∞、身体能力超強化、他いろいろ」
「なんですかそのゲームみたいな能力」
なにそのRPGとかでクリア後の隠しボスとか、高難易度ステージのクリア報酬の装備についてそうな名前。
「この世界にはスキルが存在します。 ぶっちゃけゲームとかのあれですね。 この世界は廃ゲーマーな神様が作ったと先輩が言ってしたから」
神様が……廃ゲーマー……。
いや、深く考えるのは止めよう。 きりがない。
「とりあえず、それだけやっても勝てなかったんですね」
「はい。 でも、今は勇気君がいますから大丈夫ですよ!」
「その大丈夫の根拠が揺らぎそうな現状ですけどね……」
しかし、魔獣のことは結局倒さなければならないのだ。
ギルドでは魔獣のことは聞き出せずじまいだったし……。
「そうだ、ビッキーのiPadで調べられませんか?」
「そうしたいんですけど……」
「ええ、魔獣の事がでてこないんですよね? だから、魔獣ではなく、あの討伐隊のことを調べるんです。 世界の情報にアクセスして調べてたんですよね? なら、魔獣の討伐に向かった部隊のことは載ってるかもしれないじゃないですか」
女神さまが手を叩いてなるほどそうかとiPadを取り出した。
リュックの中に入ってたんですね、それ。
「管理者権限、アカシックレコードへのアクセス」
「またすごい名前を……」
するとiPadの画面が真っ白になり、あの検索画面が出てくる。
グー〇ル。 アカシックレコードへようこそ。
「うわぁ……」
「検索、魔獣討伐隊、全滅」
検索ワードもひどい。
なんて思った時には検索結果が出てきた。
「ありました。 ええと、五年前に322人の討伐隊が編成……、城塞都市ノーデンの東、山を二つ越えた先にあるグアラル荒野へ魔獣討伐のため出撃。 しかし会敵から一時間と持たず撤退。 魔獣の反撃を受け、生き残ったのはわずか11名だった」
「あの人と言っていたことと一致しますね。 グアラル荒野……。 この町から東に進めばいいみたいですね」
「クエストを受けずに倒しちゃうんですか?」
「いえ、威力偵察という感じですかね。 軽く当たってみて、どれくらいの強さか見てきます。 その後でまた戻ってきて、もう一度クエストを受けようと思います」
あのクエストの報酬、結構ゼロの数が多かった。
この世界で生きていくなら、入り用はあるはずだ。 資金はあって困ることはない。
まずは荒野にいる魔獣を見てみて、倒せそうならクエストを受けに戻る。
ダメそうなら対策を考える。
という事で、僕たちは最初の魔獣に会うべく、荒野を目指した。
音速の手前辺りのスピードで。
「やっぱりもう少し落としてええええええええええっ!?!?」