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【連載版】まだ早い!!  作者: 平野あお
第一章 第一の魔物編
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七話 女神は手厳しい ※ギルフォード視点

 

「ギル、お前食事をまともにとっていないんだって?」

「食欲が無いので」

「料理長が不安がってたぞ」

「そうですか」

「……取りつく島もないな」


 溜息を吐いた兄上は気分転換でもするのか執務室を出て行き、俺は一人になった部屋で窓の外を茫と眺める。


「仕方が、ない」


 食事をしようとしても気付いたら手が止まっているのだから。


 運命の伴侶はどんな時でも俺の頭から出て行くことはない。


 一つ食べ物を持っただけで、伴侶の好みを考える。

 どんな味を好むのだろうか。甘いものが好きなのか、辛いものが好きなのだろうか、と。

 そして食べ物を口に含めば、伴侶に手ずから俺が食べさせてあげたいという気持ちが湧き上がる。いや、食べさせてもらうのも良い。

 もしかしたら伴侶は恥ずかしがり屋でそれだけで顔を真っ赤にしてしまうかもしれないし、冷静に俺をあしらって笑うのかもしれない。

 そう考えてしまえば伴侶の反応が見たくなって、隣の席にいるはずの熱を感じるために手を伸ばしてしまう。そしてそこで漸くああそうか、いないのか、と胸に痛みが走って目が覚める。


 そんな風に正気に戻った時には空腹感はなくなっていて、目の前の食事は一つも減っていないのに空虚感に耐えられなくて席を立ってしまう。

 そんなことをここ最近、毎日のように繰り返していた。


 花紋が現れてから痩せたことは確実だった。

 これでは周囲の者が心配するのも当然だと自嘲気味に笑う。


 その時部屋の外が俄かに騒がしくなり、何事かとソファにもたれていた体を起こして立ち上がる。

 それと同時に深刻な表情の兄上が帰ってきた。張り詰めた空気に眉を潜める。


「何かあったのですか」

「レストアにあるトアの森に魔獣が発生した。さらに言えば複数確認されたそうだ」

「あそこに淀みは無かったはずでは」

「さてな。だからこそ魔物の発生が懸念される。ゆえにレストアから聖騎士であるお前に正式に調査の依頼が来た」


 魔物が発生する前触れと言われている魔獣の大量発生ならば聖騎士である自分が行くのが当然だ。レストアの近くに存在する聖騎士と言えば俺だけなのだから。


「分かりました、レストアへ行きます」

「ああ、仕事はこちらで調整しておくから頼んだぞ。魔物が発生するとなればイルジュアにも被害が及ぶ可能性が高いからな」

「はい」


 レストアへ向かうための準備をしようとふらりと立ち上がる。それを見た兄上が心配そうに顔を歪めるのを横目に俺は首元を触りながら執務室を出た。



 その二日後、俺はレストアへ足を踏み入れ国王と対面した後、宰相補佐と顔を合わせることとなった。

 気怠げな体を隠している俺に年若い宰相補佐は深々と頭を下げる。


「レストアへの訪問、誠に感謝します」

「ああ、現状を簡潔に教えてくれ」


 机上に置かれた紙を捲りながら紅茶を一口飲む。

 事件の概要は一応書類にて纏められてはいるが、こういうのはやはり直接聞いた方が理解が早い。


「はい。事件が起きたのは一週間前のことでした」


 魔獣の発生したトアの森は王都のすぐそばに位置する自然と獣が共存する豊かな場所であり、一部は国民たちの憩いの場ともなっている場だそうだ。

 事件について国民には知らせてはいないが、その危険度の高さから現在森は侵入禁止となっている。


 その森に鷹狩りに訪れていた第一王立学園の生徒四人が魔獣と遭遇し、殲滅した。全員怪我はなかったものの、数人は精神的なダメージを受け療養中だとのこと。


「魔獣を討伐?そんなことをできる生徒がいるのか?」

「幸いにもその生徒の中に大魔導師レオがいたのです」

「なるほど」


 それなら理解出来る。

 大魔導師と言えば普通の魔導師とは一線を画すほどの魔力量で他を圧倒する。複数魔獣がいたとはいえ大魔導師にとって、魔獣を倒すことなど造作もないことだ。


「現場に行きたいが、いいか?」

「はい、勿論です。貴方様が動きやすいようにと陛下より命を受けておりますので、何なりと仰って下さい」


 レストアはイルジュアの友好国として長年の付き合いであるが、イルジュアの国力の強さから下手に回ることが多い。

 当然聖騎士である前に、イルジュアの第二皇子である俺がここに来た際、手厚いもてなしを受けている。俺に対する扱いも役人の腰の低さにも既に慣れたものだった。



 完全に頭を仕事態勢に切り替えて、トアの森に赴き現場の検証を始める。


「……確かに、魔素が濃いな」

「普通魔素が濃いとされるのは死体や廃棄されたものが多い場所と言われていますよね」

「ああ、魔素は腐敗したものから発生しているとも言われているからな」


 魔獣の死体は既に処分されており、現場は魔獣の血が所々にこびり付いているだけだった。しかし魔素が蔓延しているからこその空気の悪さによって呼吸がしにくくなっている。


「……魔物とは一体何なのでしょうか」


 宰相補佐は不安気に辺りを見渡し、縋るような視線を俺に送る。その質問は純粋に口から出たものなのだろう。


「魔物が発生したのは今から二百年前。かつての聖騎士が残した言葉に『魔を切れ』というものがある」

「魔、ですか。魔物ではなくて?」

「その『魔』が何を指しているかを理解できれば魔物の正体が分かるのだろう」


 ある程度辺りを調べ終えた後、顔を上げれば空が暗くなっており、不穏な空気が流れているのを感じた。


「──少し伏せていろ」

「え?」


 戸惑っている補佐を後ろに、腰に下げていた鞘から剣を取り出す。

 仄かに光を発するこの剣こそ、女神の加護を受け自分が聖騎士であることを証明するものだった。


 ギャアギャアと騒々しい獣の声が森に木霊し始める。

 剣に見惚れている補佐の頭を掴んで地面に押し付けたその瞬間、目にも留まらぬ速さで俺の上を横切っていったものがいた。


「ヒッ、ま、魔獣……!」


 顔を真っ青にする補佐の頭から手を離し、ゆらりと立ち上がる。


「怖いなら目を閉じていろ」


 現れたのは鳥の魔獣。当然、普通の鳥ではない。

 全長三メートルは超す巨大鳥で、腐った体からは黒い霧が発生している。


 それは俺たちを囲むように周囲の木に留まっている。視界に入るものだけでも両手を超す数がいた。


「直ぐ終わる」


 久々の戦闘に口角が上がるのが分かった。

 それが合図のように魔獣が一斉にこちらに向かって飛び立つ。


 どれだけスピードが速かろうが関係ない。気配を感じ取れば後は剣を振るうだけだ。


 魔獣を切る際、ついでと言わんばかりに悪しき空気を切っていく。亀裂が入った空間は、魔法がかかったかのように元どおりの澄んだものに変わっていった。


「す、ごい」


 感心したような声を漏らした補佐が目を輝かせて俺を見ていた。

 魔獣が全て狩り取られたことが分かったのか、体を起こして興奮しながら俺を褒め称える。


「暫くこの辺りは大丈夫だろうが、他の場所で発生した魔獣が街を襲う可能性が想定できる。定期的に俺がここに訪れるようにしておこう」

「はい!ありがとうございます!」


 剣を振って血を落とし、鞘に戻せば少し肩の力が抜けた。


「やはり魔物が現れるのは間違いないな」

「そうですか……未然に魔物の発生を防ぐことはできないのでしょうか」

「一度、イナス村に行こうと考えている」

「イナス村……ああ、かつて魔物が発生したとされる今は亡き村ですか」


 魔物によって村人は全滅し、イナス村があった場所は今では無人地帯となっている。何も残ってはいないそうだが何かヒントくらいは得られるだろう。


 それを城に戻ってレストアの宰相に伝えれば、相手は真剣な表情で頷いた。


「費用はレストア(こちら)で出しましょう。これからもどうぞよろしくお願いいたします」

「最善を尽くそう。こちらこそよろしく頼む」


 お互い固い握手を交わせば周囲にいた人間はホッとしたように安堵の表情を浮かべた。


「ギルフォード様は明日までこちらにおられるとのこと。時間があるようでしたら、交流会に顔を出していただけませんか?」


 唐突な宰相の提案に、何だそれはと尋ねれば宰相は穏やかに微笑む。


「このレストアに来ている留学生の交流会です。ぜひゲストとして顔を出していただけると留学生たちも喜ぶと思いまして」

「……」

「各国から優秀な者たちが集まっているのでとても有意義な時間になるかと。勿論イルジュアからの留学生もおりますよ」


 つまりこの宰相は魔物に関わる情報収集をしてこいと暗に言っている。

 様々な国の者たちが集まっているとなれば、何か想定外の拾い物でもあるかもしれないと考えているからこそのこの発言だ。


「分かった。あまり時間は無いだろうが顔を出そう」

「ありがとうございます。ギルフォード様に来ていただけるなど、留学生たちの喜びも一入(ひとしお)でしょう」


 利用されることを分かっていて参加するのに良い気はしないが、俺も人脈は広げたいと思っていたところだ。精々俺も利用してやろうと考え、頷いた。


 これから始まる大仕事に、俺はあることを思いつく。


 この仕事に決着がつけば運命の伴侶に会えるかもしれない。もしかしたらこれは女神による試練なのかもしれないのだ。

 そうであったなら出会った瞬間に褒めてもらおう。お疲れ様と、凄いねと、貴方が運命の伴侶で良かったと、言って欲しい。そしてご褒美に抱きしめて、いや、口付けるのはありだろうか。それだと確実に伴侶がとろとろに溶けるまで離してやれないかもしれない。違う、しれないじゃない、顔を真っ赤にして伴侶が怒るまで俺は絶対に離さない。むしろその怒った顔が俺のご褒美になる。ああ、そうなると結局離せなくなる。


 ……最高だ。


 想像すると俄然やる気が出てきて、俺は思わず人に見せられないほど顔が崩れた。

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