六十四話 愛し子の血筋 ※レオ視点
見晴らしのいい丘で腰を落ち着けていると、背後から何者かが忍び寄る気配を感じた。
気配を隠そうともしない来訪者に顔を顰める。
「んだよ」
「んー?おばちゃん優しいから、失恋してる少年を慰めてあげようと思ってさ」
「世界一余計なお世話だな。大体もう少年じゃねえつっーの」
俺の隣に腰掛けた『ノア』の顔を覆い隠す大きなフードを魔法で取ると、随分と楽しそうな子どもの顔があった。
両サイドで結ばれたしっぽのような髪がひょこひょこと生き物のように揺れる。
「似てんな」
「そりゃ同一人物ですし?」
「ババア、お前人間か?」
「えー、そこ興味持っちゃう?ついに少年もエテルノ様に興味持っちゃう??」
「やっぱいい」
「えーん、そこは聞いてよお!お願いだからー!」
「分かったから腕を離せ!」
うぜえ、と突っぱねればエテルノは分かりやすく頰を膨らました。
「レオはさ、イルジュア帝国における神話を知ってる?」
「愛し子がなんたらってやつか」
「そうそう、それなんだけどさー」
「……自分がその愛し子です、とか言うんじゃねえだろうな」
コイツがそう言ったとしても今更驚くようなことではないが、少しだけ面倒くさそうな話だと察知し顔を顰める。
「違うんだなー、それが。愛し子はねえ──」
そう続けようとした時のことだった。
「ノア」
一人の男がエテルノの小さな体を後ろから抱きしめてきた。
気配もなく突然現れた人物に、俺は僅かに目を見開く。
「もー、びっくりするからいきなり現れるのやめてっていってるでしょ」
「そう言う割にいつも平然としていると思うけど」
呑気に会話を交わす二人を睨みつけると、男は俺に視線を移し、見知った笑みを浮かべた。
「やあ、レオくん。久しぶりだね」
「……クソ親父、あんたがまさか」
「そうだよ、──僕こそがイルジュアに伝わる伝説の『愛し子』だ」
この親父も昔からどこか摑めない人間だとは思っていたが、まさか人間ですらなかったとは。
「このエテルノ様が説明してやろう!まずイルジュアに伝わる女神の神話についてなんだけど、あれはほとんど嘘だから!」
「……は?」
「まあ愛し子が女だったっていうのはあってるんだけど、それ以外のストーリーはどうしてそうなった?ってものばかりなんだよね」
将来を共にする伴侶を見つけることができない愛し子を哀れに思って女神が『運命』を選んだと言われているが、実際には、愛し子が『運命』にしたいと思った人間に、女神が花紋を刻んだのだという。
同じ紋があるのだから、自分たちは『運命』に違いないのだと思わせるために。
「それって、無理やりってことだよな」
「そうなんですよ!コイツは私が気に入ったからって女神を使ってまで手篭めにしようとしてきたんですよ!」
「無理やりだなんて人聞きの悪いことを言わないでほしいなあ。私はただ一途に想いを伝え続けただけだよ」
愛し子は伴侶を愛して、愛して、愛し続けた。それこそ伴侶が死ぬその時まで。
女神に愛された愛し子はいつしか死ねない体になっていたらしく、病気をすることも、怪我をすることも、老いることもできなくなっていた。
だから愛し子は死に行く伴侶をただ見送ることしかできなかったのだという。
「別に嫌いじゃなかったけど愛の重さに辟易してたから、ようやくコレから解放されるー!って喜んで死のうと思ったの。でもさコイツ死ぬ直前の私に向かってなんて言ったと思う?『生きてくれ』だって!どんな呪いだよって、死ぬ前に絶望したね」
「……でも死んだんだろ?」
「死んだよ。死んだけど記憶は『生きてる』の。この人今で言う大魔導師なみの魔力があった、じゃなくてあるから、そういう不可能を可能にしちゃったんだろうね」
エグい、その一言しか出なかった。
「昔の記憶を持ったまま生まれ変わるたびに姿形を変えたこれに付き纏われ続けてるの。現在進行形で」
「……クソ親父、お前マジでやべえな」
顔を引き攣らせながら親父を見れば、罪悪感など微塵もない顔で首を傾げる。
「うーん、でもノアも私を愛してくれてるし、問題はないと思うけどなあ」
「そりゃこんだけそばにいれば嫌でも受け入れるしかないでしょ!」
この二人を親に持つフーリンも、俺が知らないだけで実はやべえ奴なんじゃないかと嫌な予感がしてきた。
「あんたらフーリンのことはどう思ってんの」
「もちろん愛してるよ」
「私たちの宝物さ」
どうやらフーリンは一番初めの時代以来の子どもらしく、目に入れても痛くないほどに愛しているそうだ。
「もともと私の魂の資質が短命になるものらしくてさ、一回一回の人生あまり長く生きられないんだよね。多分子どもができなかったのはそのせいもある」
「だからエテルノの時も」
「そうなの。フーちゃんって私たちの間に生まれた子どもとは思えないくらい良い意味で普通な感じを醸し出してるでしょ?だからもう死ぬ前から心配で心配でしかたなくてさ、こうして今回生まれ変わった後も見守ってるってわけ」
自分の子の成長を見守り、必要な時にはそっと力を貸す。
それはエテルノだけでなく、当然父であるこの親父もそうだった。
「フーリンはクソ親父がいるからまだよかったな」
自分の境遇とつい比べてしまい、口から本心が零れ落ちる。
しかしエテルノは肩を竦めて首を横に振った。
「それがこのおバカさん、私が死んだことに動揺して後を追おうとしてるところをフーリンに見られちゃったんだよね。そのせいで愛娘から百パーセントの信頼を置かれてないの!ほんと笑っちゃう!」
「……あれに関しては弁解のしようもない。我に返った瞬間を見られてしまったんだ」
「あんた死なねえもんな。てか何回もエテルノが死んでるところ見てんだろ?なんで動揺すんだよ」
「愛する者の死なんて、何回立ち会っても慣れるわけがないだろう」
珍しく怒りの表情をみせたと思ったら、クソ親父はエテルノの肩に顔を埋めてしまった。
知り合いのいい大人が子どもに甘えているように見え、鳥肌が立つ。
「まあ、これが厄介なものに好かれてしまった人間の末路です」
「まとめんな。──いや、待て、このクソ親父の血を今の皇族が引いているということは」
「あは、気付いちゃった?」
エテルノはクソ親父の頭を撫でながら、俺を見据える。
フーリンと同じ瞳の色だと思った瞬間、体に動揺が走った。
「今の皇族はね、無意識のうちに絶対に自分が気にいるであろう相手を選んでるの。それを女神の力で『運命』にさせてるんだよ」
「会ってもいないのになにが分かる」
「それはもう皇族特有の能力……一種の予知能力みたいなものだね。伴侶を誰のものにもしたくないっていう、愛し子の力が働いてるみたい」
いつの間にか頭を起こしていた親父が楽しそうに俺を見つめ、目を細めた。
「イルジュアの皇族は一般人と比べて執着心が並外れて強いからね。第二皇子はまだ理性が残ってるみたいだけど、そろそろ本気を見せてくるんじゃないかな」
「監禁か!?」
「やだな、そんな伴侶が嫌がるような真似はしないよ。じっくりと自分なしじゃ生きられないようにしていくだけさ」
「はあ!?俺はともかく、あんたらはそれでいいのかよ!一応親なんだろ!!」
二人を睨みつけると、人外と言っても過言ではない二人は困った笑みを浮かべた。
「でもね、レオくん。思い出してごらん」
「なにを」
「愛し子の血を継いでいるのはなにも皇族だけじゃない」
親父の笑みが深くなった瞬間、俺は言葉を失った。
「──フーリンだってそうだよね」
どうやら先ほどの嫌な予感は間違いではなかったらしい。