五十九話 真実の証明
転移した先はどうやら城内にある謁見室らしく、そこには玉座に座る──皇帝陛下と、私の部屋に押し掛けてきた貴族たちの姿があった。
「だからわたくしは最初から反対だったのです!あのトゥニーチェを国営に携わらせるなど!」
「今すぐにでも彼奴らを排除すれば国はまだ護れますっ」
「トゥニーチェの家に騎士を送り込みましょう。陛下、ご決断を」
不穏な言葉の数々に息を呑むと同時にノアがいなくなっていることに気付いたが、その理由を考えられるほど今の私に余裕は無かった。
「お喋りはそこまでにしてもらおうか」
ギルフォード様の声によって、貴族たちの視線が一気にこちらに向く。
「ギ、ギルフォード様!?」
「いや、まてその横にいるのは!」
突如現れた私たちに人々は目を瞠ったが、私の存在に気付くやいなや口々に声を上げ始めた。
「トゥニーチェの娘だ!」
「殿下が罪人を探し出してきてくださったぞ!」
「すぐに捕らえろ!」
直接ぶつけられる敵意に足が竦みそうになるも、ギルフォード様が手を強く握ってくれたことで私は勇気を取り戻す。
大丈夫。後ろめたいことはなに一つない。
胸を張れ、フーリン・トゥニーチェ。
私はウルリヒ・トゥニーチェの娘、そしてイルジュア帝国第二皇子ギルフォードの運命の伴侶だ。
なにかを言い返そうと私が言葉を発するよりも先に、口を開く者がいた。
「鎮まれ」
威厳に満ちたその一言だけで場は静まり返った。
玉座へ視線を移すと、一瞬だけ皇帝陛下と目が合う。
「其方たちの言う、トゥニーチェ家が我が帝国の秩序を転覆せしめんとしていることが事実であるならば、余とて動かぬわけにもいかぬ。が、そもそもウルリヒ・トゥニーチェに国を乗っ取ろうなどという意思があるとは思えん」
「ですがっ」
「しつこい。真実であると申すのであればまずは証拠を揃えよ。その暁には当人に詰問するなり聴聞会を開くなりすればよい」
それに、と皇帝陛下は一拍おいて、再度私を見た。
「彼女がギルフォードの運命の伴侶であることは最早疑う余地もない」
「しっ、しかし、トゥニーチェの娘には花紋がないと証明されております!」
「証明?では彼女のお腹にある花紋は偽物だとでも言うのか?」
皇帝陛下とギルフォード様の視線が混じり合い、部屋に緊張が走ったように思えた。
「フーリンは正真正銘、俺の運命の伴侶だ。ウルリヒの脅迫によってフーリンをそばに置いているわけではないことは言うまでもない。其方たちにフーリンのことを伝えなかったのは彼女を隠しておきたかったという俺の我儘が理由だ」
貴族たちはなにも言い出せないのか、部屋は静まり返ってしまった、ように思えたけれど、一人の男が私たちの前に歩み寄ってくる。
「彼女が殿下の伴侶であることは嘘偽りないようですな。ですが殿下、皇太子妃殿下殺害未遂の件はどう説明されるおつもりでしょう?なにせフーリン嬢の容疑はまだ解けておりません。自分の立場を利用したうえで父と共謀したことは否定できないと思うのですが」
そう言っていやらしい笑みを浮かべていたデイヴィット・キャンベルだったが、ギルフォード様が放った言葉で顔を凍り付かせた。
「ああ、それなら話はもうついている」
「──は?」
「ノア、連れて来い」
ギルフォード様がこの場にいないはずの人物の名を呼ぶと、間延びした「は〜い」という声が聞こえた。
そして目の前に忽然と現れたのは、仕方なさそうな笑みを浮かべたお父様と、戸惑った表情を浮かべたラプサだった。
「殿下、これは」
「お前たちが憶測ばかりで話をするものだからな。当人を呼んでやった」
「もー、おーじはひとづかいがあらいんだから〜。このおじょーちゃんにげようとするから、ちょっとめんどくさかったんだよー?」
場の空気にそぐわないノアの喋り方に肩の力が抜ける私がいる一方で、ノアという危険人物の存在に貴族たちの間に恐怖と動揺が走った。
「ノアはこのおーじにいらいされたから、ここにきたんだ〜。きみたちも『ノア』がしょーめいすればなっとくする、ってことでね!」
ノアはそう言って姿を消したかと思うと、皇帝陛下の膝の上に移動しており、恐れ多くも皇帝陛下を椅子にして不適な微笑みを浮かべた。
そのことに誰も不敬だと唱えないのは、余計なことを言って自分が殺されてしまうかもしれないという恐れがあったからだ。
それだけ『ノア』の名前には力がある、らしい。
「まずひとつめ。フーリン・トゥニーチェはまちがいなくギルフォードおーじのうんめいのはんりょだよ。かもんもちゃんとあるし、なによりおーじがじぶんのくちでそうせんげんしてるからね」
ノアは指を一本立ててそう宣言した。
「ふたつめ。ウルリヒ・トゥニーチェはイルジュアをのっとるきはひとつもないし、こうたいしひのさつがいみすいのはんにんでもない。もちろんフーリンも。で、あってるよね?ウルリヒくん」
唐突に話を振ったように思えたけれど、お父様は慌てる様子もなくいつものゆったりとした空気を纏ったまま頷く。
「そうですね。私は国を乗っ取ったりなんて、そんな面倒くさいことはしませんよ」
「のっとるぐらいならじぶんでくにをつくる、だって〜」
「まあそこまで私をこの国から追い出したいならそれもそれでいいんですがね。そろそろ隠居してもいいかと考えておりましたから」
「わたしがきえたらこのくにはおわるけど、べつにイルジュアがどうなろうがどうでもいい、だって!」
この城に来てから知ったことではあるけれど、どうやらお父様は国家財政に多大な貢献をしているらしく、業界ではこの国からトゥニーチェ家がいなくなれば国は滅ぶとまで言われているとか。
そのことをいまの今まで忘れていたのだろうか、貴族たちは顔を真っ青にして震えだした。
「みっつめ。こんかいのじけんのはんにんは、そこにいる、まどうしのラプサだよ」
人々の視線がラプサに集中する。
ラプサが魔導師であることを初めて知ったのは私だけではなかったらしい。貴族たちも、ギルフォード様さえも目を見開いていた。
ノアの言葉にラプサは動じておらず、それどころかクッと口角を上げた。
「はっ、ノアがわたしを犯人だと決め付けたからってなに?わたしがやったっていう証拠でもあんの!?」
「──あるよ」
声がした部屋の入り口に目を遣れば、そこにはエルズワース様がいた。
その腕に横抱きにされているリフェイディール様の存在に気付いた瞬間、ラプサはサッと顔を白くした。
「な、んで。一日で治るものじゃないはず……ッ」
動揺したことで口が滑ってしまったようで、それが彼女の罪を告白していた。
「僕が治したんだよ。フーリンちゃんが教えてくれた真実の愛のキス、ってやつでね」
生死を彷徨っていたとは思えないほど血色の良いリフェイディール様の顔色に私はホッと息を吐く。
エルズワース様の腕から下ろされたリフェイディール様は、にっこりと微笑んでラプサを見据える。
「わたくしも証言いたしましょう。フーリン・トゥニーチェが犯人ではないことを。そして、侍女ラプサ、貴女こそわたくしを殺そうとした真犯人であるということを」
唇を噛み俯いたラプサに追い討ちをかけるように、ノアは口を開く。
「よっつめ。このじけんのしゅぼうしゃは──きみ、デイヴィット・キャンベル」
「なっ、私!?」
ノアに名指しされたキャンベルは、見るからに狼狽した。
「私はやってない!!そこの侍女がやっただけの話だろう!?それこそ私がやったという証拠などないはずだ!!」
「あるんだな〜、それが」
ノアが指を鳴らすと、空間に複数の映像が現れた。
ラディとローズと話をしたこの前と同じように、最初にザザッ、ザザッとノイズが入り、ハッキリとした映像が流れ始める。
そこにはデイヴィット・キャンベルとラプサが犯行の計画をしている場面で、私だけじゃなく、お父様を亡き者にしようとしていたことが分かった。そしてデイヴィット・キャンベルその人こそ、国を乗っ取ろうとしていろうとしていたということも。
「ち、違う!これはノアが勝手に捏造したものだ!」
「ははは、キャンベル殿も随分と落ちたものですなあ」
「トゥニーチェ……ッ!!貴様!!」
お父様のあからさまな挑発に眦を吊り上げたキャンベルは、懐からナイフを取り出した。
「おやおや、そんな物騒な物を人に向けるなど、それだけで罪が増えるというのに愚かな人だ。ですよね、殿下」
「あ、こ、これは殿下、ちが、違うのです!」
慌ててナイフを背に隠し必死に弁明するも虚しく、ギルフォード様は眉一つ動かさず決断を下す。
「デイヴィット・キャンベル、ならびに魔導師ラプサ。皇太子妃、ならびにフーリン・トゥニーチェ殺害未遂、および内乱罪の容疑で貴様らを逮捕する。そしてそれに加担した者たちも罪から逃れられると思うな」
その一言が放たれた瞬間騎士たちが部屋に入り込み、血色を無くした二人と貴族たちを取り囲んだ。
これで話が終わったかのように思えたが、二人を捕縛する寸前ラプサが魔法を発動し、騎士を跳ね飛ばしてしまった。
「……ふざけないでよ。そもそもわたしは皇妃に命令されてやったの!脅されて仕方なくこの男と組んだにすぎないわ!!」
皇妃様の名が上がったことで貴族たちが戸惑いの表情を見せたが、すぐにその空気を壊すようにノアが声を上げる。
「あ、そっか!ひとりつれてくるのわすれてた!ノアったらドジなんだから〜」
皇帝陛下の膝から飛び降り消えたのも束の間、戻ってきたノアのそばには皇妃様がいた。
突然連れて来られたにもかかわらず落ち着いている皇妃様は、ゆっくりと周りを見回し、扇子で口元を隠しながらラプサを見据える。
「ラプサ」
「……こ、皇妃陛下」
「其方……」
皇妃様の冷たい瞳に耐えられなくなったのか、ラプサが必死な顔で皇妃様に詰め寄る。
「っ、あ、あんただってコイツのこと邪魔に思ってたんでしょ!?それをわたしが代わりにやってあげただけじゃない!」
「誰が、誰を、だって?」
「なにとぼけてんのよっ。あんたはフーリン・トゥニーチェのこと嫌ってたんでしょ!?そう言ってたじゃない!!」
肩で息をするラプサを見た皇妃様は目を細め、鼻を鳴らした。
「ククッ、こんなにも簡単にひっかかってくれるとは、なんとも扱いやすい女子だな、お前は」
「は……?」
豆鉄砲を食らったようなラプサの表情はなんとも哀れで、思わず私は同情心を抱いてしまうほどだった。
「ラプサ、其方、ギルフォードのことを好いておるのだろう?」
この言葉が全てだった。
お城に来てから薄々感じていたことではあるけれど、ラプサがカッと顔を赤くした様子から、どうやら事実らしい。
ラプサはギルフォード様と結ばれるために私を殺そうとしていたのだ。
「当然好いておるだけなら問題はなかった。が、其方の恋心は我の目から見てもあまりにも苛烈なものだった。お主は我の元にいた時からギルフォードに仕える女たちを秘密裏に消していたであろう?だからこそギルフォードの運命の伴侶が現れればその者に危害を加えることは容易に予想できた」
「な、なんで」
「なぜ気付いたのか、だって?ふん、其方は病弱であるからと我を舐めておったが、病弱であるからと言ってこれぐらいのことに気付かぬ阿呆ではないわ。お主とキャンベルが昔から繋がっていることなど最初から気付いておったし、其方を少しけしかければそこと通謀してなにかを起こすだろうと踏んではいた」
キャンベルもそろそろ目障りであったしちょうど良かったわ、と淡々と話す皇妃様に、ラプサは床に座り込んでしまった。
「フーリン嬢とリフェイディールを被害に遭わせてしまったことについては申し訳ないと思っているが、まさかこうも上手くことが運ぶとは」
「……ッ」
「感謝しているよ、ラプサ。これで我等を悩ませていた問題が二つも片付くのだから」
全ては皇妃様の手のひらで転がされていたのかと私は納得したけれど、ギルフォード様は納得がいかないのか苦虫を噛み潰したような表情で皇妃様を見ていた。
もう言い逃れはできないだろうと、再び騎士たちがラプサに近付こうとしたと同時に、ラプサは顔を俯かせぶつぶつとなにかを呟き始めた。
そして部屋の温度が一気に下がったと感じた瞬間、彼女の手のひらに黒いエネルギー弾が出現する。
攻撃魔法だと気付いた時には既に遅く、ラプサの殺意は皇妃様と私に向けられていた。
「──死ね!!」
二つに分かれた攻撃魔法が私と皇妃様に向かって放たれ、目を瞑ったその時だった。
※次話、ギルフォード視点