五十六話 窮地の策
「こんにちは、フーリン様。お元気ですか?」
牢へ入れられた翌日、私はというとひたすらに自室に篭っていた。
そこへやって来た私の元、侍女。
「なにしに来たの?」
「ああ、フーリン様!誤解です、わたしは皇妃陛下のお言葉に逆らえなかっただけなんです……!」
だから怒らないでください、と子犬のような顔をするラプサに溜息が出る。
「だから、なにしに来たの?」
取り合わない私の態度を受けて頰をわずかに引き攣らせたラプサに畳み掛けるようにして私は口を開く。
「……どうして、妃殿下に手を出したの?」
「え」
「どうして私じゃなかったの?ねえ、どうして?」
「なにを……」
「どうしてっ、私のことが嫌いなら私に直接手を出せば良かったじゃない!」
我慢ならずソファから立ち上がり叫べば、ラプサはあはははは!と心底おかしいとでもいうような笑い声を上げる。
そしてお腹を押さえ一頻り笑って満足したと同時に、すとんと表情をなくした。
「──そんなの、あんたがさっさと死ななかったからに決まってるじゃん」
態度が豹変したラプサに今さら驚くことはなかった。
しかし、彼女が発した言葉に対して目を見開く。
「ま、さか」
「いつもいつも紅茶を美味しそうに飲んでくれちゃってさあ、いつ死ぬかとわくわくしながら待ってたのにホント期待外れって感じ。なに?なんか強い魔法でもついてんの?」
「あ、あ、あ」
リフェイディール様が危険な状態に陥っているのは全て私のせいで、私の体の異変はラプサが原因だった。
「知り合いが自分のせいで死にそうになってるなんて辛いよねえ。ああ、でも予定は狂っちゃったけど、むしろあんたを精神的に殺せるし都合が良かったかも!」
「このこと、殿下たちに言うよ」
「は〜〜ほんっと嫌な女!あんたがギルフォード様の運命の伴侶だって信じたくない!言ったところであたしがやったって言う証拠はないし?それに最初に言ったでしょ?これは皇妃の指示の下だって」
「……」
なにか言い返さなければならないと焦りが生まれたその時、お待ちください、殿下!と大人数の声と足音がこの部屋に近づいて来ていることに気付いた。
「フーリン!……貴様、なぜこの部屋にいる」
「わたしはフーリン様の侍女ですから、この部屋にわたしがいることはなんの問題もないのでは?」
「俺は自室で待機しろと言っていたはずたが」
「そうでしたか?それより、殿下の後ろにおられる方々はどちらさまでしょう」
私も気になっていることに気付いたのか、ギルフォード様は苦々しげな表情を作って集団を見据える。
「フーリンが本当に俺の運命の伴侶かどうか、証拠を見せろとうるさい阿呆どもだ」
「阿呆とはなんですか、殿下!此度の件は国の根幹が崩れかねないことなのですよ!」
「そうです、このままトゥニーチェに国を乗っ取られでもしたらイルジュアの未来はありませんぞ!」
集団の圧に気圧された私が一歩後退りすると、ギルフォードさまが私の目の前に立ち人々の視線を塞いでくれた。
その時、集団の中から一人の男性が歩み出てくる。
「皆さんの言う通りですよ、我々には知る権利がある」
「……デイヴィット・キャンベル」
ギルフォード様の背中越しにちらりと見えたデイヴィット・キャンベルという人は、もちろん私の知らない人だった。
「つきましてはそこの侍女に、本当に彼女には花紋があるのかを確認していただきたい」
「確認する必要はない。フーリンに花紋があることは俺が分かっている」
「いけません、殿下。貴方様はトゥニーチェに脅迫を受けているとお聞きしている。そのような御方の意見など、最早誰も信じますまい。ここは第三者である者が確認することで皆が納得する、そう思いませんか?」
そうだそうだと、デイヴィット・キャンベルに賛同する声がいくつも上がる。
ギルフォード様は暫く沈黙を貫いた後、私の方を振り向いて膝を折り曲げる。
「フーリン、一度だけでいい、花紋を見せてやれるか?」
それは事実上、私への死刑宣告に等しかった。
否定などできない私は小さく頷くと、ギルフォード様も頷き前に向き直る。
「ただし、確認する侍女は他の者に変えろ」
「なぜでしょう」
「この女は信用ならん」
「おやおや。しかし殿下が信用なさらない方のほうが言葉の信憑性も増すのでは?皆様もそう思いませんか?」
またもや賛同の声が上がり、ギルフォード様も顔を顰めるしかないようだった。
服を摑み、私は大丈夫だと伝えると、ギルフォード様は申し訳なさそうに眉尻を下げた。
「さあ、行きましょうフーリン様」
ラプサに別室に連れて行かれ、ドレスを脱がされる。
「てか花紋どこにあんの?首?背中?それともお腹?」
「や、やめて、なにしようとしてるの」
ラプサの手にはいつの間にか小さな魔道具が握られていた。
どう見ても怪しいそれに私は顔を強張らせる。
「んー、ちょっとの間だけ花紋には消えててもらうのよ」
「や、やめて」
「ちょっと痛い思いしてもらうだ、けなんだけど、……あは。なーんだ、ちゃんと効いてんじゃん」
どす黒くなった私のお腹を認めニイッと口に弧を描いたラプサは、もう一度ドレスに着替え終わったと同時に、楽しげに私の腕を掴むと元いた部屋へ私を引きずった。
そして高らかに宣言する。
「皆さまお聞きください!予想通り、この女に花紋はありませんでした!」
大きなどよめきが起こり、私に対する敵意の視線が一層強くなった。
今すぐにでも私を捕らえろという空気が流れ、もうダメかもしれないと諦めかけたその時、場が静まり返っていることに気付いた。周囲の顔色が先ほどと打って変わって青い。
それもそのはず、ギルフォード様がラプサの首元に剣を向けていたからだ。
「女、皇族の前で虚言を吐いた罪の重さを知っているか」
「……真実を申し上げたまでですよ。花紋はなく、黒くなった体があるだけでした」
「黒い体……?なにを言っている」
ギルフォード様が眉を寄せ私を見た瞬間、ガクガクと膝が震え始めた。全身に汗が吹き出し、力が抜けていくのが分かる。
「フーリン!?」
「ほうら!嘘がバレたものだから急に動揺し始めましたよ!」
私を嘲笑うラプサの言葉に否定の声をあげたいのに、唇は空気を噛むだけだ。
動揺してるんじゃない。『毒』が回り始めたのだ。
立っていられなくなった私は、床に四つん這いの状態になって荒い息をし始める。
すぐに近寄って来たギルフォード様が私に触れようと手を伸ばしてきたけれど、
「……え」
パシリとその手を跳ね除け、僅かに距離を取る。
「触らないで、ください」
ギルフォード様は手を宙に浮かせたまま、全身を硬直させた。
「嘘がバレたからって殿下にそんな態度をしていいと思ってるんですか〜?」
「……うるさい」
「はあ?うざ!ギルフォード様、こんな女すぐに捕らえるべきです!運命の伴侶の証明すらできない偽物の伴侶など、貴方様に害を及ぼすとも限りません!トゥニーチェなど皆で力を合わせればこの国から追い出すこともできます!」
「黙れ」
「っ、まだこの女を庇う気ですか!?殿下の伴侶にはもっと相応しい人がいま……ッ!」
「黙れと言っている!!」
ギルフォード様が腕に纏わりついていたラプサを振り払うと、ラプサは床に叩きつけられ、茫然と自分を振り払った主を見た。
そんなことなど視界にも入っていない様子のギルフォード様は、一度拒絶したはずなのにまた私に触れようとする。
もうどうにもならないと思った私は残る力で右手首を摑み、心の中であの人の名前を叫ぶ。
──レオ!!
バンっと突然激しい音を立てて窓が開いたかと思えば、突風が吹き込み部屋の中を荒らした。
「呼ぶのがおせぇんだよ」
ぶっきらぼうな低い声を聞いた瞬間、最後の力が抜ける。
床に崩れ落ちる直前体が浮かび上がったかと思うと、紫髪の髪色の男性に横抱きにされていた。
「コイツは貰ってくぞ」
空間が歪む瞬間、私の名を叫ぶギルフォード様の声が聞こえた。
※次話、レオ視点




