五十一話 皇族の秘密
「今日はどんなことをしてたんだ?」
「前話してた通り、魔道具を使って友人と話してましたよ」
「ああ、珍しい魔道具なんだろう?開発したというその魔導師が気になるな……」
「ですよね!本当に遠隔でもあっちの姿がハッキリ映ったんです」
今日あったことを口から溢れ出るままに話しても、ギルフォード様はイヤな顔一つせず相槌を打ってくれる。
「その後は昨夜殿下がお話ししてくださった女人国と男人国のお話がとっても興味深くて、書庫でそれ関連の本ばかり読み漁ってました!」
地図が描かれている大きな本を膝の上に乗せ、隣にピッタリとくっついているギルフォード様を見上げる。
「そうか、楽しかったならよかった。他にフーリンが行ってみたい国は見つかったか?」
「うーん、そうですねー。やっぱりテスルミアに行ってみたいです!火の部族には友人もいますし、他の部族の地も見てみたいです」
「テスルミアか……。フーリンは水の部族の地なんか気に入りそうだな」
最近の習慣となっている就寝前の会話はとても穏やかなもので、私はすっかりこの時間を心待ちにするようになっていた。
ギルフォード様がこの部屋に帰ってくる時間帯はいつも遅いけれど、ギルフォード様はなるべく早く帰ってこうして私との時間を設けてくれる。
疲れているであろうに、その様子を一切見せずに私に付き合ってくれる彼に罪悪感を抱きながらも、どこか喜んでいる自分がいるのもまた事実だった。
最初こそ一緒に寝ることに慣れず、ガチガチに固まって眠れないなんてこともあったけれど、ある程度日数を重ねているうちに緊張することもなくなり、普通に話しかけられるまでには成長している。
いや、うん。結局呼び方は『殿下』のままにはなっているけれど。それは仕方ない。
素面の時の愛称呼びは本当にハードルが高いのだ。
私の『殿下』呼びに、当初はことあるごとに不満を述べていたギルフォード様だったけれど、ここのところは諦めたようで特に指摘してくるようなことはなくなったので内心安堵の息を漏らしたものだった。
「水の都……!本当に水上で生活しているんですね!わああ、行ってみたいな」
「ぜひ」
その後に続く言葉はなかったはずだから、『一緒に行こう』と聞こえたのは、きっとただの幻聴だ。
なんの気なしにそのままギルフォード様の口元を見ていれば、目がゆっくりと細められていっていることに気付いた。もう眠いのだろうと思って、もう寝ましょうかと提案しようとしたと同時のことだった。ギルフォード様は私のこめかみに唇を軽く当ててきたのは。
「っ」
実はこれ、毎日のようにされていたりする。こめかみだったり、頰だったり、額だったりと場所は様々だ。
こうして私が気を抜いている時に限ってこういうことをしてくるものだから、私はろくな抵抗も出来ず、頰を膨らませることしかできていないので、どこか悔しさがあった。
いつものように私が頰を膨らませると、ギルフォード様は表情を緩めた。
しかしなぜかギルフォード様は顔を暗くし、私と向かい合うように座り直した。
「寝る前に、少しいいか」
「なんでしょう、か」
なにが起こるのだろうかと密かに鼓動が早くなる。
「そろそろ話をするべきだと思ってな」
「話……?」
「俺たち、皇族の秘密についてだ」
ドクンと心臓が一際強く脈打った。
リフェイディール様の言葉が頭を過ぎる。
これからギルフォード様を信じられなくなるような話をされるのだろうか。
「大丈夫か」
「は、はい」
顔色が悪くなったのが薄明かりのもとでも分かったのか、ギルフォード様は心配そうに私の頰を撫でた。
私がギルフォード様の運命の伴侶である以上、きっとこれは避けられない話で、私には覚悟を決める選択肢しか残っていなかった。
「まず俺と兄上は半分しか血が繋がっていない」
「──」
「異母兄弟、ということだな」
初っ端から容赦のない衝撃的な告白に静かに混乱する私を宥めるように、ギルフォード様は私の背中を優しくさする。
しかしその手とは裏腹に、彼の表情は感情の読めない無そのものだった。
「兄上の実の母アデラインこそが、父上……今上皇帝の運命の伴侶だった。つまり今の皇妃はアデラインという名前でもなければ皇帝の運命の伴侶でもない。だが皇帝の血を引く俺を生んだ」
その言葉が表すのは。
「兄上は生来病弱だった。いつまで生きられるか分からない、明日死ぬかもしれない、そんな身体だったらしい」
「……今は」
「見ての通り、今の兄上は百年経っても生きていそうな人間だがな」
昔の兄上を知れば驚くぞ、なんて息抜きの意味を込めて冗談ぽく私に笑いかけてくれる。
ほっとしたのも束の間、ギルフォード様は再び表情を無くす。
「今とは違って昔の兄上はそんな感じだったから当然周囲は憂いた。皇族の数は少なかった上に、皇位継承権を持てる皇子は兄上ただ一人だったからな」
「……!」
「そう、フーリンの考える通りだ。明日死ぬかもしれない皇子の健康を祈るだけでは皇族の、ひいてはイルジュアの未来は明るくない。だからこそ周囲は考えた。第二皇子を作ればいいのだと」
かつての、あまりにも残酷な考え方に、脳が無意識にショックを受けていたのか、勝手に息が止まっていた。
「でも、そんなことをしても生まれた子の顔付きとか髪色とかでバレてしまうんじゃ……」
「俺の母上と兄上の実母は双子だ。二人は色彩も全て同じで、親でさえ見間違えるほどよく似ていたらしい」
イルジュアの未来を考えれば周囲の言葉に従うしかなかった皇帝は、運命の伴侶がいるにもかかわらず別の女性に手を出し、子を生ませた。
「当然、運命の伴侶以外の女性に手を出すなど世間から批難を浴びるのは目に見えていた。だから皇帝はこのことを世間から隠し通すことにした」
そういうことか、とリフェイディール様の言葉の意味を理解した私の手が震え出す。
──皇族の伴侶は『運命の伴侶』でなくとも良いのだと、この話を聞けばそう思っても仕方ないのだ。
どういう女神の思惑か、本物のアデライン様はギルフォード様が生まれる前に流行り病で亡くなったらしく、それと入れ替わるように今の皇妃様がアデライン様と成り代わったというわけだそうだ。
「よく似ている双子と言えども二人をよく知る者ならばこの秘密を見破られる可能性は大いにあった。だから皇妃は俺を生んで体が弱くなったことにし、外にはほとんど出さないようにしたんだ」
私の震えに気付いたギルフォード様は、私の手を取って縋るような視線を送ってくる。
なぜそんな表情をするのか理解できなかった私は瞳を揺らした。
「今、この話を打ち明けたのは、他でもないフーリンに誤解してほしくなかったからだ」
「誤解……?」
「俺が父上と同じ立場に置かれた時、父上と同じような選択をする男だと思ってほしくない」
逃がさないと言わんばかりに手に力を込められて、ギルフォード様の本気度が痛いほど伝わってきた。
「いや、でも、冷静に考えたら仕方ないことなのでは……」
「仕方ないことじゃない。父上は臆病だっただけだ!フーリンを失うぐらいなら俺は──」
そんなに皇帝陛下と比較されたくないのだろうか。
声を荒げる姿に目を丸くして見つめていると、私の視線に気付いたギルフォード様は自嘲気味な笑みを浮かべた。
「……信じてほしい、俺は運命の伴侶以外選んだりしない」
私が肯定するまで離す気がないらしく、私は暫く考えた後、手を握り返した。
「信じます」
そう言った瞬間、ギルフォード様は大きな息を吐き、私を抱き寄せ、そのままベッドに倒れる。
「姉を失い、生みたくもない子を産まされ、外にも満足に出られず、暗い塔で一生を終えなければならなくなった母上の気持ちは推し量れない。その原因となった俺を恨んでいても仕方はないよな……」
意識が闇に包まれる直前に聞こえた言葉は、きっと私に宛てたものではなかった。




