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【連載版】まだ早い!!  作者: 平野あお
第二章 ひだまりの怨嗟編
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五十話 友と鍵

 

『このっ、フーリンのばかやろー!!』


 魔道具のスイッチを押し、上手く作動したと喜んだ瞬間、自室にラディの声が響き渡った。

 開口一番に罵られた私は笑顔のまま固まる。


『品のない声をあげるな。それでも王族か?』

『この件に関しては完全にフーリンが悪い!』

『はあ、お前は本当に相変わらずだな。ある意味安心するよ』


 しばらく聞いていなかった落ち着いた声の持ち主は溜息を吐いた後、私を見て笑いかけてきた。


『久しぶりだな、フーリン』

「ローズ!久しぶり!」

『ちゃんと作動したようで良かった。やはりこうして顔を見れることが一番だな』

「うん!こんな魔道具もあるんだね。初めて見たから操作に迷っちゃった」


 ローズからの初めての手紙は、説明書きの紙とともに小さな小箱が送られてきた。

 小箱の中身は遠隔地にいるローズとラディの姿を映し出す魔道具で、今まさに使用している物だ。


『ああ、それはこちらにいる大魔導師が最近生み出した物だからな。知らなくて当然だ』

『おい』

「へー!凄いね」

『実験もかねて使ってくれと言われて、どうせならフーリンの顔が見たいと思ったからな』

「ローズ……」

『おいっ、僕を無視するな!』


 頰を膨らまし私を恨めしそうに睨むラディに気付き、慌てて謝る。


「ラディお久しぶりですね」

『ふん、そんなことはどうでもいい。フーリン、あれはどういうことだ?』

「あれとは」

『とぼけるな、手紙のことだ。聖様に手料理を振る舞ったんだってなあ……!?』


 映像に映し出されるラディの姿は少しぼやけているところがあるにもかかわらず、暗黒のオーラを纏っていることだけはよく伝わってきた。

 手料理の件はさすがに報告しておかなければ後々が怖いだろうと思って、その内容をしたためた手紙を送ったのだけれど……、やはり事後報告はまずかっただろうか。


『ズルい!僕だって僕の手料理を聖様に召し上がっていただきたかった!……いや、待てっ、待て待て待て!聖様に自分が作った物を食べてもらう?な、なんて恐ろしいこと僕は考えたんだっ。おいフーリン、お前よく正気を保ちながら作れたな!?』


 なるほど怒りの理由はそこか、と内心ホッとしてラディに笑いかける。


「緊張はしましたけど、ラディに教えてもらったことを思い出しながらしたからなんとかできたんですよ。それに、ラディの教えが私の作った物に反映されているので、ギルフォード様は実質ラディの手料理を召し上がってることになりますね」

『実質!?ひ、聖様が、僕の、手料理を……!?』


 プシューと音を立てながら勢いよくソファに座り込んだのだろうか、ラディは頭を背に預け、そのまま動かなくなってしまった。


「ラディ?」

『放っておけ、感極まったんだろう』

「そっか。……あれ、そういえばローズってラディがギルフォード様のことを崇拝しているのって知ってたっけ?」

『知ってるもなにも学生時代にことあるごとにあの皇子のことを聞かされれば嫌でも気づくよ。それにあの事件があった後、実況見分のためにラディのあの部屋に行ったんだ』

「あ、なるほど」

『同一人物の絵姿が大量にある部屋は実に壮観だったぞ』


 夢に出るかと思った、と苦笑するローズの気持ちが分かる私はうんうんと頷いていると、いつの間にか復活していたラディが悲しい顔で呟いた。


『あの部屋にあったコレクションはいくつか破損していたものがあったんだ……レア物だったのに、もう二度と手に入らないものばかりなのに……』

『それはあたしに謝罪を求めているということか?』

『ふん、今さら謝ってもらったところであの聖様たちは返ってこない。──だからな、フーリン』

「はい……?」


 嫌な予感がした。

 ことラディに関しては私の第六感はよく当たる。


『聖様日記をつけろ』

「嫌です」

『間髪入れずに拒否するとはなんたる不敬だ!』

「今さらラディとの間に不敬もなにもありません!」

『なんだと!』

「絶対に嫌ですからね!」


 ヒートアップする私たちを眺めるローズの口元には困ったようでいて嬉しそうな笑みが浮かんでいた。


『まあ、落ち着け二人とも。ラディも無茶を言うんじゃない』

『僕はただ聖様の普段の生活を知りたいだけだし、聖様の素晴らしさを後世に伝えたいだけだ』


 ギルフォード様のこととなると途端に欲望が剥き出しになるラディのことは嫌いではないが、相変わらず困らされることが多くて大変だ。


「言っておきますけど、私とギルフォード様、日中で関わる機会はほとんどないですからね」

『つまり夜はある、と』


 さすがは慧眼の持ち主と褒めるべきなのだろうけれど、こんなところで本来の優秀さを発揮するラディが恨めしい。

 ここで馬鹿正直に一緒に寝ています、なんて言ってはいけない。火に油を注ぐ未来しか見えないからだ。


「たまに夜食を作るぐらいですよ」

『くっ、フーリンにマウントを取られる日が来ようとは』

「取ってないですけど!?」


 ダメだ、そろそろこの話題から離れなければ話が変な方向に行ってしまう。

 どうしようかと悩んでいると、ローズが真剣な瞳で私を見ていることに気付いた。


「ローズ?」

『……フーリンはそのままそこにいたいか?』


 空気が、変わった。


「えっと、それはどう言う意味で……?」

『なに、フーリンがそこにいるのが嫌ならあたしが連れ出そうかと思ったまでさ』

「……ローズも冗談が」

『冗談ではないな。ラドニークだってそうだろう』


 ラディの方を見れば、先ほどのいきいきとしたものとは打って変わって、人間味のない表情をしていた。

 私が不安そうに瞳を揺らしたのが分かったのか、ラディは髪をクシャリと握り潰し深い溜息を吐く。


『……別に、フーリンが嫌じゃないなら僕はなにもしない』

『まあ、こういうことだ。幸か不幸か、あたしたちにはそれができるだけの権限はある。ラドニークは隣国ということもあって少し難しい部分もあるかもしれないが、そこはあたしたちが』

「──待って」


 このまま流されるのは危険だと、考えなくても分かった。


「私は大丈夫だから。だから、心配しないで二人とも」


 へにゃりと力なく笑えば、二人は顔を見合わせ肩を竦めた。


『あたしはそのイルジュアにおける運命の伴侶とやらの制度がいまいち理解できなくてな。別に運命だからと言って絶対にそばにいなければならない理由もないだろう?』

「……そうだけど」

『以前フーリンはイルジュアの女神を強く信仰しているわけではないと聞いた覚えがあるから、気になっていたんだ』


 確かに私はこの国のほとんどが信仰する女神に対して、(こうべ)を垂らしたいという気持ちは今でもない。

 それは昔のことからだし気にしたこともなかったけれど、こうしてギルフォード様のそばにいるようになってから思うようになったことがある。

 女神を信じていない私が、信仰のトップに立つイルジュア皇族のそばにいていいのだろうかと。


『おい、フーリン』


 坩堝に嵌りそうになっていた私の意識を引っ張り上げる声が聞こえた。


『あまり悩むな。お前は能天気に笑ってるぐらいがちょうどいい』

「あ、今馬鹿にしましたね」


 ラディはいつものように鼻を鳴らし、いつものように無邪気な笑顔を浮かべた。


『なにかあったら、いやなにがなくても僕に連絡しろ。なんせ僕はフーリンの友達だからな。いつでも相手をしてやるぞ』

『フーリン、あたしがいることも忘れるな』

「……ありがとう。ラディ、ローズ」


 じわじわと涙が溜まり、今にも溢れそうになった時、それに!と弾けるような声が私の鼓膜を震わせた。


『困ったことがあれば聖様の顔を見ればいい!聖様の御顔を見ればどんな悩みだって忘れられるからな。聖様の存在こそが世界を平和に導くのだ!!』


 ハッハッハーッ!なんてラディは悪役よろしく高らかに宣うものだから、先ほどの感動的な空気は早々に離散してしまい、ローズは今日一の疲れ顔を見せた。




 *




「お昼はなにか楽しそうな声が聞こえてきましたが、なにかされてたんですか?」

「うん、ちょっと友人とね」

「そうなんですかご友人をお持ちなんですね」

「あ、うん」


 会話の内容を聞かれただろうかと紅茶を入れてくれるラプサの横顔を思わず見てしまったけれど、いつもと変わらない笑みを浮かべるラプサに小さく安堵の息を吐く。


「あっ、そうだ。今日も皇妃様からの預かり物があるんです!」

「そうなんだ。いつもありがとう」

「いえ、お気遣いなく!それよりこの箱の中身、高価な物らしくて鍵も別にお預かりしてるんです。えっと確かポケットに……あ、あれ?」


 どんどん蒼白していくラプサの表情で私は悟ってしまった。


「もしかして」

「…………無くしちゃいました」


 涙目になっていくラプサにつられたのか、私の中にも焦りが生まれる。


「よかったら私が開けようか?」

「──え?どうやってですか?」

「なにか細くて長い針とかあるかな?複雑な物でなければそれで開けられると思う」


 あまりこの特技は人に披露したくないのだけれど、悲しそうな顔のラプサについ絆されてしまった。

 ラプサは困惑した表情で、すぐに探してきた針金を私に渡す。


「え、え、えええ!?……凄い、本当に開いた」


 中にはラプサの言葉通り、とても高価そうなネックレスが納まっていた。

 あまりの眩しさに私は静かに箱を閉じて、一旦その存在を忘れることにする。


「これくらいラプサでもできるよ」

「いやいやいや、普通そんなことできませんって!フーリン様って本当に手が器用なんですね!──もしかしてなんでもピッキングできたりしちゃいます?」

「うーん、どうだろう。構造が複雑だったら無理かもね」


 曖昧に笑って誤魔化すと、ラプサはパァッと明るい顔になって祈るように指を組んだ。


「わたしよくこういうドジしちゃうんで、またなにかあったらフーリン様にお願いしてもいいですか!?」

「んん」

「ダメ、ですか?」

「……う、いい、よ」

「本当ですか!?ありがとうございます!とっても頼もしいです!」

「でも人にはあまり言わないようにしてね。あまり外聞が良くないと思うし」

「かしこまりました!」


 元気良く返事するラプサに、大丈夫かなあと心配になったのは言うまでもない。


 というかこのネックレス、どうすればいいの?

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