三話 相談させて
自分でも言うのもなんだが、私は手先が器用である。
裁縫、刺繍、編み物どんとこい。お菓子のデコレーションもいける。方向性は違うが、なんならば細長い棒を使えば鍵が無くても開錠だって可能にする。……最後のは流石に秘密だ。
そうした器用さも手伝って学校で頼まれた仕事を懇切丁寧にこなした弊害か、それに目をつけた担任から雑用を任されることが多くなった。
他のクラスメイトは文句を言うようなので、頼まれたら断れないタイプの私に頼みやすいというのもあるのだろう。
「合同留学生交流会?」
「うん、第一と第二合同でやるんだって」
レストアにはここ第一王立学園の他、第二王立学園が存在しており、生徒たちはそれぞれを第一、第二と呼び区別している。
「その手伝いして欲しいって言われちゃったから、これ」
手元の書類をピラピラと靡かせるとローズは眉間に皺を作った。
「そういうものはそれを企画する者がやるものじゃないのか?というか当の留学生に頼むのがおかしいだろう」
「そもそもこの企画は留学生が手を挙げて始まったものらしくて生徒主体でやってるんだって。それで人手が足りてないみたい。まあ頼まれちゃったし楽しそうだからいいかなって」
へらりと笑えばローズは息を吐いて困ったように笑った。
「そういうことならあたしも手伝おう。どうせ暇を持て余していたところだしな」
「本当?ありがとう!あとね、少し相談したいことがあるの……いいかな?」
「ああ、勿論だ」
あれからラドニーク様の呪いについて色々考えてみたが、そもそもメロディア様の話が抽象的なままに終わってしまったので何の解決策も見出せないでいる。
ちなみに当の本人といえば私の悩みなど露知らず、今日も元気いっぱいに校舎を走り回っていた。
ローズに相談するのはメロディア様に許可を取ってからにしようと思ったが、困ったことに次会うのがいつになるになんて分からないのだ。相手が王女様な以上、仕方ないことだけれども。
これで次会う時になって何の情報も得られていません、ではメロディア様を落胆させることは簡単に予想がつく。
込み入った話になることも考えて、私たちは校舎の隣に位置する図書館に行くことにした。
ここの図書館は勉学に力を入れている国の施設なだけあって、世界でもトップランクの蔵書数を誇る。私も入学して以来毎日のようにお世話になっている場所だ。
その図書館の一角にあるフリースペースとなっている個室の一つにて作業を始める。
それと同時並行して私はメロディア様との話をローズに語ってみせた。
「なるほど、あの馬鹿王子に呪いがかかっていると」
「私一人で考えても何も分からなくて、ローズにも協力してもらいたい、です……」
「ふむ、ラドニークか」
手を顎に当て何かを考える仕草をしながら長い脚を組んでいる姿を見ていると、無性にローズのことをお姉様と呼びたくなる。
私は足が組めないので羨ましい。うん、羨ましい。
「あの日、フーリンがあの馬鹿を追って行った後にあたしはその辺の生徒にラドニークのことについて聞いて回った」
「え!そうなの?」
「王族にしては可笑しい性格をしているからな。この国の王族がそれを許容するのかと疑問に思ったんだ」
私自身そんな疑問を一つも持たなかったのに、とローズの洞察力に感服する。
「どうやらその王女の言う通り、ラドニークは元々あのような性格ではなかったそうだ」
生徒曰く、ラドニーク殿下は元々第二王立学園の生徒だったらしく、第一に転校してきたのは一年前だと言う。
最初の半年はとても模範的な生徒で、生徒人気も高く、憧れる者が多くいたようだ。しかしある日を境に殿下は現在の性格になってしまったそう。
「あと生徒たちはこんなことも言っていたな。突然自身の婚約者に婚約破棄を申し渡した、と」
「こんやくはきい!?」
「その婚約者は第一の生徒でこの国の有力な侯爵家のご令嬢。婚約破棄の理由は存在が煩わしくなったから、だそうだ」
開いた口が塞がらなかった。
婚約というのはいわば契約だ。
未来の花婿、花嫁の意思に関係なく両家の父親の間ので交わされるものであって、一族の政治的、社会的、経済的な力を拡大するための手段であると言ってもいい。普通、貴族社会において婚約する本人たちが異議を申し立てられるような立場にない、はずだ。
当然のようにイルジュア帝国の皇族はその常識に当てはまらない。
「婚約の破棄が成立したかどうかについては分からん。王家の考えも気になるところだな。そこはその王女にでも聞いてみると良いだろう」
そんなデリケートな話を聞いて良いのだろうかと気になるが、優しそうなメロディア様を思い出せば大丈夫かなという気持ちになる。
「まあアレだ、フーリンはそのラドニークの婚約者に気をつけた方がいいかもしれん」
「え」
「婚約破棄騒動があったのもほんの数ヶ月前だ。意味も分からず婚約破棄してきた王子に最近仲良くしている女がいる、なんて噂がその婚約者の耳にでも入ってみろ」
「……怖いね」
その婚約者の方がラドニーク様をどう思っていたかにもよって変わってくるだろうが、最悪の場合も想定しておかなければならないのだ。
ぶるりと体が震えるのを両手で押さえつけた。
「本当はラドニークに気をつけろと言いたいところだが、あの様子では無理だな」
「だね」
「あたしがフーリンを守る。心配するな」
やだ、カッコいい。
「じゃあ私もローズを守るね」
切れ長の瞳に射抜かれて思わず心臓が高鳴ったのを隠すようにそう言えば、ローズは驚いたように目を見張った。
「ローズ?」
「……そんな風に言われたのは初めてだったから、少し、驚いたんだ」
嬉しいとも悲しいともつかない複雑な瞳が目の前で揺れている。
ローズ自身の話を私はまだ聞いたことがないけれど、いつか聞けたらいいな、なんて呑気に考えた私はにこりと笑った。そしてその笑みを見て安堵したように肩の力を抜いたローズは、私のぷくぷくとした手を手慰みに弄び始めた。
「呪いについてはやはり何かの魔法と考えるのが妥当だろうな」
「私もそう思う」
「生憎あたしは魔法の類は分からんが、幸いここは図書館だ。何か参考になるような本でも探すか」
「うん!」
と答えたところで、私は情報を得るためには行動しなければならないという基本を思い出し、反省したのであった。
書類が一区切りつき、気分転換も兼ねて二人揃って図書館内を歩き回る。しかしいくら探しても魔法書の棚が見当たらないので、司書の方に聞いてみると資料室の方にあると言う。
資料室は図書館の端にあり、ここから行くには少々骨が折れそうだ。
「まあ仕方ないね」
魔法は魔力を持った魔導師という存在のみが操ることができ、その他一般人は魔道具を借りて生活に利用する。だからこそ魔導師以外で自ら魔法を学ぼうなどと考える奇特な者は稀だ。
そしてそもそも魔導師の人口は少なく、この学園にも両手で数えられほどの人数しかいないのでこうした魔法書も隅に追いやられているのだろう。
図書館マップを頼りに私たちは資料室に向かって歩き出した。




