三十八話 噂話に耳を傾け
「できたー!」
「完成したんですか!わ、フーリン様、凄くお上手ですね!?」
服を掲げる私を褒め称えてくるのはラプサと言って、私の専属侍女だ。
私と同じ平民出身で、気さくな性格の彼女はとても話しやすい。その上私と同年代で、ふわふわとした癖のある栗毛にも親近感が湧いている。
「本当に凄いです。プロが作ったみたいに見えます」
「あはは。縫製は甘いと思うけど、ラプサがそう見えるのならよかった」
出来上がった服はこの城のメイド服だ。
皇城に来て初めて侍女たちの服を目にした瞬間、わたしはそれに目を奪われた。
なんて可愛い服なの、と。
我が家の使用人の服は紺色のワンピースに白いエプロンを着けるという、実用性だけを考えたシンプルな物だった。
一方ここの服といえば、フリルやレース、手の込んだ刺繍など、創意工夫がなされていて、見ているだけで楽しい。それなのに全体的に下品になっていないところがまた素晴らしかった。
一度だけでも着させてほしいと思ったけれど、当然お客の立場としてこの城に滞在している私の願いが叶うはずもなく。
それならばこの暇な時間を使って自分で作ってしまえばいいんだ!と考えるに至った。テスルミアの火の部族の人たちのために大量の服を作った経験が、私をそう思わせたに違いない。
なにかほしいものがあれば遠慮なく言ってくれとギルフォード様に言われていたので、私は少し迷った上でその言葉に甘えることにした。
裁縫道具や型紙、材料、服を作るのに必要な魔道具等々、申し分ない量を揃えてもらい、私の暇つぶしは始まった。
そして始めてから数週間経った今日、無事に完成させたのである。
「ちょっと着てみてもいいかな?」
「勿論ですよ!お手伝いしましょうか?」
「お願い」
うまくできたとはいえ結局は素人の作った物でしかないから、慎重に着なければならない。
「……ど、どうかな?」
「よくお似合いです!よかったらその格好のまま部屋の外に出てみます?」
照れながら服を広げて見せると、ラプサは思わぬ提案をしてきた。
「え、いいのかな」
「少しくらいなら問題ないと思いますよ!最近は大詰めだとか言って部屋からあまり出なかったじゃないですか!さっ、行きましょ!」
少し強引だなとは思ったけれど、自分で作った服を着て外を歩けるというのは少しワクワクする。
ラプサの言葉に追い立てられるままに外に出て歩いてみると、いつもと違って使用人に頭を下げられないことに気付いた。
どうやらうまく使用人に擬態できているみたいだ。
そもそも私は平民で平凡顔であるし、貴族のようなオーラもないので、擬態の成功はある意味当然とも言えた。
出歩く場所を制限されている私は好き勝手に歩き回ることはできないけれど、陽の下を歩いたことで気分がよくなった。
満足したしそろそろ部屋に戻ろうかと思ったところに現れたのは巨大な影。
「ちょっと、貴女たち!数が足りないって言っているでしょう!?早く来なさい!」
私たちの目の前に立ちはだかった恰幅の良い女性は、眦を釣り上げて私たちの後ろ襟をむんずと摑んだかと思うと、ズンズンと歩き出す。
「え!?えええええ!?!?」
困惑のまま抵抗することもできず連れて行かれた部屋で、なぜか私は多くの使用人に囲まれて洋裁をしていた。
「へー、貴女とっても上手ね」
「お師匠様がいたりするの?」
「い、いえ、特には」
どうやら私たちは皇族の衣服を作る作業に駆り出されたらしかった。
どうしてなのかラプサによくよく聞いてみれば、素敵なデザインがなされているメイド服を着ている者は基本なんでもこなすことのできる、言わばエリートで。
当然その『なんでも』の中には洋裁も含まれており、人手の足りなかったここにお洒落デザインメイド服を着た私たちは連れてこられたのである。
ちなみにエリート以外の使用人は、私の実家のものと同様のシンプルなデザインの物を着ているそうだ。
「……ラプサ」
正体を明かすこともできず、部屋から出て行くことも叶わず、途方に暮れていた私に、ラプサがギルフォード様に大丈夫かお伺いを立ててくると言ってくれたので、全力でお願いした。
許可されてない場所に無断で来てしまったことにさっきから冷や汗が止まらないのだ。
お手洗いと言って抜けていったラプサを見送り、彼女が帰るまでは、と気持ちを落ち着けるように作業に取り掛かった。
のはいいものの。
「てかさー、本当に第二皇子の伴侶、現れてくれて良かったよね」
唐突に始まった私の話題にドキリとし、途端に作業どころではなくなった。
私という、ギルフォード様の運命の伴侶が城に来たことは既に城中に知れ渡っているようで、私は変なことを口走らないよう少し顔を俯けて裁縫に集中する振りをした。
「ほんとにね!ようやく!って感じで私も嬉しい!」
「お城中がお祝いムードだものねー。最近は私たちの食事まで豪華になってるから嬉しいわ」
「ねえねえ、伴侶様が現れなかった理由ってなんだと思うー?あたし的には裏社会のボス説を推す!」
「わたしは天涯孤独のうえに病気で動けなかった説推し!」
「なに言ってんの!実は既婚者で、元夫と別れるのに苦労した説に決まってるでしょ!」
「いやいや、ここは……ってあれ?どうしたの、そんな暗い顔をして。体調悪い?」
一人の女性が手を止めて隣で動かなくなっていた同僚を覗き込む。
「ううん、そうじゃないんだけど。……えっと、もしかしたらさ、その伴侶の方、現れないほうが良かった、かも……って」
少し言いづらそうに口を開いた彼女の言葉に反応した皆が作業を止めてどうしてと言い募る。
「だって……ギルフォード様が言ってたらしいもの──運命の伴侶なんていらなかったって」
耳を、疑った。
「えっえっ、どういうこと!?」
「ギルフォード様専属書記官の従兄弟の友人がそう言ってたらしいわ」
「えー、信憑性薄すぎ」
「あ!待って!あたし第二皇子付きの侍女の親の友人の娘から聞いたことがある。誕生日の朝、すごく嫌そうな顔して皇子が部屋から出て来たって!」
「うへ、まじ?」
心臓がうるさい。
「だとしたら世の女性を沸かせたあの新聞のメッセージも皇子が考えたものじゃなかったのかしら」
「そりゃあそうでしょ。ラブレターと言っても過言ではないようなあんな熱烈な内容、他人が書いてなきゃおかしいって」
「確かに。あの氷の皇子がラブレターって想像がつかないわ」
手が震える。
「ていうか未だに第二皇子が伴侶を公表しないのが良い証拠じゃない?」
「あ、そっか。皇族は運命の伴侶が現れたらすぐに公表するんだっけ。自分のものだって世間に知らしめるために」
「なのに伴侶様が来られてからこの二週間、そんな素振り全くなかったもんねえ」
「なるほど、ギルフォード様は皇族における例外だったのか。そりゃあ途中で伴侶探しも止めるわけよね」
どんどん流れていく会話に、私は驚くほど動揺していて、
「伴侶をそばに置くのも義務って思ってそ〜」
トドメと言わんばかりに誰かが漏らしたこの一言に、息を止めた。
「こら!なにお喋りばかりしてるんだい!さっさと手を動かす!」
「「「はーい」」」
震える手を必死に押さえる私の頭の中は、先日会ったラディの言葉と、先ほどの陽気な彼女たちの言葉が反響していた。
城に滞在させるわけ。
伴侶はいらないという言葉。
公表しない理由。
伴侶をそばに置く義務。
「……そう、だよね」
「ん?なにか言った?」
「なんでもないですよ」
グルグルグルグル考えて、突然すとんと胸に落ちてくるものがあった時、私は不思議と落ち着きを取り戻していた。
ギルフォード様が厭う様子もいっさい見せず、私の存在を保護しようとしてくれたのは彼の優しさがあったからに他ならない。花紋で繋がってしまった、奇妙な縁にせめてもの情けをかけてくれたのだろう。
そしてギルフォード様は私の存在をいらないと思っていてもそれを隠し、これからも私を保護しようとしてくれるに違いなかった。
つまりギルフォード様と話をしたところで私がこの城か、そうでなくてもギルフォード様の目の届く範囲にいることになるのはほぼ確実だ。
「フーリン様、ギルフォード殿下から許可が得られましたよ!」
「うん……」
「あれ、顔色がよくないですね。もしかして体調悪いですか?」
「そんなことは」
「いえ、すぐに部屋に戻りましょう。なにかあってからじゃ遅いですから」
それからのラプサの行動は早く、リーダー格の女性になにかを言った後、私とともにその部屋を出た。
そして自室へと帰り、メイド服を脱いだ後柔らかなソファーに沈み込む。
「あっ、あの、ギルフォード様には言わないでね。本当に大したことないから……迷惑をかけたくないの」
「分かりました。でも今日はもう部屋で安静にしていてくださいね?」
「うん」
ラプサの出してくれたお茶を飲みながら、一人になった部屋で考えるのは勿論ギルフォード様のことだ。
ラディは運命の伴侶が皇族の弱点となると言っていた。弱い存在だから狙われるというこだ。
しかし裏を返せば強くなれば狙われることもなくなるということで。
「強くなる……?どうやって?」
お父様が以前言ってたけれど、護身術でも習うべきだろうか。
いや、それでは意味がないだろう。そんな付け焼き刃では凄腕の刺客には到底太刀打ちができない。
「……そうだ」
運命の伴侶が狙われるというのならば、私がギルフォード様の運命の伴侶でなくなればいいのだ。
「そうだ、そうだわ!」
そうとなれば私がこれからすべきことは、運命の伴侶という関係の解消方法を調べることだ。というより伴侶だと一目で分かってしまう花紋の消し方を調べたほうが早いかもしれない。
イルジュア、ひいては世界の宝であるギルフォード様を煩わせるものが存在してはいけないから。
「よしっ、頑張ろ」
少し顔色の戻った私はなけなしの力を込めて握り拳を天に掲げた。