三十三話 正しい人生 ※ローズマリー視点
燃えるような赤い髪に赤い瞳。
滅多に見ない不吉な色彩を纏って生まれたあたしの人生は、どう足掻いても普通にはなれなかった。
幼少期を過ごした施設の大人も子どもも私に対する態度は酷いものだったことを覚えている。
暴言暴力は当たり前、食事など一日に一回あればマシだというような劣悪な環境で、それでもどこにも行く宛のないあたしはただ黙ってそこに身を置いた。
愛想のかけらもない子どもだったから余計に人の反感を買ったのだろうと思う。
「あの子真っ赤で気持ち悪い」
「何故あんなのが生まれてきたんだ」
「まるで御伽噺の怪物のような色だわ」
「人間の出来損ないが」
──出来損ない。
あたしは出来損ない。
だから他人よりも人一倍正しくあらなければならない。
正しくある自分にこそ価値があるのだと、そう思い至るのにさして時間はかからなかった。
五歳になってしばらくしたある日に聞いた、老夫婦があたしを引き取りたいという話に、あたしは抵抗もなく了承し施設を出た。
どんな扱いを受けるのだろうかと国境を跨いでやってきたあたしに対するその地の人々の対応は、施設の者とは雲泥の差があった。
「綺麗な色ねえ」
「ああ、とっても綺麗だ」
あたしを視界に入れてそう言う老夫婦は心の底から言っているようだった。
状況を理解できないあたしを他所に、あたしの名前が無いことを知った老夫婦は少し怒った顔をした後、あれこれと名前の候補を上げ出したではないか。
「ローズなんてどうだ?」
「あら、お爺さんわたしはマリーの方がいいと思うわ。こんなに可愛らしい子なんだもの」
「いやいや婆さん。この美貌はまさにローズだろう!」
「それはそうだけど……それならローズマリーなんてどうかしら。とっても素敵じゃない」
「いいじゃないか!よし、お前の名前は今日からローズマリーだ。どうだ?」
あたしは息をするのも忘れて二人を見つめた。
「……どうして、アンタたちはあたしを見て笑顔でいられるんだ?あたしは赤色で、気持ち悪いんだろう!?」
なんとか絞り出した声は震えていた。
二人は顔を見合わせるとふっと笑ってあたしを抱きしめる。
「赤色は全ての始まりの色と言われるぐらい高貴で、とっても美しい色なのよ。貴女を見たのは偶然だったけど、見た瞬間運命だと思ったの」
「うつくし、い?運命?」
「お前が美しいということをこれから儂等がお前に嫌というまで分からせてやる。覚悟せい、ローズマリー」
ローズマリーと名を与えられたあたしは、老夫婦に連れられるままついていき、村に着々と馴染んでいった。
その村に孤児院の時のようにあたしを蔑む人など一人としていなかった。むしろ嬉しそうに、羨ましそうに見てきたものだった。
後から知ったが、テスルミアの火の部族領に近いこの村では同様に、赤という色は信仰色として尊ばれる色だったらしい。
隣の家に住む五つ上のシガメという男とも仲良くなり、老夫婦がいない時はこの男があたしの面倒をみるようになった。
シガメとよく山へ繰り出しては動物を狩り、木の実を拾い、薬草を摘んだ。
そこで見つけた新種の薬草は村で栽培することとなり、村はやがて誰一人死人を出さずに冬を越えられる程の蓄えを持つことができるようになった。
新種の薬草の発見が自分に幸せを与えてくれた村への恩返しとなったことが何よりも嬉しかった。
そして月日が流れ、自分を綺麗だと思うことは無かったものの、幸せというものにも慣れたあたしは、自分という存在がどれだけ異質なのかをすっかり忘れてしまっていた。
幸せの崩壊は今思えば老夫婦の死から始まったように思う。
アイツらがこの土地に来たのも葬式が終わってすぐの事だった。
破壊され燃える村、無残に刈り取られ踏み潰された薬草、傷を負い泣き叫ぶ村人たち。
目の前に広がる光景に呆然とする間も無く、あたしは大勢の兵士たちに囲まれたかと思うと、一人の男の前に突き出された。
「ここまで赤いとは。見事なものだ」
火の部族の長、ドリファン・フエゴ。
恍惚とした瞳をあたしに向ける男の表情は反吐が出る程醜く歪んでいた。
「この村をテスルミア火の部族領に統合し、お前の存在を俺が貰い受ける。ついてこい」
男の言っている意味が分からなかった。
断固として拒否の姿勢を見せるも、既に手遅れで。
「お前の大事な大事な村人が全員始末されてもいいのか?」
あたしが男に逆らうことは出来なくなっていた。
そうして火の部族の長の本拠地に連れて行かれ、直ぐ様あたしは火の民の崇拝対象として祀り上げられた。
化物として蔑まれていた人間が神のように扱われる状況に、あたしは全くと言っていいほど笑えなかった。
どうやら実力主義である火の部族にはドリファンの敵が多く、民にも不人気であったドリファンは民を惹きつけるための道具を欲しがったらしい。
貧しかった村を瞬く間に立て直し、かつ赤髪赤目という火の部族で最も尊ばれる色を持つあたしは、民の求心力を高めるのにうってつけの存在だったのだ。
村の人たちを人質にされたあたしは大人しくしているしかなく、一方で一度民を味方に付けたドリファンは、限度のない粛正を行うようになった。
自分の都合の良い人事、逆らう村は焼き払い、逃げる民を殺すことに余念はなかった。
自分が存在することによって傷つく人たちが沢山いるのに、あたしは何もできないままで。
あたしがこの世に存在することは果たして正しいのだろうか。
そう考えるようになったあたしの感情は幼少期のように極端に少なくなっていた。
何をしても無反応を示すあたしに、ドリファンは徐々に隙を見せていった。
そうして知ったテスルミア皇帝暗殺の計画。
あたしはこれを利用すればドリファンを長の立場から引きずり下ろし、村を、虐げられている火の民を救えるのではないかと考えた。
その日からあたしは証拠集めに奔走した。
崇拝対象として建物はおろか自室すらなかなか外出することが出来なかったあたしは自分の部屋と奴が大事にしている物を置くという部屋の間に隠し通路を作り、人の目を欺いては証拠探しに明け暮れた。
しかし頼れる味方もいないあたしが手に入れられるのは証拠能力の小さい物ばかり。
伝え聞く村や部族内の現状に焦りが募っていたそんなある日。
「あのトゥニーチェの娘がレストアに留学するらしい」
「……それが?」
「お前はこれからレストアに行きトゥニーチェの娘に取り入れ」
「は?」
また突拍子も無いことを言い出したと無意識に目が細まる。
「今やトゥニーチェは世界の核とも言える存在だ。何をするにしてもあの男抜きには話が進まない」
「娘に取り入ったところでどうする」
「あの男は娘を大層溺愛しているそうだからな。娘から攻略していけばトゥニーチェもいずれ崩壊するだろう」
「それこそそんな大物の娘ならあたしが行っても意味はないと思うが」
「いやお前だからこそ成し遂げられることだ。お前を手離すのは惜しいが、トゥニーチェを片付けられるなら安いものだ」
ドリファンも民と同じように赤色を神聖視していて、あたしの力を過信して発言するきらいがあった。
この男から物理的に距離を置きたかったあたしはそれ以上何も言うことはなく了承し、トゥニーチェの娘の入学に合わせてレストアに飛んだ。
そこで何か火の部族の現状を打破する何かを得られるかもしれないという期待も少なからずあった。
初めてフーリンを見た時、抱いた印象は『普通』だった。
金持ちの娘であることを知らしめる程のふくよか具合ではあったが、性格は至ってそこらの一般人と変わらなかった。
流されやすくて、お人好しで、どこまでも純粋──それはまるで世間を知らない子どものようで。
汚れなき眼に何度自分の異常さを思い知らされただろう。
恵まれた環境を当たり前のように甘受する彼女を何度妬んだだろう。
街でトゥニーチェ親子を見かけた時、自分の境遇の違いを痛感し、無視をするという子どものような態度を取ったりもした。
それでも共にいる月日が重なるにつれ、フーリンは自分にとって大切で、特別な存在になっていった。
フーリンは、偽ることなくあたしを真っ直ぐに見てくれる。
何の色眼鏡も無しに、ローズマリーとしての一個人として向き合ってくれる。
結局のところ、そんなフーリンの姿勢にあたしは絆されていたのだ。
だからこそ魔獣に襲われそうなフーリンを打算なく助けたし、ティーリヤがフーリンを傷つけたことを聞いた時は女に殺意まで湧いた。
ティーリヤの首を絞めた時は理性が飛んでいたのか、気付いた時にはフーリンがあたしに怯えていて、「大嫌い」と言われた時は多分、本気で絶望した。
そんなあたしに追い討ちをかけるように、一度戻ったテスルミアにてドリファンから衝撃な事実を落とされた。
「ヘルヅェか。お前のお陰で彼処も儲かっているのだから感謝こそするべきだよな」
「……は?」
「ああ、気付いていなかったのか?ヘルヅェの領地が栽培している薬草は元はお前の村にあったものだ。良い商売だったよ」
はらわたが煮えくり返るとはこのことを言うのか。
ティーリヤの比ではない殺意をドリファンに向けて放つと、ドリファンは初めて会ったときのような鳥肌の立つ笑みを浮かべただけだった。
「ところでトゥニーチェの娘とはどうなっている」
「……問題ない。あたしに懐いてさえいるよ」
「そうか、ならそろそろ次に動くべきか」
嫌だった。
トゥニーチェはともかく、こんな男にフーリンを利用されたくなかった。
嫌われてもフーリンを守りたいと思った。
そしてフーリンたちがテスルミアに来て嫌われてないことが分かって、かつあたしを助けようとする姿勢を見て、さらにその想いは強くなった。
守りたいものが沢山できたあたしは、気付いた時にはすっかり身動きが出来なくなっていて、魔物のことなんてすっかり頭の中から消えていた。
学園生活も終わりを迎えようとした頃、ドリファンから速達の手紙が届いた。
どうやら以前ウルリヒがテスルミアに訪問して来た時、新規事業の話を持ちかけられたらしく、その代表としての地位を約束されたドリファンは簡単に話を信じ、是と返事をしたらしい。恐らくフーリンを利用すると言う話も、この事業にかまけていた為忘れていたのだろう。
しかしその事業が失敗したらしく、莫大な借金がドリファンに残された。
皇帝暗殺の計画も上手くいっていなかったようで、ドリファンの機嫌が最悪なことは文章から察せられた。
借金を返済する当てがないドリファンからテスルミアに戻ってこいとの指示があった。
しかしどうせならフーリンと一緒に卒業したかったあたしは、こちらでどうにか金を工面するから戻らないとだけ記した。それはあたしを通した被害者を出さないための策でもあった。
しかしドリファンは本気で焦っているようで、三日後に金を集めて来なければ村人全員殺す、と返信が来たときは血の気が引いた。
そんな短期間で大金を集められるわけがなかったからだ。
しかし出来ないと言える状況では無かった為、あたしは死に物狂いで考え、調べあげた。
そして掴んだアンゼニック・ヘルヅェの情報。
アンゼニックはフーリンを奴隷商人に売り渡したいと考えているようで、これを利用してヘルヅェから金を巻き上げることを思いついた。
結果的にフーリンを利用してしまうことになってしまうが、この作戦がうまくいけばフーリンをドリファンから守ることが出来ると考えたため、あたしは実行に移すことにした。
最重要課題であるフーリンの安全についてはある意味信頼できる人物に頼むことにした。
「んー、ノアがフーリンをそこからにがせばいいのー?」
「そうだ」
「おっけー!じゃあほうしゅうとしてきみのじんせいをもらおうかな」
「──問題ない」
フーリンの安全と自分の命、どちらを取るかなど比べる余地もなかった。
「じゃーあ、そのおしごとがおわったらだいいちにいってまっててね」
「分かった」
むしろ漸く終われるのかと喜びさえあった。
ノアの言葉を深く考える余裕もなくただ頷けば、ノアは少しあたしを見て、それから消えた。
そこからはフーリンの予定について行き、頃合いを見計らって自分が悪役になるだけ。
フーリンの縋り付く声が耳にこびりつき心が悲鳴を上げるが、それを無視して足早にその場を去った。
第一に向かう途中にお金をドリファンに送り、二度とお前の目の前に現れないことを宣言した手紙を送った後、あたしは妙に晴れた心で第一へと向かった。
どこで待つのかは指定されなかったので屋上にて柵に身を預け空を見上げる。
視界は見たこともないほど酷く淀んでいて、自嘲するしかなかった。
「……あたしが普通だったら」
たらればの話なんて今更しても仕方ない。
それでも間も無く消えるのだから少しくらい幸せな想像をしたって良いだろう。
フーリンが屋上にやって来ても不思議と驚かなかった。
ノアの差金だろうか、最期を看取ってくれる者がいてくれるだけであたしはもう満足で、思い残すことはなかった。
正しくあれなかったあたしはもういらないから。
「あたしはどこから間違えたんだろうな」
きっと、それは最初から。
短剣を落とした以降のことは、正直記憶が曖昧だ。
魔物に取り込まれた人たちの叫びがあたしの口から汚く飛び、あたしの心の奥に潜んでいた普通を望む心が暴走して、フーリンの命に手をかけようとしたことは漠然とおぼえている。
それなのに、何度も傷つけたのに、フーリンはやっぱりどこまでも真っ直ぐで、こんなあたしを必死に救おうとする。
あたしは、本当はずっと誰かに頼りたかったのかもしれない。
でも人に頼るなんて方法、知らなかったから。
「だから、一つだけお願い。私を頼って欲しい。絶対に、絶対に絶対にローズを助けるから」
縋って良いと言うならば。
この暗闇から抜け出せるのならば。
「──助けて欲しい!あたしは、もう独りは嫌なんだ……ッ!!」
あたしは浅ましくも手を伸ばす。
*
霞む視界の中、誰かがあたしを覗き込んでくるのが分かった。
柔らかそうな輪郭で誰なのかを理解した。
「……ふー、りん」
フーリンはあたしの手を握って声を上げずに泣いていた。
「な、くな」
ふるふると首を横に振られればそれ以上何も言うことは出来やしない。
どうやら魔物に体を乗っ取られたあたしの体は限界寸前だったようで、治癒魔法をかけようにもその魔力が逆に毒となる可能性があり、ある程度回復するまでは自身の治癒能力に頼らざるを得ない状況らしい。
むしろあそこまで魔物に支配されておきながら無事だったことは何かの力が働いたとしか思えなかった。
フーリンがいつも身につけている金の腕輪がキラリと光り、思わずそこに視線を向けるとフーリンはボソボソと話し出す。
曰く、フーリン、フーリンの父、ラドニークの三人でテスルミアに赴いた時からあたしを救うための作戦を企てていたという。
「ごめんね、何もするなって言われてたのに自己満足で勝手に動いて。私がローズから嫌われるのは仕方のない話だと思う」
それはフーリンがあたしを好いてくれているからこその行動だと理解できるので特段怒りも湧いてこなかった。
「で、でも!言質は取ったからね!今更何を言っても私は絶対ローズを助けるからね!」
あたしが黙っていたことで不安になったのか明後日な方向に焦り始めたフーリンを見て肩の力が抜ける。
「怒って、ない」
「え?」
「……嫌い、じゃない。憎いとも、思ってない。金蔓、なんて思ったこと、ない。友達じゃ、ない、なんて、嘘」
全部嘘。
あたしが弱かったから出た嘘。
「ほんとに……?じゃあこれからも友達って思って良いの?」
震える手を伸ばし、フーリンの濡れた頰に添える。
「今まで、ごめん、な、フーリン」
「……っ」
「フーリンが、居てくれたから、あたしは、こうして助かった。ありがと、う」
「っっ、ローズッ、これからも大好きだよ……っ!」
フーリンの柔らかくて温かな体を抱きしめて漸く落ち着いた心は既にフーリンを信じ切っていた。
それからあたしたちは時間の許す限り話して、怒って、笑った。
また来るねと言って帰っていくフーリンの後ろ姿にどれだけあたしは安心しただろう。
彼女が無事であること。
今はそれだけで十分だった。
医師の診察を受けた後部屋で一人本を読んでいたあたしに来客の訪れがあった。
「初めまして、ローズマリー殿」
人畜無害な顔をして部屋に入ってきた男は直接会うのは初対面の相手だった。
「ウルリヒ・トゥニーチェ、か」
「ああ、無理に起き上がらなくて結構です」
そんなわけにもいかまいと体を起こすと、突然ウルリヒの横から飛び出してきた人物にあたしは言葉を失った。
白いローブが窓から吹き込む風で靡く。
「どーも!おひさしぶりだね〜!このまえはどうも!」
「何だ、知り合いだったのか」
「うむ」
「そういう事は早く言えと言っているだろ」
「えー、なんでもかんでもほうこくするひつようないっていつもいってるじゃん!」
目を見開くあたしの前で交わされるやりとりから二人はとても気安い間柄にあることが分かる。
ノアと話すウルリヒの口調は崩れていて、一瞬誰が話しているのかわからなかった。
二人の関係性が気になって口を開こうとすると、先手をノアに打たれる。
「ノアはねえ、やくそくどおりローズマリーのじんせいもらいにきたんだよ」
すっかり忘れていたことをノアは怒ったのだろうか。
「約束は守る。では早速だが、どんな死に方をお前は望む」
「待った。おい、勘違いしてるぞ」
「えー、きみのじんせいをもらうってちゃんといったよ?」
「それは勘違いするのも無理はないな」
何の話だと問えば、ウルリヒが代わって信じられない言葉を羅列する。
「まず貴女に知っておいていただきたいのが、この者こそ貴女の国のトップだということです」
「あたしの国のトップ……ノアが、テスルミアの皇帝?」
「そうだよー!ノアがテスルミアこうてーです!どもどもっ!」
「本人はこんな感じで信じられないかと思いますが、これは真実です」
衝撃の事実に頭が混乱するも、ウルリヒの冷静な声になんとか平静を保つことができた。
「し、かし、一度見た皇帝はもっと背丈があり男性の体格をしていたが」
「んっふっふ。あれはまほうでみせてるだけー!ノアはまほうがつかえるからね〜ないしょだよー?」
得意げに鼻を鳴らす様子にノアが嘘を付いているとは思えなかった。
色々と聞きたいことはあるが、取り敢えずドリファンについて問う。
するとどうやらノアは皇帝になりたかったわけではなく、あらゆる事を面倒くさがった結果、ドリファンによって仕込まれた毒薬入りの料理を食べるフリをして徐々に弱っていくように見せかけていたそうだ。
「ドリファンりようしてこうてーやめよっかなっておもってたんだけど、フーリンがたすけてほしいっていうからノアもうちょっとがんばっちゃうことにした!」
「……」
「だから、ひのくにをたてなおすためにローズマリー、きみのじんせいもらうね」
成程、そういう意味か。
つまりノアは皇帝としてのノアの手足となれと言っているのだ。
「分かった、よろしく頼む」
「ふふ、いいへんじ!いいこいいこ」
「や、止めてくれ」
「なんでー?ノアからすればみーんなノアのこどもだよ〜」
フードのせいで顔は見えないのに、ノアが満面の笑みを浮かべているのが伝わってくる。
頭を往復する手が恥ずかしく、身を捩りながらあたしは息を整え、二人を見据えた。
「ノアは、……いや、アンタらはフーリンと一体どういう関係なんだ」
すると二人は顔を見合わせ、楽しそうに口を合わせてこう言った。
──私たちはフーリンの味方である、と。
*
一週間後、ドリファン・フエゴ死亡の知らせが世界中に拡散され、新聞でそれを知ったあたしは何とも言えない気持ちで文字を睨んでいた。
はあ、と溜息を吐き、新聞を開いたところで控えめなノック音が聞こえた。
「……シガメ」
「久しぶり、マリー」
数年ぶりに会うシガメは随分と酷いナリをしていて、この男がどれだけ苦労してきたのかが見て取れる。
「今村は、いや、火の部族内はお祭り騒ぎだ」
「そう、か」
「お前は元気、ってわけでも無かったよな」
スッと目線を逸らすとシガメは悲しそうに笑う。
「ありがとう、マリー。お前が頑張ってくれたおかげでこうしてアレから解放された」
「……あたしは何もしていない。何もできなかったんだ。全部、他の人のおかげだ」
「お前がここまで頑張ってくれたからこそだろ。まあでも嬢ちゃんと坊ちゃんか。アイツらなら何かやってくれるんじゃないかと思ったが、本当にやってくれるなんてな」
「何かあったのか?」
シガメは穏やかな顔で二人の功績を語って見せた。
フーリンは得意の裁縫で作り上げた数々の衣服を村人に配り、炊き出しを頻繁に行ったことで人々の衣食を満たして回った。
ラドニークは元ヘルヅェ領と交渉し、見事薬草の生産の権利を村に戻してみせたのだと言う。勿論元ヘルヅェ領の今後について対処することも忘れずに。
自分が知らないうちに二人がそこまで動いてくれていたことにただただ驚くばかりで、だからこそあたしは思う。
「シガメ」
「ん?」
「……あたしは、これで正しかったんだろうか」
正しくあらねばと思っていた。
しかし自分の取る行動と言えば『正しさ』に反することばかり。
一人でのたうちまわって、何も成し得ず、結局心優しき友に頼る結末となった。
フーリンだけじゃない。ラドニークも、ウルリヒも、ノアまでもを巻き込んで。
今となっては何が正解だったのかも分からなくて俯いていると、シガメはあたしの手を強く握ってきた。
「何が正しいのかなんて分かれば誰も苦労はしないよ」
「……だよな」
「でもな、オレでも分かることが一つだけあるんだぜ」
「何だ……?」
続きを促したくなるほどの清々しい笑顔を浮かべたシガメは明るい声を張り上げてこう言った。
「マリーがこの世に生まれてきたことは正しいってことだ。マリーが赤持ちでも、そうじゃなかったとしてもな!」
「……ばーか」
なんとか捻り出した声は、多分みっともなく震えていた。
次話、ギルフォード視点