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【連載版】まだ早い!!  作者: 平野あお
第一章 第一の魔物編
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二十九話 ついに

 

 魔法を使って辿り着いた先はいつもと様子が違う第一で、空は薄暗く、校舎は霧がかって霞んで見えた。

 状況が全く把握できず不安になった私は、連れて来た張本人に縋ろうと手を伸ばした。


「ねえ、ノア。どうして私を第一にって、あ、あれ?ノア?どこに行ったの!?」


 手は空を切り、不思議に思って横を振り向くと何故かノアがいない。

 忽然と姿を消してしまったので、私は困惑して視線を彷徨わせる。


 すると校舎の中から青い表情をした幼馴染がこちらに向かって来るのが分かった。


「お前っ、何でこんなところに!」

「何だかよく分からないけど連れて来られちゃって」

「連れて来られたって誰にっ、チッ、クソ!」


 レオに突如腕を引かれバランスを崩したかと思うと、私の耳に何かとても大きな物が倒れる音が聞こえた。


 レオが倒したそれは、体長が人間の何倍もある動物らしきもので、黒い霧が体から吹き出していた。


「魔獣!?」


 目に映る物が信じられない強張った私に、レオが焦った声で叫ぶ。


「聞いてねえのかよ!?第一はもう直ぐ魔物が現れるからって封鎖中だぞ!魔獣が集まって来てるのもそのせいだ!!」

「嘘」


 私が家を出た時に連絡が回って来てしまったのだろうか。

 いや、そうでなくても連絡は来るはずだし、何かトラブルがあったのかもしれない。


「じゃあレオはどうしてここに?」

「見ての通り魔獣を討伐してんだよ。歴とした依頼でなッ」


 そう言って手の平から赤い玉を出し、その先にいた魔獣に向けて放つと魔獣が燃え上がった。

 とても聞いていられない声が耳につく。


 なんにせよ、私がここにいることはレオの邪魔をするだけなことは分かった。

 私は第一から離れないといけないけれど、校門は既に魔獣用の入り口と化していて、私が一人で切り抜けることはできない。


「言っておくが校舎の中ももう手遅れだからな」

「……私どうすればいいかな」

「しょうがねえ、俺のそばにいろ。流石に魔力を消費しすぎてお前を転移させてやる余裕がねえんだ」


 確かに少し顔が青白い。

 討伐の為に魔法を連発していれば当然なのかもしれない。


 私が一人で納得していると、レオは何かに気付いたのか急に顔を真っ赤にした。


「どうしたの?」

「おま、何で服が濡れて、」

「あー、ちょっと事情があって……あ」

「事情って何だよ、っておい!!」


 視界に赤い色を捉えた瞬間、私の体は走り出していた。


「どこに行くんだ!」

「屋上!ローズがいた気がしたの!」

「だからって勝手に動くな!そこら中に魔獣がいるんだぞ!!」


 怒りながら一緒について来てくれるレオに感謝して、私は必死に足を動かす。

 校舎の中にうろつく魔獣と遭遇する度にレオが倒してくれたおかげで、私は無事に最上階へ辿り着いた。


「ローズ!!」


 転げそうになりながら屋上に入ると、柵に身を預け空を見上げるローズがいた。

 私が来たことに驚かないローズは、静かに私に顔を向ける。


「フーリン」


 柔らかくて、慈しむような声音だった。

 私はホッとして、ローズに一歩近づくが、それを静止するようにローズはもう一度私の名前を呼んだ。


「──あ」


 私は気付いてしまった。


「あたしはどこから間違えたんだろうな」


 ローズは微笑んでいた。

 全てを諦めた顔をして。


 その笑みがあまりにも綺麗で、私はローズが短剣を取り出したことに直ぐに反応することができなかった。


「おい、何やってんだ!」


 レオの声に意識を取り戻し、ローズが短剣を首に当てていることに気付いた私は目を見開く。


「ローズ!?やめて!!そんなことしないで!!」


 私が焦っている様子を見てローズは小さく笑った。


「……真っ直ぐだな」

「え?」

「フーリンのそんな純粋で真っ直ぐなところが、愛しくて、……その何倍も憎かったよ」


 言葉を紡ぐローズの手から、短剣が消える。

 レオが手の平をこちらに向けて広げていたことで、魔法で短剣を消したことが分かった。


 短剣が消えたことでローズは空笑いをして、支えを失ったかのように膝から崩れ落ちる。

 半分パニックになってローズに近寄ろうとすると、バチっと何かに弾かれてしまった。


 そうこうしているうちにローズは頭を抱えて呻き出した。


「ダメ、だ、あたし、ニ、ちか、よるナ」

「ローズ?」

「とオく、にイケ、はや、ク……グゥッ」


 尋常ではないローズの様子を見ているだけなどできるはずもなく、必死に近寄ろうとしたその時。


「あ、あ、あ、ああああアアア!!!!」


 ローズが天に向かって吠えた。

 そして次の瞬間、ローズの体がバキバキバキッと音を立てて巨大化したかと思うと、その皮膚は瞬く間に鱗に覆われ出した。

 鱗はローズの頰あたりで止まったものの、それだけで終わらないとでも言うように、頭頂部に、腕に、背中に、鋭く尖った牙が現れる。

 そして極め付けに全身から黒い霧が吹き出され、私は目を見開いて後ずさった。


「ハッ、ハアッ、ハアッ」


 肩で息をするローズ、の体を借りた化け物に私は言葉を失った。


 ──魔物だ。


 まるで伝説上のドラゴンのような外見へと変貌したローズの瞳は既に色を映しておらず、禍々しい空気を携えてこちらに視線を定める。


 そこで私はお婆さんとの会話を思い出した。


『夢も希望もない、空っぽの入れ物を魔物は好むからな』


 グッと拳を握り締め、私は魔物を見つめ返す。


「ローズ、私のこと分かる?フーリン、だよ」

「おい!やめろ!ソイツはもうお前の友達じゃねえんだぞ!!」


 恐る恐る話しかけた私を遮るように、レオは私の目の前に立つ。

 そのこめかみに一筋の汗が伝っているのが見え、レオの緊張具合が伺えた。


「お前は離れてろ。俺はアレを処分する」

「!?やめて、相手はローズだよ……!」

「んなこと言ってもアイツを倒さない限りレストアは終わ──ッ!」


 レオが言葉を言い切る前に横から黒いヘドロのような物が飛んできて、間一髪でレオは私と共に避けたが、ヘドロの付いた壁が溶けていく様子を一瞥し、盛大な舌打ちをした。


「ソの、むすメを、よこ、セ」


 お腹の底に響く、恨みのこもった声に血の気が引く。

 ローズが、魔物が、私の命を狙っていることに気付いたからだ。


 額に青筋を立てたレオは、私を屋上の端へ寄せると攻撃魔法を詠唱なく魔物に向けて放つ。

 背筋が凍る私のことなどお構いなしに、レオと魔物の交戦が始まってしまった。


 瞬きをしている間に次々に攻撃が繰り出されるため、私は攻撃が当たらないように黙って見守ることしかできない。

 屋上という狭い場所でいつ柵を乗り越えて落ちてしまうかも分からなくて、冷や汗が背を伝う。


 そうしてしばらく続いた攻防によってレオは全身から血を流し始め、息も絶え絶えになってきた。


 魔物は強かった。

 あの大魔導師であるレオに何度も膝をつかせてしまうぐらいには。


 どうしよう。どうしよう。

 私はどうすれば良い?

 魔物と化してしまったローズを救う方法なんてあるのだろうか。


 焦りだけが空回りして、良い案なんて全く思い浮かばない。


「この……ッ!」

「ジャマをするナッ!!」

「なっ、ぐっ、あッッ!!」

「──レオ!」


 魔物の攻撃を脇腹にモロに受けたレオは物凄い速さで屋上の扉近くに叩きつけられ、その衝撃で座り込んでしまった。

 遂には口から血を流し、意識を失ってしまったレオに駆け寄りたいのに、私にそんな暇はもう無かった。

 私は息を呑む。


 魔物が私を見ていた。


「あ、ローズ……」


 彼女の名前を無意識に口にすると、ピクリと反応した魔物が呻き出す。

 まだローズに声が届くかもしれないと考えた私は勇気を振り絞って声を出す。


「ローズ、お願い、元に戻って。魔物なんかに心を囚われないで……!!」


 しかし私の言葉を聞いた魔物は、纏う魔素を揺らめかせ、怒りを露わにした。


「ウルサイウルサイウルサイ!!ダマレダマレダマレ!!」


 魔素が私の首に纏わり付いたかと思うと、私の喉を徐々に締め付け始める。


「かは……っ、や、め、っ」


 魔物の目がギョロリと剥き、脂汗をかく私を妬ましそうに見る。


「ナゼ、リカイシテクレナイ」


「ナゼ、ヤラナケレバナラナイ」


「ナゼ、ワラワナケレバダメナノダ」


「ナゼ、オレハウマレテキタ」


 苦しい、苦しい、苦しいと数多の声が地の底から響く。

 苦しみに満ちた声に私は耳を塞ぎたくなった。


 魔物から吐き出される魔素が濃くなったと同時に、カッと魔物の目が見開いた。


「ヴ、ぁ、あア、シネ、シネ、シンデしまエ……ッ!キサマなど、ワレラのくるしミをわかラナいモノなドッ、シンデシマエエエエエ!!!!」


 尖った爪がギラリと光り、振りかぶられた腕が真っ直ぐに私に向かってくる。


 ああ、ダメだ、体が動かない。声も出ない。

 今度こそ私は死ぬ。


 恐怖を覚える間も無く、衝撃を堪えようと私は反射的に目を瞑った。


「──?」


 しかし痛みは一向にやってくる気配はなく、それどころか首を解放されどさりと床に落ちる。

 咳き込みながら恐る恐る目を開けると、そこには魔物の体を剣で貫く、レオのものより少し大きな男性の背中があって。


 美しい黒髪が揺れる。


 甘い匂いが香る。


 私の口が間抜けに開く。


 唖然とするしかなかった。

 だって私を守るように立っているのは、間違いようもなく、疑いようもない、


 ──ギルフォード様、その人だったから。


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