二十四話 それは目まぐるしく
テスルミアを訪問してから半年が経った。
卒業まで一ヶ月をきった今、思い返してみれば本当にあっという間の半年だったと思う。
難しい授業や試験に頭を悩ませ、
休みの日には街や少し遠い観光地に赴き、
珍しいものを見つけては見せ合って、
昔の遊びを思い出してはプライドもなく勝負して、
考えを語り合っては自分の視野を広げていった。
約束通り戻って来てくれたローズと、常に好奇心を忘れないラディと、相変わらずクールなレオと、そして交流会や様々な経験を通して仲良くなった人たちと。
私は最後の学校生活を文字通り、思い切り楽しんだ。
その裏でローズに気付かれないように、私とラディはお父様の考えた作戦を遂行する為に慎重に走り回っていた。
この作戦は一国を相手にするというものなので、正直に言えば今でもビビっていたりする。
そんな臆す気持ちを抑えながら、その作戦とは別に私は私で出来ることを見つけ、協力すると言ってくれたラディと共に取り組んでいる。
覚悟を決めた私はやる気に満ち溢れていて、それはダイエットにも良い影響を及ぼした。
ギルフォード様の心配も無くなり、積極的にサポートしてくれる友達がいて、……外には食べ物が無くて苦しんでいる人が沢山いることを知って。
必死に努力を重ねた結果──入学当初とは比べ物にならないくらいに痩せることができたのだ。
全身鏡に自分を映して見ると、無意識に顔が緩んでしまう。
頰の肉が取れ、シャープな顎ができて、目もパッチリと開く。
贅肉だらけだった身体は程良く引き締まり、お腹も引っ込んだことによって、花紋の美しさを殊更感じるようになった。
何より体が軽い。凄い。
貴族の女性に言わせてみればまだまだ太い領域かもしれないけれど、平民の目線で言えば健康的な肉体だと褒められる身体だ。
また、痩せていくうちに私はオシャレに興味を持つようになって、自分に似合う服やお化粧を研究するようにもなった。
自信がつくと背筋も伸びるようになって、情緒も根が張ったかのように安定するようになった。
痩せたことで自分の人生が変わったと、胸を張って言える。
良い方向にみるみる変化していく私を、ラディとローズは勿論喜んでくれたけれど、一方のレオは何故か顔を合わせるたびに挙動不審な態度が目立つようになり、他の第一の生徒に至っては──。
「最近すごく可愛いなって思うようになって、君を目で追うことが多くなりました。好きです!僕の恋人になってください!」
これである。
「ご、ごめんなさい」
「どうして?決まった相手でもいるの?」
「……はい」
「家が家だもんね。そっか、本当にラドニーク様が婚約者だったんだ」
「!?ち、ちがいま、」
「いいんだ、誤魔化さなくても。皆知ってるから。時間を取ってしまってごめんね、ありがとう」
何故か満足気な顔して男の人はその場を去っていってしまった。
こうした人気のないところに呼び出されるようになった当初はこんなことが起こるなんて一つも想定しておらず、むしろまた恐喝でもされるのかとヒヤヒヤしていた。
だからこそ、正直今でも何が起こっているのか分かっていない。
理解したのは痩せただけで手のひら返しをする人が沢山いるということと、相手がいると言えばすぐに引き下がってくれるということくらいだ。
何故その相手がラディになっているのかは不思議な点だけれども。
「お~!すごいねー。いまのでこんげつにはいってごにんめだっけ?」
「……危ないよ、そんなところにいたら」
「フーリンやせてかわいくなったもんねー」
「そうかな……、周りに可愛い子は沢山いるのになんで私?って思う」
いつものように唐突に現れたノアは木の上から私のすぐ近くに飛び降りてきた。
「だってフーリンはえがおがかわいいからさーみんなすきになっちゃうよ〜」
「笑顔?」
「えがおのこうかはばつぐんだからねー!あとおっぱいがおっきいから!」
反射的に自分の胸を押さえ、複雑な気分になった私を他所に、ノアは機嫌の良さそうな声で私のダイエットの日々を振り返り始めた。
「んふふ、がんばったんだねー、フーリンは。どう?クラスメイトをみかえせた?」
「どうだろう、……多分?何だかよく分からないんだけど、私に風当たりの強かったクラスメイトが軒並み退学してたりするから目標が達成できたか、っていうと微妙かも」
生徒の退学はローズの仕業などでは決して無く、歴とした理由があったようだ。
半年前、テスルミアに行ったあたりからレストアの経済界は大きな転換期にあったそうで、その際に悪事を行なっていた貴族の家を含む多くの組織や団体が社会から姿を消した。
つまり退学した生徒たちはそう言った家の者たちであった。
「うんうん、すっきりしてよかったよねー!」
楽しそうに頷くノアを見て私ははたと気付く。
「もしかしてノアが……?」
「そうだよーん。イルジュアとかレストアとかにじょうほうあげたのー。そしたらおもしろいぐらいにきれいになったんだ〜」
あっけらかんとするノアに喉が引き攣る。
「でもでもーせっかくそとはきれいになったのに、なかはどんどんひどくなるねー」
「中って、第一のこと?」
「そー!」
第一が酷くなっていく。
ノアの言葉に私は苦虫を噛み潰したような顔になった。
この半年で痩せて告白されることが多くなったこととは別に、学校内の環境は目を見張るほど変わっていた。
──魔物の呪いを受けた生徒が増えたのだ。
生徒が突然豹変したかと思えば暴れたり、奇行に走ったりする。
それはラディのようにきちんと意思があるのではなく、何かに操られたように見えるのだ。
生徒の間でも流石にこれはおかしいと不安の声が上がっている。
そして不穏な空気が漂う現状に、学園側も何かしらの対策を練っているらしく、近いうちに発表するとの噂が流れていた。
事情を知っているだけに、私は一人でドキドキしながら学園が変わって行く様子を見ていることしかできなかった。
大丈夫、ギルフォード様がなんとかしてくれる。今だけの辛抱だからと。
「魔物の呪いのこと……今までそのことはギルフォード様に任せておけば良いかなって思ってた。私が手を出しても邪魔するだけだからって」
「うん」
「でも、このままじゃだめなのかなって最近思うようになってきたんだよね。ラディやローズは落ち着いてるから普段は呪いについて意識しないんだけど、やっぱり苦しんでる人もいるってなると、思うところもあって」
それと魔物に関する自分の考えが当たっているかどうかも気になっている。
呪いの影響を持続的に受けているラディがいる一方で、一瞬しか影響を受けなかったけれど呪いについて話したことをすっかり忘れているローズ。
そして何かを知っていそうなのに全てをはぐらかしてくるレオ。
不可解なことが多すぎてそろそろ頭がパンクしそうだった。
魔物のことを知っているというノア自身が対処しようとする気持ちはないのかと、少し前にノアに問いかけたことがあるけれど、ノアは自分は興味がないことには動かない主義だと言っていた。
魔物に関する情報を提供する意思がないということも。
だから私が自分で動かなければ情報は何も入ってこない。
「ん~~、ならうごいてみればいいんじゃなーい?」
「でも、どうしたらいいのか分からないの……」
「いるじゃん!そういうことにくわしそーなフーリンのしりあいが!」
「知り合い?だれ、……あ!双子!」
交流会以降、何度か遊んだことがある二つの顔が脳裏に浮かぶ。
そうか、そうだ。
二人は昔魔物の被害にあったイナス村の隣の村出身だった。
しかもそもそも呪いのことを教えてくれたのはあの二人だったのだ。
彼らの村に行くことで何かつかめることがあるかもしれない……!
「ありがとう、ノア!私二人にお願いしてみる!」
「うんうん、がんばれ~」
何故ノアが双子を知っているのかは野暮だから聞かない。
ひらひらと手を振るノアと別れた後、『魔物のことについてさらに知りたくなったから二人の村に行きたい』という手紙を作成し、郵便用の魔道具を使って彼らに送った。
速達として出したので、幾分もしないうちに返事が返って来る。
「え!」
二人は旅行に出かけてあと二週間はレストアに戻らない……!?
なるべく早く行きたい旨を記して手紙を送ると、『僕らがいなくて大丈夫なら祖母には連絡しておくから行ってみて』という内容が返ってきた。
初めての村訪問で一人というのは些かハードルが高いような気もするけれど、双子の気遣いに感謝して、私は学校が休みの今週末、つまり明後日、その村を訪れることにした。
「よし、頑張ろうっ」
気合を入れて教室に帰ろうとした道すがら、建物の陰から見覚えのある赤い髪がのぞいた。
ローズだ!と近寄ろうとした私はピタリと足が止まる。
なぜならローズの顔が驚くほど真っ白になっていたからだ。
気分でも悪いのかと再度近寄ろうとしたけれど、あることに気づいてまた歩みを止める。
ローズの手には白い何かが握られていて。
──手紙だ。
あの手紙に何かローズにショックを与える内容が書かれていたに違いなかった。
私はローズに背を向けて教室に向けて駆けた。
そして教室に一人残って何かを作業している金髪王子を見つける。
「ラディ!!」
「うわっ、何なんだ。せっかくお前に教えてもらった紙細工のドラゴンが完成しそうだと言うのに」
「わあ、すごく上手にできてますよ、じゃなくて!テスルミアに何かあったんですか!?」
私の剣幕にラディはきょとんとして首を傾げる。
「いや?特にお父様からは何も聞いてないが。むしろ作戦は順調に進んでいるだろう。……何かあったのか?」
先ほどのローズの様子を話すとラディは考え込むような仕草をとる。
「アイツが蒼白になるほどの内容……、十中八九民を人質に脅されたんだろう」
「何を脅されたんでしょう……。ローズに聞いたほうがいいですか?」
「やめておけ、嫌な予感がする。これはお父様に相談したほうが良さそうだ」
ラディの言葉に頷いた私は、ドラゴンの完成を見守りながらお父様宛の手紙を書いて送った。
その日、手紙の返信は無かった。
その後ラディと別れ帰路につこうとした私に、ローズが声をかけてきた。
顔色が戻っていたので内心で安堵の息を吐いた。
「今帰りか?」
「うん、ローズは?」
「……フーリンとどこか少し遠くに遊びに行きたいと思ってな。誘いに来たんだ」
「いいよ!いつ行く?」
「今週末はどうだ?」
あー、とそこで私は言葉に詰まる。
「ごめんね、今週末は出かける予定があって。ほら、あの双子の村に遊びに行くの」
「……そうか、ならあたしもそれに同行してもいいか?フーリンが嫌でなければ、だが」
少し暗い顔をし始めたローズに、私の心臓が密かに跳ねる。
そんな言い方をされて断われる勇気が私にあるはずがなかった。
「もちろんだよー!一人で行く予定だったから、ローズと一緒に行けるなんて嬉しい」
イナス村の事件について詳しいという双子の祖母と話をする時は何か理由をつけて離れていて貰えばいいか、と楽観的に考えてローズの申し出に了承した。
ローズと出かけられることが嬉しいことに嘘はないので、私は旅行気分で週末を迎えたのであった。
次話、ギルフォード視点。




