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【連載版】まだ早い!!  作者: 平野あお
第一章 第一の魔物編
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十五話 混沌とした

 

「ローズ!!」


 周囲に出来ている野次馬を押し退けて、走って彼女の元へ行く。


「ローズ!離して!死んじゃうよ!!」


 私の声が聞こえていないのか、瞳孔が完全に開いたローズは首を締める力をさらに強めていく。


「カハッ……ッヒ、あ、ァ」


 ティーリヤ様の顔を間近で見るのがまさかこんなタイミングとは誰だって夢にも思わないだろう。

 真っ赤に染まったティーリヤ様の顔に、見たことのない感情の抜け落ちたローズの顔を目にした私はとてつもない恐怖が沸き起こって、さらに声を張り上げた。


 お願いだから!!と喉の奥が切れそうになるほど叫んだ時、漸くローズが手を離した。

 というより離さざるを得ないよう、レオがローズを拘束したのだ。


「テメエ、何やってん……ッ!?」


 憤るレオを突き飛ばしたローズは虚ろな目でティーリヤ様を見た。

 首から手を離されたティーリヤ様は急に空気が流れてきたためか、膝をついて必死に咳き込んでいる。


 先ほどの状況に戻ってしまうと思った私は急いでティーリヤ様の前に立ち、ローズの殺意を妨げた。


「何故、庇う?」


 ローズと目が合っているようで合っていない。

 ドクドクと脈打つ心臓がここで間違えてはいけないと忠告してくる。

 しかし何が正解で、何が間違いかなど私に分かる筈もなかった。


「ティーリヤ様が死ぬから」


 事実私を階段から落とした犯人であっても、今目の前で行われていた命を奪うという行為を止めないわけにはいかなかった。


「ではいいではないか」


 温度の無い、容赦ない声が私の背筋を凍らせる。

 ローズがこんなことを言うなんて信じられなくて、はくはくと空気を噛むことしかできない。


「なん、なんなのよっ、この女!」


 ドンッと背中を押されたかと思うと私はよろけて数歩横にいく。

 正常な呼吸を取り戻したティーリヤ様が目に涙をためてローズを睨みあげていた。


「いきなり人を呼び出したと思ったら首を絞めるなんて、流石はこの女の知り合いね!」


 この女、と言いながら指差した先にいたのは私だった。


「人の婚約者に手を出す女狐と人殺し女、とってもお似合いだわっ」


 ハッと涙目ながらも鼻で笑うティーリヤ様はローズの纏う空気が更に悪化したのが分からなかったのだろうか。心臓に毛が生えているのかもしれない。


 ローズが不穏にも足を一歩出そうとしたその時。


「──おい!ティーリヤ!!」

「……ラドニーク様?」


 私と同じように野次馬を押し退けて円の中心に入ってきたのは可哀想なぐらいに顔を青ざめさせたラディだった。


「まあ!もしかしてもう一度あたくしと婚約してくださる気になったのですか?やはりこのデブ女を痛めつけた甲斐がありましたわ!」


 ラディとは対照的に恋する乙女のように顔を華やいだティーリヤ様は、ふらふらしながらもラディの元へ駆け寄っていく。

 そしてそのまま腕に触れようと手を伸ばすも、ラディに腕を振り払われてしまい、ティーリヤ様は目を瞬かせた。


「ボクはお前が何と言おうと二度と婚約しない!」

「何故、ですの……?あたくし、こんなにもラドニーク様のことをお慕いしておりますのに。貴方様は突然変わってしまわれたわっ」


 ポロポロと涙を流し始めたティーリヤ様は、本当に美しくて息を呑んでしまう。

 私がたとえここで泣いたとしても周囲の同情を誘えることは決してないだろう、と図らずも美形との格を思い知らされてしまった。


「フーリンを階段から突き落としておいてよくそんな事が言えるな……!」

「あら、あたくしの婚約者に近づく女を排除することの何が悪いのですか?ま、成功しかねたみたいですけど」

「排除することに関しては、その女に賛同だな」


 二人の会話に口角を上げたローズが入り込む。

 頭が真っ白になった。


「あら、平民風情の人殺しがそんなことを言うなんて……実はこの成金娘はただの金蔓だった、ってことかしら?」


 かつての三人のクラスメイトたちの言葉が思い返される。

 あの時は必死に否定したけれど、本人がいる手前私は否定の言葉を出せない。

 その代わりに早くローズに否定して欲しかった。


 しかしローズは私の願いを叶えてくれることはなく、その代わりにティーリヤ様の胸倉を掴むと床へ押し倒した。


「なに、す」


 首を絞められた恐怖を思い出したのか、ティーリヤ様の顔が瞬時に青くなる。


「あたしはなあ、正しくあろうとしない奴が大嫌いなんだよ──虫唾が走るほどに」


 その一言はいつもの声音の何倍も低くて、全身に鳥肌が立つほどの恐怖を私に与えた。

 そして絶対に否定したい、嫌な考えが、私の頭の中に唐突に現れる。


「だ、から何っ、早く離しなさい、よ!」

「だから、──そういった奴を粛清するのがあたしの正義だ」


 まさか、まさかまさか、


「まさか、あの三人も……」


 突如として消えた三人のクラスメイトを思い出す。不安から今まで口に出すことはしなかったけれど。


 小さく口から出た私の言葉をローズは聞き取ったのか、彼女はこちらを向いて、笑った。


 私の喉はカラカラに乾いていた。


「……なんで、なんでそんなことしたの!?」

「何故泣くんだ、フーリン。困っていたではないか、辛そうにしていたじゃないか」


 キョトンと、いつものローズに戻ったかのような彼女の表情は私の涙腺を崩壊させるには十分だった。


「全部、私のためだって言うの……?」

「……あたしはあたしの正義の為に実行したに過ぎない」


 涼しい顔でそんなことを言う神経が理解できない。

 自分が情けなくてどうにかなってしまいそうだった。


「嫌い」

「何?」

「そんなことをするローズなんて大っ嫌い!!」

「──」


 私の癇癪にローズは何を言われたか理解できない顔をして、ゆっくりと押し倒しているティーリヤ様を見た。

 そしてもう一度私を数秒見つめたかと思うと、くしゃりと顔を歪めた。


「フーリンは、あたしのことが、嫌い、なのか?」


 やってしまった、と理解した時には遅かった。


「皆さん、今すぐ自分の教室へ帰りなさい!!」


 生徒の誰かが連れてきたのか、教師たちが次々と屋上へと入ってきた。

 そして当然騒動の中心にいる私たちの元へ厳しい顔をしながらやって来て、一人一人を引き剥がすように引き離した。


 そして各自別室で事情を説明することとなり、私は結局嫌がらせを受けていたことから全てを話すこととなった。


 話が終わったのはたっぷり日が暮れた放課後のことで、疲労を隠せないまま鞄を取るために教室へと戻った。


 暗い教室の中、一人の生徒が佇んでいて私は一瞬身構える。

 しかしそれが誰だか分かると、急に全身の力が抜けた。


「レオも終わったの?」

「ああ、俺は割と直ぐに終わった。……家まで送ってやるよ」

「そのために待っててくれたの?」

「悪ぃか」

「うう、ん」


 その不器用な優しさに、止まった筈の涙が再び溢れ出す。

 こんなところで泣いたってレオを困らせるだけなのに、それでも涙は止まりそうになかった。


「レオ、どうしよう……私、ローズに酷いこと言っちゃった……っ」

「……あの状況は仕方ねえだろ」

「でも、ローズ、傷ついた顔してた」


 くしゃりと歪んだ顔の後、教師たちが来なければローズは泣いていたかもしれない。

 そう思わせるほどにはローズの瞳は切なげに揺れていた。


「何で、ローズはあんなことを……」

「……正直、理解できないこともないけど」

「なに?」

「んでもねえ、……アイツは自分の正義があるって、そう言ってただろ」

「正義って何、意味が分からない」

「あの女も、第四王子も、……、身分の高いものにしか分かんねえ何かがあんのかもな」

「偉い人の考えなんて、分かんないよ」

「それについては同感だ」


 大魔導師という立場になってからも、レオはあの頃の思い出を忘れていないようで、私はなんだかそれが無性に嬉しかった。


「これからどうしたらいいんだろ……」

「とりあえず騒動起こしたアイツとヘルヅェの娘はしばらく停学になるみたいだぜ」

「てい、がく」

「あんな騒ぎ起こしておいて退学じゃねえのは凄えけど、そもそもお前と王子にお咎めが無かったのが奇跡だしな」


 とにかく、と言ってレオは私の鞄を持った。


「アイツが戻ってくるまでに頭の整理して、それから話し合って仲直り出来るならすれば良い」

「……うん」

「ほら、涙拭けよ。見るに耐えない顔になってんぞ」

「ゔるざい!」


 ばーかばーか!なんてありきたりな言葉で言い返す。

 喚く私の姿を見て、レオは一瞬目を細めたかと思うとそのまま廊下へと歩いて行ってしまった。


「あ、待って、置いていかないで」


 真っ暗な中一人で帰るのは怖いので、というより今日こんな事件があった後に一人になるのは精神的にも悪いので、置いていかれそうな状況に焦る。


「いいよ、お前は。そのままでいろ」

「?何の話?」

「……ほら、帰んぞ」

「まっ、待ってー!」




 それから数週間後、予想を裏切り、ローズは停学がとけても学校に来ることはなかった。

 それはティーリヤ様も同じだったようで、ラディに聞いても知らないと首を振るばかりだった。


 そのラディはあの事件以来ずっと元気が無くて、それを心配しながら、色々なことを考えて過ごした。

 しかしとうとう状況が改善することもなく、燻る思いを抱いたまま私たち生徒は学園の長期休みに突入してしまったのである。

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