十三話 茶会にて
ダイエットに運動という要素が加わってからもいつもと同じように、料理のために私は城に足を踏み入れていた。門番さんとはすっかり顔馴染みになって、今ではちょっとした会話をする仲だ。
お城にもすっかり慣れ、鼻歌を歌いながら歩き慣れた廊下を進んでいた。
のはいいものの。
「ラディ!待ちなさい!」
「絶対やだね!姉上のバーカ!!」
何?と思った私の横をビュンと風のように通り過ぎていく者が一人。
「ら、ラディ?どこに行くんですかー!?」
「フーリン!今日は無しだ!ボクは逃げる!!」
「ええ!?」
何を言おうにもラディの姿は既になく、ぽかんとしていれば私に近づいてくる人がいた。
ふわりといい匂いがしてそちらに顔を向ければ、嫋やかに微笑んだメロディア様が立っていた。
「お久しぶりですね、フーリン様」
「殿下……!お久しぶりでございます」
「お見苦しいところをお見せしました。あの子には相変わらず困ったものでして」
肯定するわけにもいかず曖昧に笑うとメロディア様は何かを閃いたのか、ポンと手を合わせた。
「今から一緒にお茶をしませんか?ラディはああですし、ご予定も無くなったのでしょう?わたくしも時間があるので良ければぜひ」
この前のお話の続きもしたいですし、と言われて私は素直に誘いに応じた。
城にある中庭にて始まった茶会は勿論私とメロディア様二人の参加者だけ。
最初に会った時とは違い、改めて向き合うと下手をできない緊張から肩凝りになりそうなほど私の肩は強張っていた。
「そう緊張しないでくださいね。気軽にお話ししてくださると嬉しいです」
そう優しく声をかけてくださったが、いかんせん当のメロディア様がとても真剣な顔をしているのでやはり強張りを解けそうになかった。
「早速ですが、フーリン様があれから得た情報をわたくしに教えていただきたいのです」
はい、と一つ頷いて、私は数ヶ月前からの記憶を思い出しながら、探り探りで言葉を紡いでいく。
そして最終的にどうしようと悩んでいた双子の話も覚悟を決めてすると、メロディア様は驚いたように僅かばかり口を開けた。
「魔物の呪い、ですか」
「これが私の知り得た情報です。全てが真実とは到底考えられませんし、もしかしたら全てが偽りのものかもしれません」
「確かに直ぐに魔物の所為、と決め付ける訳にはいきません。しかしフーリン様が考えている通り、その話の信憑性は高いでしょう」
何故メロディア様は私がそう考えているのが分かったのかと一瞬疑問に思ったけれど、この方は王女様でラドニークのお姉様だ。魔獣の事件を知らないはずがなかった。
「もっとちゃんとした情報を得られれば良かったのですが、……申し訳ありません」
「いいのです。このような個人的で不躾な頼みを受けていただいただけでも有難いことでした。フーリン様、この短期間で良くここまで調べてくださいました。王家から公式に、という訳には行きませんがラドニークの姉としてお礼を申し上げます」
本当に貴女に頼んで良かったです、と頭を下げられたので私は焦ってしまい、声が裏返りながらまだ情報収集は続けた方がいいのかを聞いた。
正直、今まで耳に入ってきた情報は私が自ら動いて得たものではないので若干の罪悪感が残っているのだ。
「いいえ、もう無理して動いていただく必要はございません。後は聖騎士でこの件を担当してくださっているギルフォード様にお任せすることが最善です。魔物はおろか、魔獣さえ魔法も使えない、加護も受けてない者が太刀打ちできる相手ではありませんからね。この話はあくまで一つの考えとして、上に伝えておきます」
「あ、あの、この話をしたのが私だということは伏せておいてくださいませんか?」
「ふふ、分かりました。変なものを引き寄せてもいけませんしね」
二つ返事で了承されたことに私は驚いたが、何も突っ込まれないことをいいことに私はここで漸く肩の力を抜いた。
この話は終わりと言わんばかりにふっと表情を緩ませたメロディア様は、目をキラキラと輝かせた。
切り替えが早い。
「ギルフォード様と言えばわたくし、この間とても素敵なお話を聞いたんです」
先ほどよりもワントーンは高くなった声に嫌な予感しかしない。
「……どんなお話ですか?」
「フーリン様はイルジュア出身なのでご存知かと思いますが、ギルフォード様の運命の伴侶が見つかっていないんですよね」
「……みたいですね」
「ずっと探し回っておられるようで、しかしなかなか進展しない状況に捜索を諦める人も出てきているそうです」
下手に口を開くと何を言ってしまうか分からないので、紅茶を飲みながら区切り区切りで相槌を打つことに留めた。
「しかし最近になってレストア王家の元にも朗報が届いたのです」
メロディア様はにっこりと微笑むと、両手を組んで目を輝かせた。
「運命の伴侶の落し物が見つかったそうなんです!」
カップの傾け方を失敗したため大量の紅茶が喉に流れ息が止まりそうになったが、なんとかゆっくりと飲み込み、カップを置く。
落ち着くのよ、フーリン。
「……落し物、とは」
「腕輪だそうですわ。普通ならば滅多に手に入らない希少な金をベースにした美しい細工が施された物だそうで、特注品だろうといわれています。この事から伴侶は貴族ではないかと推測されているみたいですね」
前半正解です。
「どうやらそれには複雑な魔法がかけられているようで、魔術師に持ち主を探すよう頼んだそうですがそれは不可能だと突き返されてしまったようで」
労しそうに頰に手を当てるメロディア様の話に、私は首を傾げそうになった。
幼少時に貰ったものだけど、魔法をかけているなんてお父様から一言も言われた記憶がない。ただ常に身につけているんだよ、と言われたぐらいだ。
「それでも勿論ギルフォード様は諦める気はないようで、腕輪が落ちていた我が国の第二王立学園で持ち主を探しているそうです!」
「──!」
第二も人が多いので逐一探すのは大変でしょうね、という言葉が耳から抜けていく。
次から次に衝撃的な話をされて私の意識は飛びそうだ。
「……どうして、ギルフォード殿下はその腕輪が……は、伴侶の持ち物だって分かったのでしょうか」
「直感、だそうです」
「直感」
それだけで態々隣国に訪れてまで探しているのかと目を見開く。もし本当に腕輪が私のものでなければ無駄な労力で終わってしまうのに。
「勘というものは意外と侮れないものなんですよ。ギルフォード様はその腕輪が伴侶の物でなくとも、伴侶と繋がっているということは確信しているそうですし」
恐ろしすぎる。
もしかしたら運命の伴侶となるとそういった勘が鋭くなるのかもしれない。
「しかし、伴侶の方はどうして現れないのでしょうか。特別な事情があるのでしょうが……」
「……」
「まあ兎も角も、第二で伴侶の方が見つかれば、わたくしとしましてはこの上なく嬉しいことです。イルジュアの皇族に憂いは似合いませんもの」
第一の生徒で良かったと思うと同時に、私に時間がないことを悟った。
今は第二に目標を置いているからいいものの、次第に第一にも目が向くと考えた方がいい。
早く痩せなければ。
魔物やら魔獣やらの揉め事に巻き込まれて時折目的を忘れそうになるけれど、私は痩せて自信を持ってギルフォード殿下に会うためにレストアに来たのだ。
ローズから貰った筋トレのメニューを思い出して、早く体を動かしたくなった。
ソワソワした気持ちが伝わってしまったのか、メロディア様は笑ってカップを置いた。
「少し長話になってしまいましたね。お引止めしてしまって申し訳ありません」
「いえ、とても楽しい時間でした。ありがとうございました……!」
それではと立ち上がろうとしたその時、ハッと何かを思い出したようにメロディア様が私を呼び止めた。
「フーリン様、一つ言い忘れていることがありました」
「何でしょうか?」
「──ティーリヤ・ヘルヅェには十二分にお気を付けください」
聞いたことのない名前だ。
「どちら様でしょうか?」
「ラドニークの、元、婚約者です」
メロディア様の低い声に煽られたかのようにぶわりと一気に鳥肌が立つ。
「婚約破棄を申し出たのはラドニーク殿下だと友人から聞いたことがあります。……婚約破棄は、成立したのですか?」
「ラディがあのような状態ですから王家より正式に破棄しました。しかし話し合いをする際もやはり揉めに揉めまして、王家と縁を結びたがったヘルヅェ家は今でも諦めておりません」
どっ、ドロドロしてる……!
「事実、その話をしに先程までそのティーリヤがこの城に来ていました。彼女に会うことを拒否したラディが逃げた際にフーリン様とすれ違った、という訳です」
なるほど、だからあの時のラディはあんなにも切羽詰まった顔をしていたのか。
「ラディは呪いにかかってから、色んなことに対して嫌だ、やりたくない、できない、と否定的なことばかり言うようになってしまいました。呪いを受けても今までに培った能力は変わらないというのに、あの高潔な人格はどこに行ってしまったのでしょう」
愚痴をこぼすメロディア様は今ばかりは王女という仮面を脱いで、姉として弟を想う一人の人だった。
こうしてゆっくりと見てみると、髪色も瞳も同じ色彩で、姉弟だと分からされる。
私は一人っ子なので少し羨ましい。
「殿下は、早くラドニーク殿下に元に戻って欲しいと思いますか?」
「……そうですね。元に戻って欲しいのはやまやまですが、最近では本当にそれでいいのかと、考えるようになりました」
どうしてですか?と問いたかったけれど、メロディア様がとても哀しそうな顔をしていたので、私はそっと口を閉じた。
「すみません、お話がそれてしまいましたね。とにかく、ティーリヤには気を付けてください。ラディと仲良くしていただいているみたいで本当に嬉しいのですが、それがフーリン様の危険に繋がりそうで、わたくしとても嫌な予感がするのです」
「だ、大丈夫です!分かりました、ティーリヤ・ヘルヅェ様ですね?注意しておきます」
名前しか分からない相手のため然程怖いと思うこともなく、その場の空気に合わせて私は頷いた。
しかしメロディア様のその予感は的中し、私はもっと彼女のことを聞いておけば良かったと後悔することになる。
メロディア様との茶会があった翌日より、学園にて私に対するいやがらせが始まった。




