机上の戦場
窓から差し込む目映い光を感じ、ゆっくりと体を起こす。私室の布団とは違う粗雑なベッドが昨日からの非日常が現実であることを示していた。
「…とりあえずダンジョンか。」
この世界でのとりあえずの生活基盤を作るためには元手がいる。今の持ち合わせは銅貨が数枚。今後の生活と商業ギルドでの登録を加味して銀貨数枚は確保したい。
痛む体を持ち上げ、宿を後にした。
「とりあえず…服かな…。」
僕のスキル、身は体を現すは身に付けている衣服に応じてスキルを一時的に得るスキル。つまり持ち合わせる服が多ければ多いほど戦いの選択肢が広がっていくのだ。
前回のブラックウルフの装備でもよかったが、出来るならば異世界に来たのだ。魔法の一つや二つは使ってみたいというのが男の性だろう。
服の最低限代金を得るため、僕は足早にダンジョンに向かった。
「…はぁ……はぁ……。」
かれこれ2時間くらいだろうか、ダンジョンの低層にてゴブリンを延々と狩り続けていた。
スキルによって得た力はあくまで平均的な冒険者の身体能力。過信しすぎるのはよくない。スキルであるブラックウルフの皮膚によってゴブリンからの攻撃の大半は効かないが、大勢で攻められる可能性も馬鹿に出来ないのだ。
「……これだけやって銅貨10枚…。いや、魔水晶含めればもっといくか…?」
とにかく、この調子であれば服を買うこと、商業ギルド登録も叶いそうだ。
「おっ、見かけない兄ちゃんだな、新人か?」
後ろから声をかけられる。振り向くと僕の二倍はあろう体躯をもった狼頭の男が立っていた。
「ええと、はい、最近こちらに来たばかりで。」
「そうかそうか、ゴブリンは簡単だろ?」
「いえそんなそんな…。」
「ゴブリンは単体だと雑魚に近いが集団で来ると危ねぇからよ。気ぃつけな?」
「はい、ご忠告ありがとうございます。」
「おう!それじゃあな!」
…この世界の冒険者いい人しかいない説あるな……。
もう少し稼いでいくか。
「…よし!次倒したら終わろう!」
今日だけで得た銅貨はかなりの量になっていた。それでも1週間もてばいい方だろう。気は抜けないが、元手としては十分だ。
あと一体現れたら終わりにしよう。そう考えていると、目の前にゴブリンが一匹現れた。しかしどうも普通のゴブリンではなさそうである。
「防具をきてる…!?」
今まで遭遇したゴブリンは腰布をつけている、いやほとんどが全裸だったのだが、このゴブリンは全身を鎖帷子で纏っていた。
そのぎらついた双眸は確かに僕を捉えていた。
「これは…。」
おそらく今の僕には倒せない。そう直感が激しく警告してくる。
周りの音が小さくなり、僕とゴブリンの間が静寂に包まれる。先程までと温度はなにも変わらないはずだが、じりじりと皮膚が焼ける感覚が僕を襲う。
脂汗が滴り、地面へと落ちる。
瞬間、僕は走り出した。
ゴブリンとは反対の、入り口の方へ。
勝てない勝負はしない。僕はこの世界において強くなりたいのではなく、生きたいのだ。そのためには泥水をすすってでも這いつくばらなければならない。しかし、それは今ではない。今は逃げが最善だ。
スキルによって強化された身体能力をフル稼働して走る。後ろを確認するとゴブリンは追ってきてはいなかった。
「おや、汗だくじゃないか。」
「いえ…少し走ってまして。」
「順調そうかね?」
「……はい。自分のいたらなさも把握できました。」
門兵の男性に挨拶をしてダンジョンを去る。
あの場で勝てたかどうかはわからない。もしかしたら勝ててたのかもしれない。しかし、今の僕にはそれについて判断することはできない。
まだこの世界に来て2日目だ。焦ることはない。
今はこの不快感を拭うためにお湯を貸してもらおう。




