「性別が雄しかないゴブリン」からどんなラノベが生まれるか、に関する考察
ゴブリンの生態については、アマラ様の「エッセイらしき何か 『ゴブリンについての考察』」
https://ncode.syosetu.com/n9418ep/
という優れた作品があり、大変面白く読ませていただきました。
最近話題のゴブリンといえば、人間の体より少し小さい子鬼のような怪物だ。知能は低め、冒険者なりたてが対応するモンスターという扱いの、テーブルトークの頃からお馴染みの魔物。そんなゴブリンや、たまにオークもだが「雄しか存在せず、他の種族の雌と交わり子を為す」ていう説が何時頃から現れたのかはわからない。わからないがおそらくエロゲあたりだと推測している。まあ最近話題のゴブリンはそのような生物であるらしい。
一体全体、そんな不完全な生物が存在出来るものなのか、またその不完全性がどのような影響を及ぼすのかを検討してみたい。
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ファンタジーにおける性別
この地球上で、性別というシステムは生物に一般的なものだ(もちろん性別が存在しない種もある)と考えられている。しかし性別を選択するシステムはどうも色々あるらしい。詳しくは本屋さんで専門書とかムックとかご購入いただくかウィキペディアを読んでいただきたいが、人間にはお馴染みの、哺乳類に一般的なXY遺伝子だけではない。遺伝子の数(倍数体は雌とか)、卵の時の温度差、雄が少なくなったら少数が雌から雄に変化、とか遺伝子要らずの様々なシステムが自然界には存在している。ワニの性別とか卵の温度差で決まるんですってよ奥様。
ちなみにこの季節(執筆時期は秋です)、一番雄と雌が気になるの銀杏の木だが、雌雄で遺伝上の違いがなく育ててみないと雄の木なのか雌の木なのか判別できないそうだ。現代でもわからないとか。仕方ないので街路樹などは挿し木で雄の木を継ぎ挿してるそうで。
異世界でどんな性別システムが使われているかは分からないが、少なくとも人間そっくりの、雄と雌に分かれた知性体が存在するからには何かしら使ってると推測するしかないだろう。「雄しか存在しない」とされるからには「地球特有の性別決定システムでいうところの雄の性を持つ」という意味にとらえて問題ないだろう。
あるいは「異世界では人や魔物は木の股から生まれてきます」、「赤ちゃんは実際にこうのとりさんが運んできます」という話かもしれない。聞いたことないが。いや、聞いてないだけであるかもしれない。あったら読みたいので教えて欲しいです。
一応この文章では、「雄と雌、雌雄の性別が地球と同じシステム、つまり様々な性別決定システムが存在する世界における、雄しか存在しない生命体」について考えるし、「雄しかいない」に加えて「性別が無い」可能性も含めて検討する。「雄だけ」とはつまり性別が無いことだからだ。雄しか居ないってよく考えたら苺しかないショートケーキは存在するかって話だと思うのだが、それはおいておく。
またケンタウロスも同様に男しか居ない事になっているが、それについても置く。アレはほら、上半身が男で下半身が牝馬の可能性もある。追求すると普通のBLになってしまう。いや普通じゃないかも知れない。
そういえばこの辺は、澁澤龍彦あたりの本に書いてなかったかなあ、など思うのだが立花さんでも荒俣さんでもないため全く思い出せず残念ながらおいておく。また昔読んだSFネタが思わず洩れる可能性もあるがご容赦頂きたい。
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そもそも「ゴブリン」って何だ、定義できるのか問題
論ずるにあたりゴブリンを定義しなくてはいけないとも思うが、定義できる程ファンタジー世界のゴブリンは一般的なのか、作品ごとに作者の独自性で改変されてるじゃねえか、という話だ。「最弱に近いモンスター」以外の設定は結構ゆるゆるだし、言ってしまえば「最弱」じゃない場合だってあるし、「モンスター」ですら無い場合もあるし、色々考えるうちに「ゴブリンって何だ」とか「人間ってなんだ」などの答えの無い泥沼に嵌り込んで戻れなくなるので適当に定義するしかない。
注意してほしいが、この文章で定義される「ゴブリン」はいわゆる「ぼくのかんがえたさいきょうのゴブリン」に過ぎない。別作品に出現するゴブリンと呼ばれるオークや、緑色の肌呼ばわりされる種族や、一族郎党皆殺しにされて生き残りが鬼に進化する奴ではないのでご留意いただきたい。
さて、「ここ最近流行しているゴブリンとかいう、にくいアンチクショウ」として、以下をゴブリンとする。
「人間の成人より小さい」
「知能はそれなり」
「道具を使い、独自の言語と文化を持つ」
「人、村、家畜を襲う」
「洞窟とかに住んでいる場合が多い」
「持ってる武器の質は悪い」
「性格は悪い」
「雄しか存在しないとされ、冒険者の、特に女性を好んで襲う」
改めて考えると、ゴブリンじゃなくても「スラムの浮浪児軍団」でもいいんじゃないかな、と思わずにはいられない。最後の部分だって思春期少年ばかりの浮浪児軍団だと有り得る話だろう。
流石に貧困に喘いで窃盗や強盗を繰り返す浮浪児を冒険者と名乗る大人が刃物で切り刻む話なんか読みたくない。
突き詰めると「殺しても文句言われない、殺されても文句言わない弱そうな怪物」というコンセプトから外れなければ何でも良い事がわかる。人間の飽くなき差別意識が垣間見えそうな、いや怒られずに雑魚扱いできる奴として産み出されたんだから仕方ないか。
ゴブリン側からすれば雑魚扱いすんな、て話であり「生き残るため自分より大きい生物を何とか策を練り集団で倒す話」だ。性格悪く思われようとどうでもいい。生きるためには家畜も襲うし洞窟で暖を取らなきゃ死んじゃうし、仕方ないのだ。象やマンモスからみたら人間だってそう思われていた筈で、厳しい生存競争ってだけなのだが。
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性別があって、雄しか居ない場合
脱線した。ゴブリンを定義したので実際に「雄しか存在しないゴブリン」について考えてみよう。
雄と言うからには、ゴブリンには本来性別が存在したとしよう。現在のゴブリンは苺しかないショートケーキである。だからそれ苺だっつうツッコミはおいておく。
いくつか可能性がある。「何らかの理由で雌が絶滅し、雌が生まれなくなった」、「ゴブリンは人間の雄が何らかの病気や呪いで変化した姿である」、「雄しかいないと雌に変化する雄が現れる性別決定システム」などだろうか。二つ目が酷いが、人間の雌と子を為せるのは人間の雄なのだから、論理上の帰結としてゴブリンは人間でないとおかしい。
「ゴブリンは人間の雄が何らかの病気や呪いで変化した姿」、つまりゴブリン病だかが存在するとしよう。またそのゴブリン病は人間に限らず人間の近縁種やオークなど近い魔物にも感染するとしよう。すると、当然元オークでゴブリン病に罹患したものはオークとしか交われず、元人間なら人間と交わって子供を生ませようとするだろう。
そんな患者がみな一様にゴブリンの風体をしていれば、「ゴブリンはどの種でも交わり子供を作れる」と勘違いされてもおかしくない。魔物として考えられているゴブリンに近い。
すると、人は病気の人間を魔物と呼び差別迫害し殺し、繰り返してはいけない歴史を繰り返している事になる。やるべきは討伐ではなく一刻も早く病気もしくは呪いを根絶し患者を保護することなのにだ。
現実でも似たような歴史、なんなら現在でも差別や迫害を受けている人はいる。「病気でゴブリンになったら殺されそうになりました」物語は大変に重い。正直読みたくない。読みたくないは語弊があるかもしれない。フィクションではなく、現実で病気で迫害された人々を取り上げたノンフィクションを読むべきだと思うのだ。フィクションです創作です架空だからと逃げられる読み物ではいけないと個人的に思っている。自分を含む人間の残酷さ、クソっぷり、同じ人間に差別迫害を受ける人の苦しみを知るためにも。
なので、この病気オプションは個人的にお勧め出来ない。
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次だ。「何らかの理由で雌だけ絶滅し、雌が生まれなくなった」場合を考える。なぜ種ごと絶滅せずに雄だけで生き残れたのかが問題となるが、XY遺伝子を持つと仮定した場合一つの推論が成り立つ。おそらくゴブリンは元々ホモ・ゴブリスだかゴブリネスだったのだ。ネアンデルダール人と同様ゴブリンは人類の兄弟で、現在生き残っているゴブリン達は純粋ゴブリンではなく、ホモ・サピエンスと混じり合った、ホモ・サピエンス・ゴブリエンシスとかなのである。
学名はよーしらん。正確にはホモ・サピエンス・コバルス辺りだと思うが、これだと何の事かさっぱり分からないので間違っててもゴブリエンシスでいこう。学名なんて元々適当だ。
サピエンスのX遺伝子とゴブリエンシスのY遺伝子を持つのが現時点でのゴブリンであり、ゴブリンの父、人間の母からは人類のXを持つ普通の女児か、人類のXとゴブリエンシスのYを持つ雄のゴブリンが産まれる。もちろん遺伝子の交換などで他の形質が遺伝することもあると思うがおいておく。
ゴブリンがホモ・サピエンス・ゴブリエンシス(だか何だか特殊なY遺伝子を持つ者)なら、「文化程度が異なる別人類との雑種を怪物と差別し絶滅させようとする」という、やはりシリアスな社会派作品になる可能性がある。そうか、ネアンデルタール人は俺たちが絶滅させちゃったんだな、など改めて遠い過去を顧みつつ、嫌な歴史をまた繰り返すのだ。
彼らゴブリンは少数の雄だけの群れを形成し、迫害されつつ殺害されつつ山や洞窟に潜み、子を為すためにサピエンス(の異世界版)の女性を攫うか、サピエンスの女性を説得するか、あるいは一目惚れして花束を持ってプロポーズしに行くか、もしくはどこかに生き残っている伝説の雌ゴブリンを探すため旅に出たりするのだろう。「ゴブリンに転生したので伝説の雌を探す旅に出ます」ってタイトルで、雌のゴブリン探してる癖に一巻に一人ずつ人間の雌とのロマンスがあるっつう。うん普通のハーレムだなソレ。
はたまた、突き抜けてしまえば「ゴブリンお兄ちゃん大好き」とか意味不明な事を言う可愛い人間の妹とイチャイチャする、チート無双ゴブリン話になってもおかしくはない、かもしれない。「ゴブリンだけど可愛い人間の妹のために頑張ります」。うんこれも普通。誰か既に書いてる気すらしてきた。
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話がおかしくなる前に次だ。「雄しか居ない状況が続くと一定の雄が雌に変化する」場合を考える。逆の「雌しかいない場合、雌が雄に変化する」事例は地球上の生物ではよくある。しかしゴブリンの場合は雄。雄から雌に変化できるのか、そんなに詳しく調べていないからわからない。まあそこはなんとか魔力だか異世界力で乗り越えてもらうとしよう。
すると、出現するゴブリンが一向に雌に変化しない理由と、人間の雌を襲う理由が必要となるだろう。
この二つの質問には同じ答えを用意できる。ゴブリンは人間に限らず他の種族の雌から何らかの女性ホルモンを摂取しなければならないのだ。交わるとか匂いをかぐとか水をかぶるとかあるいは食べちゃうとか。水は違うか、お湯で元に戻るし。
雌ゴブリンに変化するには外からの刺激が必要であり、人間の(もしくはどの種であれ襲われる)雌は単なる触媒に過ぎない。そしてゴブリンは種の存続のため他の種を襲う悲しい生物である。悲しみとか触媒として食べられる女性にはたまったもんじゃないしどうでもいいだろうが。レベルEにも似た話があったな。
動物の雌や女性が匂いを嗅がれたり、食われたり、襲われたりすると雌ゴブリンが誕生しゴブリンはますます繁殖するだろう。先のゴブリエンシスの例も同じだが、ゴブリンの繁殖を抑えるためには討伐での女性の随伴は厳禁となる。わざわざ繁殖の機会を与えてどうするって話だから。ラノベとしては女性の登場人物が激減して死活問題だがおいておこう。女性向けならアリだ。
あるいは変型として他の雌や女性を食べず襲わず、単に女性に囲まれて一緒にご飯食べたり一緒に寝てたり、もしかして交わっているうちに雌になるとするなら、変形ハーレム「雄ゴブリンに生まれましたが雌になるためハーレムつくります」が出来る。タイトルからしてオカしいな。ハーレム、TS、百合まで混じっちゃってさあ大変ってとこだ。
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頭がオカしくなりそうなので次。雌は居ないように見えるだけで、実は存在する場合もある。ハチやアリと同じく女王「ゴブリン・クイーン」が異世界のどこかに存在していて、女王を中心とするヒエラルキーの下、雄ゴブリンが出稼ぎに異世界各地をうろついているのだ。雄だけが国を離れるため普段遭遇するのは雄ばかり。男の悲しさ。こいつら純粋ゴブリエンシスだったりするかもしれない。
そんなゴブリンが人間を襲う理由は、出稼ぎや女王に虐げられているストレスや、女日照りが続いておかしくなっちゃって騒ぎたいからだろう(執筆時期は渋谷ハロウィンの直後です)。ゴブリンから見て人間の女性が襲いたくなる程に性欲を刺激するかどうかは知らないが、「分かっちゃいるけど止められない」ほど切羽詰まってる可能性はある。もしくはこいつら本当にゴブリエンシスで、暴れる雄が種の近い人類と交配して暴れて過ぎ男がいない国で女王達が老いて死にきり滅んでる可能性もある。ホモ・サピエンス・ゴブリエンシスの誕生秘話になるな。
問題は、別種族の雄ゴブリンにとって人間の雌が魅力的に映るのか、という根本的な問題である。人間の男性がゴブリンの女性に刺激されるかどうかで言うと殆どの男性はしないだろうから、別種族だとすると襲う理由が弱くなるかもしれない。ごく少数の雄は人間にも興味あるだろうが、大多数の雄はそれでも国に帰って同種の雌を求めるのではなかろうか。
もしかしてフェロモンが強制力を働かせるのかもしれない。近縁種だからフェロモンが効く、もしくは効きすぎる可能性がある。もしくは単に酒に酔ったり、騒いでるうちにおかしくなるのかもしれない。
ゴブリンもゴブリエンシスもサピエンスも、やることは同じだな(執筆時期は渋谷ハロウィンの直後です)。
ともかく、そんな狼藉者な犯罪者集団は鎮圧だか討伐だかされても仕方ないだろう。むしろ積極的に滅する方向性でお願いしたい。ここら辺がファンタジーとしては無難なところだろうか。
そんな狼藉ゴブリン達をとりあげるなら、「ゴブリン引き寄せ役の女冒険者の恰好がエロかわいくてヤバい」とか、だいぶ頭イカレてるタイトルなラノベが出来るかもしれない。エロいほうになるかな。多分水着回下着回裸回ばっかりだから男子大喜びだね。
ゴブリエンシスの事を悪く言えなくなってきた。同じだし。
逆に、ゴブリンの女性から見て人間の男性はどうなんだろう。いや、人間の女性から見た場合でもフェロモンの力により実はゴブリンがとても魅力的に見える可能性はある。「俺ゴブリン。人間の女性にモテまくって困ってます」もありえるわけだ。「珍しい女ゴブリンに転生したらフェロモン無双で人間相手に逆ハーレム」も同様に有り得る。どっちでもいいか。
段々と、人間とゴブリンて実は同じ種族じゃないかな、など危険思想に染まりつつあるので、この辺で「雄の性」がある前提のゴブリン話は止めることにする。
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ゴブリンに実は性別が無い場合(むしろ全員雌)
気を取り直してゴブリンに性別が実は存在しない可能性、つまり無性生殖の場合を考えることにしよう。
無性生殖については特に説明の必要は無いと思うが、人間程度の大きさの動物が無性生殖なんて聞いたことないし、これこそファンタジーの醍醐味って奴だ。他に「魔法生物」つまり実際に生きているわけではない可能性もあるのだが、奥様ゴブリンって実はゴーレムですってよ、なんて言われて誰が喜ぶのか。魔法使いか。いや、ここは無性生殖でお願いしたい。
無性生殖なら、ゴブリンが人間の雌を襲うのは他の生物の子宮などを利用したクローニングのためになるだろう。人間の雌じゃなくてもいい理由にもなる。ゴブリンは全員雄のように見えてるのだが、実はどっちかというと雌であり、雄だけしかいないように見えても、男性器によく似た卵植え付け器官をもつだけだ。
「雌だって、と思われるかもしれません。しかしよくご覧ください。先端に穴の開いた針のようなものがみえます。これは卵管です」などのナレーションにあわせて拡大されるゴブリンの陰部を想像していただきたい。いやテレビに映せない部分だなコレ。
ゴブリンはそのテレビに映せない器官を用い、豚でも牛でも犬でも猫でも哺乳類の子宮に強制的に定着する「卵」を放出する。着床してしまえば母体がどうなろうと関係なく、一定以上に成長して勝手に誕生、最初の餌はおそらく母体になるだろう。
駆け出しの男性冒険者にとって最悪な事に、男性は襲われたらケツの穴から卵を産みつけられ、生き残っても卵の孵化と同時に直腸あたりが破裂して死ぬことになる。怖がって男性冒険者が居なくなるかもしれないし、男の娘冒険者は絶滅確定だ。駆け出し時点で確実に死ぬから。
まあ生存のチャンスがあるからと言って女性がそれをやりたがるわけも無いので結果、くじ引きや力関係で選ばれたゴブリンの気を引きそうな女性が拘束され槍を持たされ、裸同然の恰好でゴブリンの住まう穴に投げ込まれるのだ。「ドキッ!女性だらけのゴブリン退治、ポロリもあるよ」て奴だ。コンプライアンス的にアウト。
まあそんなことさせる側がそもそもクソ過ぎるので、話の前半、ざまあの素材つまり悪役として使えるかもしれない。「女だけでゴブリンの巣穴に放り込まれたのでざまあします」だ。普通にあると思うが、悪役男子の最後が壮絶なものになるかもしれない。ケツから激痛と共に小さなゴブリンがもしゃもしゃと出て来るラストシーンとか。やっぱこれも放送出来ないから没だな。
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さて哺乳類の子宮を間借りする無性生殖システムを採用したゴブリンだが、よく考えたら「最弱の魔物」どころか下手をすれば哺乳類があっという間に滅びる原因になりかねない。
食用の豚、牛、羊、ペットの犬猫、野性の猪狸狐であふれる異世界なら、繁殖に困る場所はほぼ無いだろう。人間より少し小さく、手足があり道具を使い、無性生殖で全て同一の遺伝子をもつゴブリンは、進化の方向性から考えて集団行動に特化した生物と言える。であれば知能あるモンスターの群れが捕獲に苦労する哺乳類はあまり居ない筈だ。小柄な哺乳類でも構わないとなれば尚更である。
成体の小ささも幼生時の小ささを優先し、どの哺乳類でも卵を植え付けるためだとすると非常に有能な生存戦略かもしれない。人間の進化形とすら言えよう。
ある日飼っている犬の様子がおかしくなる。飼い猫が見当たらなくなる。農場の牛や豚の様子がおかしい。気になって様子を見ていると、一ヶ月以内に村中の動物の肚が爆発して中からゴブリンがのそのそと這い出てくるのだ。慌てて街に逃げれば、街のあちこちで破裂した鼠からボロボロと小人サイズのゴブリンが現れ、いきなり地獄の真っ只中。さぞ怖かろうが、そんな事を思う間もなく鼠サイズのゴブリンに全身覆われ食われて死ぬ。「ゴブリンの盆踊り」だか「ナイト・オブ・ザ・リビングゴブリン」だか。
そう、ホラーならアリかもしれないが。
ゴブリンが「鼠を含む哺乳類の子宮を間借りできる無性生殖システム」を採用していた場合、一度見付けたら絶滅するまで殲滅が必須の災害となる。それこそ冒険者に任せるレベルではない。市街地においては日常的に鼠の駆除も大々的になされることになるだろうし、ゴブリンの母体かつ餌になりそうな小動物は徹底して排除しなければならない。数千匹のゴブリンがある日いきなり街中から出現して全滅という事態が、実際に起こり得るのだから。それでも駆除は難しいだろうし、いずれ人間はゴブリンに追いやられ絶滅することになるだろう。
「ゴブリンに転生したら人間絶滅なんて楽勝でした」など、コンプライアンス的に退場レベルのチート無双になるかもしれない。無性生殖ゴブリンだから鈍感どころかそもそもそんな感情ないし、全ゴブリンがクローンだから絶滅しない限り主人公死なないし、フェロモンとかオプションつければ絶滅させたいのに女性が寄ってくるし。なお人気落ちたヒロインは即殺害で退場可能、キャラ管理にも優れたお勧めの一品である。違うか。
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ゴブリンが卵を植え付けられる動物の種類とサイズが問題だ。鼠も許すと本当に人類が滅ぶので母体に最低でも豚程度の大きさを必要と考えても、ゴブリンの繁殖は周辺の野性の動物、飼っている豚や牛、羊への影響が大きい。生活基盤に深刻な影響を与えてしまうのだ。
人間サイズに限定した場合でも、人間以外の似たようなサイズの動物には馬、牛、もしかして羊、鹿などが居る。異世界だとしても牛程度の農耕用動物が存在する筈だ。そして人間を襲うより動物を襲った方がゴブリンのリスクは低い、人間が襲われないことに安心するより、人間が定住して農耕生活を送る際のリスクが大きい。つまりゴブリンが居ると人間の文明が発展しない可能性があるのだ。「ゴブリンが邪魔するので文明がいつまでたっても発展しません」ってラノベかな。変形歴史な気もする。
ただし地球上の動物とおなじく「無性生殖で繁殖し一定以上増殖すると群れから雄が生まれ始める」なんて事になったらゲームオーバー。「ゴブリン楽勝」の出番だ。ゴブリンが地上の支配者で確定してしまうので。
卵を植え付ける場所も問題だ。狩りバチのような「卵を獲物に植え付ける、幼生体は獲物を食べて育つ」モデルだと、特に獲物の性別関係なく場所も適当でよいとなるが、植え付けられた獲物はほぼ全員死ぬことになり、人間の死亡リスクが高まり過ぎる。腕くらいなら切り落とすだろうが、脇だと肺や心臓が近いので無理だろう。
なぜ脇かといえば、ほら、まあ。よー言わんけど最近の男子の妄想力ってたまにきつい気がする。もう歳だろうか。
脱線した。ゴブリンが優先的に雌の子宮に卵を植え付けようとする場合、つまり子宮以外に着床すると確実に死ぬが子宮に着床した場合母体が死なずに普通に生まれてくるなら、ゴブリンは優先的に大きい雌の動物を攫おうとしてもおかしくない。母体が再利用可能かどうかは大きいと思われる。
肉食獣の雌は怖いし、腕と足縛れば管理も楽な人間の雌も喧しいだろうし知恵も働き危険だ。そもそも人間の雌への餌は死んだゴブリンになるので双方にとって地獄なのだ。ストレスで死ぬ可能性もある。草食でおとなしく体力があって大きな幼生が生まれる牝牛が狙われることになるだろう。いなければ雌豚。牝牛だとそこら辺の草だからゴブリンも楽だろうし、雌豚なら何でも食べるから楽だ。やっぱり牝牛や雌豚をゴブリンは選ぶだろう。そして一旦卵生ませ係を確保出来れば際限無くゴブリンは繁殖する。
数年から十年して、確保した卵生みつけ係の雌がやっと地獄から解放される、つまり死亡するとゴブリンは別の場所で新たな母親役を探すため大集団で旅にでるのだ。これが渡りの季節と呼ばれたりするのだ。
あるいは、卵を植え付ける他の生物が居ない場合、どうせクローニングだからと、自分に卵を植え付ける可能性もある。餌さえあれば永遠に生きられる、「ゴブリン永久機関は無敵です」みたいなラノベになるだろうか。SFに似たようなネタなかったかなコレ。
こんなゴブリンは駆け出しの冒険者などに任せず、ゴブリンを見かけた山は即刻焼き払う方が遥かに安全確実のように思われる。「ある日ゴブリンに捕まりまして」なんて童貞男子の妄想どころか、一部の被虐思考愛好家だけが好むヤプー並のキワモノ扱いされるのが関の山だ。
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ゴブリンの繁殖サイクルも重要だ。その手の「産めよ殖やせよ地に満ちよ」戦略の生物はそれほど間を置かないで繁殖するが、あまりの速度で繁殖しても卵を植え付けられる生物が絶滅し、遠からずゴブリンも絶滅してしまう。ゴブリン永久機関の場合を除くが。
結果、周囲の生物が絶滅しない程度の長い繁殖サイクルになる可能性が考えられる。数年に一度、あるいは十年に一度繁殖する程度なら、人類が文明を発展させる余裕があるかもしれない。あるいは千年の間粛々と数を増やしたゴブリンが、臨界量をある日突然突破し人類文明圏の内側に超巨大帝国を勃興する可能性がある。「ゴブリンだけど突然、超巨大帝国の皇帝になりました」的な。少し弱いかもしれない。
繁殖サイクルに加えて、一回の繁殖でどれくらいゴブリンが増えるかも問題だ。一回で一匹しか増えない可能性は十分あるが、二匹以上となると鼠なみの勢いになるし、一回で一匹だとしてもゴブリンの寿命から考えて数年から十数年に渡って、つまり年に一回の発情期だとしても数回から十数回は子を為すわけだ。それだけでも結構繁殖する。
そして冒険者が襲われる頻度から考えて人類と同様、ゴブリンには発情期がなくいつでも子を為せる可能性が高い。母体が入手できる限り何時でも繁殖しやがるかもしれない。
やっぱり人類絶滅する気がしてきたぞ。「転生したと思ったらゴブリンに絶滅させられる目前でした」みたいな。多分一巻で絶滅して二巻以降はいつの間にかゴブリン君が主人公みたいな。それか主人公のチートが輝くかもしれない。「ゴブリンを美味しく調理できるスキル」あたりだろうか。無尽蔵の肉を前に君はいつまで太れないでいられるか、新時代ダイエットファンタジー「ゴブリン肉に目もくれずダイエットに励みます」くらいイカレてたら面白いかもしれない。
色々可能性を考えたが、ともあれ無性生殖で勝手に繁殖するゴブリンについては、見付け次第殲滅という対策を人類全てて徹底していなければならない。あるいは長期的衝突の果てにゴブリンが繁殖サイクルを極めて長く設定するとか、数が極めて限られ特定地方にしか存在しないようになっていなければならない。さもなければ人類絶滅するのだから。駆け出し冒険者がよく討伐依頼を受けるモンスターではなくなってしまったが、それも仕方ない事だろう。
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産みつけられる対象を哺乳類に限定した理由は形態から哺乳類と同様の胎生生物、もしくは卵生にせよ子宮が必要だと仮定しているからである。哺乳類以外や他の魔物にまで影響出来た場合はその恐怖は計りしれない。なにせ鳥や魔物は空飛ぶし、虫や魚とか含めたらエグい想像が計りしれなくなるからだ。
ある日渡り鳥の群れを見る。ああ、もうそんな時期かなあ、と思っていると、いつもの営巣地からギャアギャアとゴブリンの鳴き声が聞こえ、見に行ってみると百匹の、卵から生まれたばかりのゴブリンが、数百の渡り鳥を殺して食ってたりする。
あるいは今年も魚が産卵のため近所の川を遡上してきたぞ、そろそろ漁の季節だなあ、と考えていると、ある日網を引きちぎって川から数百体のゴブリンがゴブゴブ、と濡れた体を引きずって押し寄せてくるのだ。
いつどこで大量発生するかわからないゴブリンが、いつでも人間社会を狙っている。
発見から依頼を出したり、冒険者の群れを差し向かわせる暇などないだろう。ゴブリンどもは人間ではなく野性の猪や広い牧草地で飼っていた牛、羊、豚を使ってさらに繁殖しようとするだろうし、村が冬を越せなくなる場合だってある。
家畜の安全のために、人間の雌を放置して囮にしようと思うかもしれない。むしろ雌に限らず人間は囮としてゴブリンに立ち向かう事が決められているかもしれない。村が生き残るために生贄が選ばれる程度は当然されるだろう。
そんなゴブリンが数匹だけ村の周辺で目撃されたとしよう。大変だ、新人の冒険者を差し向かわせよう、となるだろうか。
まずゴブリンが数匹しか存在しない事が不思議だ。集団生活に特化したゴブリンがそんな少人数で生き残れるわけもなく、少しでも知能のあるゴブリンなら数十、数百で固まって暮らしている筈だろう。数匹は先遣隊、斥候として考える方が自然だ。
一匹みたら三十匹いると思え。ゴキブリだな。
本当に数匹だけしか存在しない場合だって、他にゴブリンが居ないなら辺り一帯の野性動物、村の人間、家畜、全てがその数匹のゴブリンの獲物となる。数ヶ月後には数十体いや数百体のゴブリンが集う群生地になっていてもおかしくない。
なりたての冒険者に任せる案件ではない。もしなりたての冒険者が任されるとしたら、それは囮役以外には有り得ない。女性を含む数人の冒険者達にゴブリンが襲いかかり獲物に喜んでいる間、村人は家畜を連れ逃げる準備をするか、軍隊が山ごとゴブリンを焼き払う準備を進めるのだ。冒険者はどっちにしろゴブリンか火にかけられて死ぬ。
「転生して冒険するつもりがゴブリンの餌にされそうです」。そんなタイトルだとして誰がそれを喜んで読むのか。そういえばうちのキャラに最適な奴がいるな。はたして純平くんの運命やいかにってとこだ。
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まとめ
とまあ色々考えてきたのが、かくもゴキブリじゃねえやゴブリンとは恐ろしい生物なのだろうな、これで肉体鍛錬なんかやってたらたまらんよ、と思う次第である。出来れば異形の友人として、仲良くやっていきたいものだ。
虐殺禁止は人類の愛ではない。虐殺上等だと逆に絶滅されかねないだけだ。利己主義からの利他主義も当然、彼らゴブリンは人間以上の種族であり、「殺しても文句言われない、殺されても文句言わない弱そうな怪物」などでは断じてないと結論する。
「幼なじみのゴブリンに、食べられないよう告白したいと思います!」あたりの軽い恋愛などがいいのではないか。性欲と食欲を両方満たしてくれる素敵な幼馴染として、よだれダラダラで狙ってくる隣のゴブリンに告ろうなんてどんだけ勇者か。いやSFに似たような話あったかもしれないと思いつつ、筆を置くことにしよう。
異世界チャリの続きをずうっと書いてて疲れたから書いたけどこれの推敲もほぼ一ヶ月かかっているという。