クソッタレな世界で
何かファンタジーモドキを書きたかった。それだけ。
いつのことだっただろうか。
ある時、あるところ、一人の男が笑っていた。
「ついに私は、私は大発見をしたのだ」
男は白い研究服を身につけている。研究者のようだ。男の前には、何かがねじ曲がっていた。空間がねじ曲がっていた。
周りには男と同じように研究服を着けた男たちがおり、皆、驚いていた。
「これで私はやっと異世界に行けるんだ」
男はそう叫んだ。
男は天才だった。しかし、天才ではあったが、幼少の頃はいじめられていた。彼の心の支えは異世界に行く物語だった。いつか異世界に行ってみたい。こんなクソッタレな世界ではなくて、そんなことを幼少の頃から考えていた。
本来であれば、そんな夢物語でしかなかった。しかし、彼は、男は天才だった。天才だったのだ。
男は異世界に行きたい。それだけのために勉強を一生懸命頑張った。頑張りまくった。全ては異世界に行きたい。その願いのためである。
そして、遂に彼は異世界に行くための実験に成功したのである。
「ああ、さあ、さあ開いておくれ、そして僕は異世界で勇者になるんだ」
捻れた時空がぱっと解放するように開き始め、穴が見えた。その穴の先からは研究室からではありえない。緑の木々が見える。
「やった実験は成功だ。やった。やった」
男は大いに喜び、穴に近づいた。その時、穴から大きな眼球が見えた。そして、その眼球の持ち主は穴から鋭い手を男へと伸ばし、男の首を貫いた。
「えっ」
男は何が起きたかわからないまま、口から血が噴き出した。回りの研究者からは悲鳴が上がる。
男を殺した眼球は鋭い手を伸ばしながら空間を抜け出し始めた。大きな一つの眼球と大きな口、ムチのように延びる鋭い手、足は六本あり、身体は紫色をしている。
「きゅるるるるる」
怪物は高音の鳴き声を発しながら、研究者たちに飛びかかった。
悲鳴があちらこちら上がる中、一人の女性研究者はこの地獄から抜け出そうと扉に駆け出す。
「早く、しないと」
扉に手をかけた時、彼女の肩に手が置かれた。思わず振り向くと、そこには鳥の顔のようなものをしながら、体毛が茶色で、上は人のような形をし、二足歩行の生命体がいた。
「ひぃ」
女性が悲鳴をあげるその瞬間、その生命体の嘴が伸び、女性の顔を突き出した。そして、チュウチュウと水分を抜き取り始め、女性は瞬く間にミイラとなってしまった。
穴から紫の一つ目や茶色の2足歩行の鳥人間や一見、キノコの形に見えるがその下には無数の蛇があるもの、四足歩行で丸い形で、口が大きく、その口を開くとその中に更に口があり、そのまた中に口があるという生物といった。本来であれば、存在しないような生物が次から次へと出てきた。
阿鼻叫喚に中、キノコと蛇の融合体から胞子が飛び、死体となった人に胞子が付着するとそこから驚異のスピードでキノコが生えてくる。
更に、穴からは植物の根っこのようなものが飛びていき、床に潜り始めていく。異世界の生物、植物までもが、人間の世界に入り込んできたのである。
穴からは出てくるものは止まらず、やがて研究所は壊滅し、そこから世界中に異世界生命体(後に仮称)が広がっていった。
森の中、一人の女性が火を起こし、何かを焼いていた。
「ヒラタケヒュドラは焼くと美味いんだ」
女性は年甲斐もなく、ヨダレを垂らす。
「さあ、焼けたからなあ」
串に刺しているヒラタケヒュドラを手に取る。
「う~んいい匂いだ。やっぱこのぐらい小さい方が美味しいもんだ」
彼女はヒラタケヒュドラのヒラタケの部分をカギ爪と吸盤のついた左手で抜き取る。
「アツイ、アツイ」
女性はヒラタケをそのまま口に放り込む。
「美味い、そして、この後から来る毒のピリリ感。これはやっぱ小さいからこそだねぇ」
彼女はうんうんと頷きながら伽は蛇の方を食らう。頭はナイフで切り取るが後はそのまま食らう。
「やっぱタレが欲しくなるね」
すると後ろの草むらが揺れる。女性は気づかない。
草むらから顔が胸に盛り込んでいる。ゴリラのような巨漢の生物が現れ、彼女に向かって、拳を振り下ろした。
その瞬間、彼女は左足の力で数十メートルの高さまで飛び上がり、近くの木に着地した。
「やれやれレディの食事にちょっかいかけようなんて、モテないぞ。首無しゴリラさん」
彼女は右のポッケからタバコモドキを取り出し、火打石で火を付ける。そして、口に咥える。その間も彼女の左の複眼、右の目の両方の目は首無しゴリラを睨み付ける。
「さて、今日の飯代になってもらうぜ」
彼女は再び、飛び上がった。そのまま、首無しゴリラの顔を強靭な左足で蹴っ飛ばす。首無しゴリラは数十メートル飛ばされる。首無しゴリラは雄叫びを挙げるが、そこへどこからか取り出した無数のナイフが女から放たれる。
ナイフは見事に首無しゴリラの腕や足、目に刺さる。思わず、首無しゴリラは叫び声を上げ、膝を地面につける。ナイフにはしびれ薬が塗られていた。
「蟲神よ。願わくば、加護足る足に祝福を」
彼女はそう呟くと飛び上がり、回転をし、左足は何かのオーラを纏う。そのまま膝蹴りを首無しゴリラに向かって、行うと足はケーキに入刀するナイフのように切り裂いていき、首無しゴリラは真っ二つになった。
「さてと、部位を回収しますか」
女性はルンルン気分で、真っ二つとなった首無しゴリラに近づき、牙を抜き取った。
「さあギルドに帰りますか」
人がワイワイと酒を飲みながら過ごすこの場所の名をギルド「猪頭」と言う。
そこに左半身がバッタの女性が入ってきた。
「おっちゃん。首無しゴリラの牙、取ってきたぜ」
猪の頭と牙を持つ、ギルドマスターのドン・クラウスに向かって、首無しゴリラの牙を放り投げる。
「カリン。乱暴に扱うな。これでもこの牙は売れるんだ」
カリン・エドワード。それが左半身がバッタの彼女の名前である。
「どこで売れるのさ」
「教会さ。何でも秘薬の材料になるとか」
「へぇ。まあ、酒を頂戴よ」
彼女やギルドマスターの姿を見て、変な姿をしていると思うものも多いが、逆に元々の人間の形をしているものの方が少ない。それがこの世界であった。
世界はいつのことだったか。このような世界になった。かつての科学文明の象徴的な摩天楼は崩壊し、自然や進化した生命体が人類を脅かすようになった。
(クソッタレな世界さ。本当)
人間は人間の姿では、この過酷な世界で生きていくことができなかった。人間はこの過酷な世界に生きるために神に縋った。すると神はそれに答えた。
(神はこの世界にいる。そして、人間は神に縋って生きている)
しかし、教会に禁忌指定を受けている『神考察書』を書いたフォスター・メルカッツによると、この神々は元々我々の世界の神ではないと言う。
(滑稽じゃないか。自分たちの世界にはいなかった神に私たち人間は縋るしかなかった。しかもこんな加護と呼ばれるものを与えられて、生きていかなければならない)
神が人間たちの前に現れたのは突然だった。彼等は言った。我らへの信仰によって汝らに加護を与えよう。人間は神を信仰することで、加護をもらうことを請うた。すると、カリンやドンのような人間には有り得ないものが身体の一部として与えられたのである。
しかし、その加護のおかげで進化した生き物や異世界生命体とまともに戦えるようになったのである。
そのため人間は子供が生まれるとその子供に加護を受ける儀式をやらせ、神へ信仰させる。神は複数いて、どの神を信仰するべきかは、教会が行う。これによって教会は今の世界で権威を持つようになったのである。
「よお」
カリンに声をかけて、隣に座ったのは一人の男だった。この男は首から下以外は普通の男である。しかし、首から上は人間の顔は無く。炎であった。
「アランじゃない。まだ、くたばってなかったの」
男の名はアラン・ヘーベルと言う。
「ひどいぜ、カリンよ。どうよこれから宿で止まってよ」
アランが彼女の肩に手を回して誘うが、その手を左手で払う。
「あんたみたいな暑苦しい男となんか一緒にいられるもんですか」
「ひどいぜ」
アランの炎はしょんぼりしたように青くなる。それを見てカリンはため息をつく。そして、酒が注がれたカップに映る顔の左半分のバッタの顔を見る。
(本当にクソッタレな世界)
何故、このような世界になってしまったかは、皆、忘れてしまった。今を生きることに必死だからである。
それでもどこかで、かつてあった世界に戻って欲しいと本能で思っている。
(でも、どんな世界であったとしても変わらない。どんな世界であろうと人は必死に生きていかなければならない。そして……)
「どんな時でも酒は美味い。マスター、おかわり頂戴」
「あいよ」