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7 フェンデルの街

 どうしよう?!

 なんで今まで気づかなかったの?

 お金がなかったら宿に泊まれないよ……!


「どうしよう、わたし──」


 ルーくんに相談しようとして、はっと口を噤む。


 相談してどうするの?

 ルーくんからお金を借りる?

 そんなの絶対にダメだ。


 お金が絡むと人間関係にヒビが入ることがあるってお父さんが言ってた。

 だから人にお金の話をするときは、よーく考えなさいとも言われている。


 せっかく知り合えたんだから、ルーくんとは仲良くなりたい。

 だったらこんなことで頼ったりしないで自分でなんとかしなくちゃ。


「おまえ、今……」

「えっ?! な、なに?」


 ルーくんに話しかけられ、心の声が漏れていたのかと動揺し、返す声が上擦る。


「いや。……なぁ、まさかとは思うが、金を持ってない、なんて言わないよな?」

「え?! なんでわかったの?!」

「本当に持ってないのか?!」

「あ……!」


 しまった!

 ルーくんには言わないつもりだったのに!


「違うの! 今のはその……!」

「じゃあ、持ってるのか?」

「それは、えっと……」

「持ってないんだよな?」


 確信のこもった声で確認するように問われる。

 その様子からごまかすことはできないと感じ、ゆっくり首を縦に振って答えた。


「…………うん」

「1メルもか?」


 メル? ここの通貨単位のこと?

 そういえばわたし、この世界のお金がどんなものかも知らないんだ……。


「う、うん……」


 曖昧に頷いて答えると、ルーくんの顔が露骨に呆れたものに変わった。


「金もないのに街に入るつもりだったのか……」


 ルーくんの視線が痛い。

 無一文のくせに宿に泊まる気でいたなんて恥ずかしすぎる。


「やっぱりお金がなかったら宿に泊まれないよね……」


 なんとか頼み込んで、掃除とか皿洗いをする代わりに泊めてもらえないかなぁ……?


「それ以前に、街の中に入れないだろ」


 ルーくんが困ったような呆れたような顔で言う。

 その言葉に目を瞬く。


「え……? それ、どういうこと?」

「どういうもなにも、ユウナはフェンデルの人間じゃないんだろ? 市民証を持っていないなら門で通行税を取られることになる」


 市民証? 通行税??


 どうやら住人以外は街の中に入るのにお金が必要らしい。


「なにか身分証になるものを持っているなら、免除になる場合もあるが……」


 ルーくんに視線で問われ、黙って首を横に振った。

 身分証になりそうなものなんて持っていない。


「そうか……」


 お金もなく身分証もない。

 つまりわたしは門を通ることができない、ということだ。


「……ごめんね。せっかくここまで連れてきてもらったのに」


 ルーくんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 上空を見上げると、日はだいぶ傾き、空の端が赤くなりはじめていた。


 もうすぐ暗くなる。

 宿に泊まれないどころか、街の中にも入れないなんて……。


 こうなったら今日は野宿するしかない。

 門の近くなら魔物もあまり近寄らないと思うし、いざというときは助けを求めることもできる。

 食べものはメリエンダで手に入れられる。

 あとは飲み水さえ確保できれば、わたしでもひと晩くらいはなんとかなると思う。


 ……でも。

 無事に夜を明かすことができても、お金がない状況は変わらないんだよね……。

 明日になったからって街に入ることはできないんだ……。


 途端に不安な気持ちが広がっていく。

   

 ……ううん! くよくよしちゃダメだ。


 頭を振って後ろ向きな気持ちを追い払う。


 不安に思うだけじゃなんの解決にもならない。

 もっと前向きに考えなくちゃ!


 ルーくんのおかげで無事に街の近くまで来れたんだから、あとはお金さえなんとかできれば──

 

「──なぁ、ユウナ」


 名前を呼ばれ、考えごとに没頭していた意識が引き戻される。


「え、なに?」

「なにか、売れそうなものは持ってないのか?」

「売れそうな、もの……? そっか! 売る、そうだよ! ものを売ってお金にすればいいんだ!」

「ほら、とにかく見せてみろ」

「うんっ!」


 ルーくんに促されるまま、ポシェットにあるものを次々と取りだしていく。

 木の実に葉っぱ、キノコ、丈夫そうな木の枝などなど。

 道に迷っているあいだに目についたものをどんどん拾ってたから、思った以上に量がある。


 あまり売れそうなものはない気もするけど、これだけあるんだし、きっと……!


 ひとつひとつ見せてはルーくんが無言で頭を横に振る。

 見せるたびに、ルーくんの表情が難しいものになっていってるのは気のせいだろうか……。


「……ろくなものがないな」


 渋い表情でルーくんが言った。


 ろくなものって……。

 売れないかもとは思ったけど、そんなふうにはっきり言われるとちょっと切ない。


「なぁ、さっきから気になってたんだが、そのカバン……」

「え? カバン?」

「……いや、なんでもない。それよりほかに持っているものはないのか?」

「あ、うん。あとはこれしか……」


 わたしはポシェットからウーパールーパー顔のリスから手に入れた食材を取りだした。


「これは──……」




 * * *


 ルーくんのあとに続いて歩いていくと、門の両側に立っている人の姿が少しずつ見えてきた。

 離れているときはよくわからなかったけど、立っている人と比較してみて、思っていた以上に城壁が高いことに気づく。

 門の上は塔のようになっていて、見張りの人の姿もあるようだ。


 そのまま門に近づいていくと、そばに立つ男性がルーくんを見て声をかけてきた。


「よぉ、ルーク。今日は遅かったな。依頼は終わったのか?」

「ガーゼルさん、ノートンさんも。依頼は無事終わりました。遅くなったのは道案内をしていたからです」


 ルーくんはそう言ってわたしを見る。


「見ない顔だな。この街ははじめてかい?」

「はい。はじめまして、ユウナです。よろしくお願いします」

「俺はガーゼル。こっちはノートンだ。見てのとおり、ここで門番をやってる」


 ガーゼルさんは人懐っこい笑顔を見せる。鎧の上からでもわかるがっしりとした体格の男性だ。

 ノートンさんはすらりと背が高く、まじめそうな雰囲気の男性で、小さく会釈をしてくれた。


 ふたりとも同じ鎧と兜を身につけているけど、これが門番さんの格好なのかな?


 あいさつを交わすと、そのあとはすぐに街に入るための手続きに移った。

 名前や年齢、来訪の目的などを記録され、通行税を支払う。

 それらを終えると、あっさりと門を通り抜ける許可が下りた。


「ありがとうございます!」


 頭を下げるわたしに、ガーゼルさんは朗らかに笑った。


「いやいや、こっちは役目を果たしただけだ。俺たちに礼を言う必要はないさ」

「でも……」

「どうしてもって言うなら、道案内をしたっていうルークだけで十分だ」


 そうだ。ルーくんにもお礼を言わなくちゃ。

 ここに案内してくれただけじゃない。さっき支払った通行税だって、ルーくんが貸してくれたんだから。


「ありがとう、()()()()!」

「ん? ルーくん?」


 ガーゼルさんが驚いた顔でわたしとルーくんを見る。


「ユウナ! おまえやっぱり……!」


 ルーくんはぎょっとした顔でわたしの方へ一歩足を踏みだす。

 それを遮るようにガーゼルさんが素早い動きでルーくんとの距離を詰め、ガシッと肩を組んで引き戻した。

 ガーゼルさんはとても楽しそうな顔でルーくんに顔を寄せる。


「ほーう? これはまた、ずいぶんと仲がよさそうだなぁ、ルーくん?」

「っ! ガーゼルさん!」

「あれ? ガーゼルさんもルーくんって呼んでるんですか?」

「そんなわけないだろ! ガーゼルさんのはただの悪ふざけだ!」

「え? 悪ふざけ……?」

「ほら、もういいからいくぞ!」


 言ってることがよくわからなくて首を傾げていると、ガーゼルさんの腕を抜けだしたルーくんが不機嫌そうな顔で歩きはじめる。

 その足取りは早く、あっという間に置いていかれてしまいそうだ。


「あ! ルーくん、待って!」


 慌ててガーゼルさんたちにあいさつすると、急いでルーくんの背中を追いかけた。




 * * *


「わぁ! すごーーい!」


 門を通り抜けた先は少しひらけた広場になっていた。

 正面には大きな通りがまっすぐに伸びている。

 地面には石畳が敷かれ、レンガや石造りの建物が立ち並ぶ。

 城壁の外から想像していたよりずっと街並みは整っていて、以前テレビで観たヨーロッパの都市と似た雰囲気があった。


 ここがフェンデル!

 こんなすてきな街の中を歩けるなんて夢みたい……!


 じーんと胸が熱くなってくる。

 今にも駆けだしたい衝動を抑えて、ぐるりと周囲を見渡した。

 多くの人々が行き交っていて、通り沿いのお店からはお客さんを呼び込む声が聞こえてくる。


 ん? ……えぇっ?! あの人、髪の色が緑?

 わわっ、あっちの人は真っ青だよ!?


 通りを歩く人の奇抜な髪の色に驚く。

 緑や青のほかに、黒や茶のような馴染みがある髪色の人もいるけど、全体的にものすごくカラフルだ。

 髪の色だけでなく、目の色も多彩なように見える。


 この世界の人って髪や目の色がカラフルなのかな?

 ルーくんが黒っぽい髪色だからわからなかったよ。

 あ、でもそういえば、わたしの髪はピンクだった……。


 そんなことを考えながら街並みや行き交う人々を眺めつつ、ちらりと隣に立つルーくんの様子をうかがう。

 口はへの字を描いていて、眉間にはシワが刻まれている。


 ……やっぱり不機嫌だよね。

 急にどうしちゃったんだろう?


「ねぇ、ルーくん」

「……そのルーくんってなんだよ」

「え? ……あ! そうなの。ルークくんってちょっと呼びづらいなぁって考えてて思いついたんだよ。呼びやすくていいと思わない?」

「なんだよ、それ……」


 こめかみに手を当てて、疲れたような顔でわたしを見下ろすルーくん。

 思わぬ反応にうろたえてしまう。


「え?! もしかして嫌だった? ごめんなさい!」

「別に嫌とまでは言わないが……。呼びづらいなら、呼び捨てでもいいだろ?」

「うーん。呼び捨てにはしづらいよ。わたし、今までだれかを呼び捨てにしたことってないから……」

「そうなのか……」


 ルーくんは難しい顔で口を閉ざした。

 困らせているようで、だんだん申し訳ない気持ちになってくる。


「あの、ごめんね。やっぱりルークくんって呼んだ方がいいかな?」


 顔を見上げて尋ねると、少しの沈黙のあとで大きなため息とともにルーくんが口を開いた。


「…………はあ。いや、好きに呼んでいい」

「え? ……いいの?」

「あそこで言われたら、街中に言われたも同然だからな……」

「え……? それ、どういうこと?」

「いや、なんでもない。それより、まずは冒険者ギルドにいこう。そのあと宿屋に案内する」

「あ、うん。ありがとう!」


 先に立つルーくんのあとに続いてわたしも歩きだす。


 夕暮れ時の街中に少しずつ明かりが灯りはじめている。

 街のあちこちには街灯が設置されていて、日が落ちても歩くのに不便はなさそうだ。

 フェンデル東の鉱山からは魔石が豊富に採掘されるそうで、街中に設置されている街灯はその魔石を加工して作られる魔道具というものらしい。

 しげしげと街灯を見ていたら、ルーくんがそう教えてくれた。


 そんなふうに街のいろいろなことを教わりながら歩いていると、


「あっ……きゃぁ!」


 近くで幼い悲鳴が聞こえた。

 思わず声のした方を振り返る。

 見ると小さな女の子が地面に倒れ込んでいた。転んでしまったようだ。


「大丈夫?」


 すぐに女の子のそばに駆け寄って、小さな体を助け起こす。


「怪我はない?」


 自分の目でも確認しながら尋ねると、女の子はぶんぶんと首を横に振った。

 どうやらとっさに手をついていたようで、手のひらが少し赤くなっていたが、怪我はしていないようだ。

 目についた女の子の体や服についた汚れを払っていると、痛みで目にうっすらと涙を浮かべた女の子が「ありがとう……」と小さな声でお礼を言ってくれた。


「おーい! なにやってるんだ? 置いてくぞー!」


 背中から男の子の声が聞こえ、それに反応した女の子が幼い声を張り上げる。


「お兄ちゃん! 待ってー!」


 その言葉に後ろを振り返ると、少し離れた先にひとりの男の子が立っていた。

 女の子より少し年上だろうか。


「お姉ちゃん、ありがとう!」


 わたしにもう一度お礼を言うと、女の子は急いで男の子の元に走り寄っていく。

 口では急かしながらも、男の子はその場を動かずに待っているようだ。


「ほら、帰るぞ。きっと父さんも母さんも待ちくたびれてる」

「うん!」


 女の子が追いつくと男の子が女の子の手をしっかりと繋ぎ、ふたり並んで歩きだした。


「今日の夕食はなにかなぁ?」

「今朝母さんに聞いたら、マール鳥だって言ってたぞ」

「マール鳥? ほんと? やったー!」


 後ろ姿で表情は見えないけど、女の子の歓声から楽しそうな様子が伝わってくる。

 仲睦まじい兄妹の姿に思わず笑みがこぼれる。


 わたしも子どもの頃、あんなふうにお兄ちゃんに手を引いてもらったっけ……。


 懐かしい記憶とともに、お兄ちゃんの笑顔が頭の中に浮かぶ。


 ……お兄ちゃん。

 お母さん、お父さん……。


 頭の中に次々と家族の顔が浮かんでくる。


 みんな、どうしてるかな……?

 会いたい。伝えたいことがたくさんある。

 ……でも、もう会えない。

 あんなふうに手を繋いで笑い合うことは、もう二度とできないんだ……。


 わかっていたはずなのに、突然事実を突きつけられたように感じて、胸が苦しくなる。


「……どうした?」


 背中からルーくんの声が聞こえ、はっと我に返る。

 

 ……ダメダメ! なに泣きそうになっているの?

 ひとりでがんばるって決めたのに。

 泣いている暇なんてない。

 この街に滞在して、この世界のことを学んで、これからどうするか考えなくちゃ。


 頭を振って両手で頬を叩く。


 もう日が暮れる。ルーくんをいつまでも付き合わせるわけにはいかない。

 まずは今夜、宿に泊まれるようにしないと。


「ううん! なんでもないの。ごめんね」


 笑顔を浮かべて振り返り、走ってルーくんに追いつくと、ふたりでオレンジ色に染まりはじめた街を歩きだした。

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