6 出会い
「っ!!」
「危ない!」
わたしが声を上げるより早く、男の子は上体を横に倒して、白い光の弾道から身をそらす。
白い光の弾は直前まで男の子がいた場所を通り抜けると、そのまま消えてしまった。
よ、よかった……。
ほっと胸をなで下ろすと、急いで男の子の元に駆け寄る。
「すみません、大丈夫でしたか?!」
「……あぁ」
弾の消えた先を見つめていた男の子は、わたしを振り返りながら少し低めの声で答える。
その声と空の色を写し取ったような青い目には、警戒の色がにじんでいた。
「今のは、おまえが?」
そう言いながら男の子はじろりとわたしを見下ろす。
わたしの身長は男の子の胸くらいまでしかなく、少し見上げるような形になる。
男の子の問いに答えようと口を開きかけて、男の子がわたしの右手にある銃を見ていることに気づく。
撃ってしまった後ろめたさから、わたしは慌てて銃を体の後ろに隠した。
「はい。魔物かと思って構えてたら、声に驚いて思わず……本当にごめんなさい」
腰を深く折って謝罪したが、男の子は黙ったままだ。
不安を感じて顔を上げると、空色の瞳が訝しげにわたしとわたしの背中に隠した銃を見つめていた。
「あの……?」
「まさかとは思うが、おまえ冒険者か?」
「え? 冒険者? それってなんですか?」
「知らないのか?」
目を丸くした男の子が問い返してきた。
「はい。あの、聞いたことはあるんですけど……」
冒険者ってお兄ちゃんが遊んでいたゲームや読んでいた本の中に出てきてたけど、それと同じようなものなのかな?
あ、でもそっか。ここは剣と魔法のファンタジーな世界だって神様が言ってたっけ。
男の子の服装は見慣れない少し変わったデザインで、腰には長い剣と短い剣の2本が下げられている。
目の色も青だし、黒だと思っていた髪もよく見ると青みがかった色だ。
黒髪だと思っていたせいかあまり違和感を感じなかったけど、こうやってあらためて観察してみると、本当に別な世界にきたんだと実感させられる。
「そうか。武器のようなものを持っているからまさかとは思ったが、やっぱり違うか。そもそも15歳にはなってなさそうだもんな」
「え? それ、どういう意味ですか?」
「あぁ、それは──」
男の子によると冒険者になれるのは、成人である15歳からという制限があるらしい。
この世界では成人って15歳なんだ。
ふーん、そっか。
それはいい。それはいいけど。
「わたしって何歳に見えますか?」
「うん? ……そうだな。12歳くらいじゃないのか?」
「なっ!」
じゅ、12歳?!
いくらなんでも失礼すぎる!
「わたし15歳です!」
「はぁ?! おまえ、俺と同じ歳なのか?!」
「えっ? 同じ歳?」
しげしげと男の子を見る。
同じ歳なの?
落ち着いて見えるから、もっと歳上だと思ってた。
「あぁ。まぁ、俺はもうすぐ16になるが……」
もうすぐ16歳になるとしても、先月15歳になったわたしと1年も違わない。
元の世界で考えると、3月生まれのわたしとは同じ学年ということになる。
なんだか急に男の子に対して親近感が湧いてきた。
「同じ学年なんだ!」
「ん? ガクネンってなんだ?」
男の子はきょとんとした顔でわたしを見る。
その表情からは同い年の男の子っぽい幼さが感じられた。
「同い年も同然ってことだよ」
ずっと1人で心細かったから、こんなふうに人と話せて、しかもそれが同い年の子なのがうれしい。
「同じ歳には見えないが……。それよりおまえ、冒険者でもないのにこんな危険な場所でなにをしてたんだ?」
「えっ? あ、実は道に迷って……。それで今はキノコを採っていたの」
「キノコ?」
男の子は周囲に散らばっているキノコに、ちらりと目を向ける。
そしてわたしに視線を戻すと、目をつり上げた。
「このあたりは危険な魔物が徘徊することもあるんだぞ! 教わらなかったのか?!」
「えっ……ご、ごめんなさいっ! わたし、知らなくて……」
さっきまでの和やかな雰囲気から一転、すごい剣幕で怒られる。
勢いよく頭を下げると、頭上からため息をつく音が聞こえてきた。
「……道に迷ったって、だれかとはぐれたのか?」
「え? いえ、ひとりです」
「ひとり? なんのために森に入ったんだ? キノコの採取が目的ってわけじゃないだろ?」
「あ、うん。実はわたし、人がいるところに行きたくて。このあたりに町とか村ってあるかなぁ?」
男の子と出会えたということは、近くに人が住む場所があるはず。
そんな期待を込めて尋ねると、男の子はなぜか怪訝そうな顔つきになった。
「……どういうことだ? おまえ、フェンデルから森に入ったんじゃないのか?」
「フェンデル……? あの、フェンデルって?」
「まさか知らないのか?!」
唖然とする男の子に、わたしは首を縦に振って答えた。
「フェンデルはこの道を抜けた先にある街のことだ」
そう言って男の子は今までわたしが歩いてきた道の先を指差した。
え……
「えーーーーっ?!」
それってつまり、今まで街から遠ざかるように歩いてきてたってこと?! そんなぁ……。
思わず大きな声がでてしまい、すぐに口を噤んだものの、落胆のあまりガックリと肩を落とす。
そんなわたしをぽかんと見ていた男の子は、表情をあらためると口を開いた。
「……おまえ、どこからきたんだ?」
どこからって……。
別な世界から神様に転生させてもらって、気づいたら森の中にいました、なんて。
そんなことを言ったら、怪しいやつだって思われるよね……。
やっと人に会うことができたんだから、もっといろいろなことを教えてもらいたい。
特にフェンデルという街のことは絶対に聞きだしておきたかった。
それならおかしなことを話して、これ以上警戒されるのは避けた方がいいよね……。
でも、どう答えたらいいんだろう?
うんうんと悩んだ末、とりあえず話しても差し支えなさそうなことを告げることにした。
「方向で言えば、あっちからきたんだけど……」
わたしは今まで歩いてきた道を指差した。
「……おまえ、ふざけてるのか」
「えぇっ!? そんなつもりないよ!」
「じゃあ聞くが、この道からきて、フェンデル以外のどこからきたって言うんだ?」
「え?! それは、その、えっと……」
そうだった! わたしがきた道の先にフェンデルの街があるって言ってたのに!
これじゃあ道の途中で忽然と現れたとしか考えられなくなっちゃうよ!?
ど、どうしよう……?
本当のことを言うのは避けたい。
かといってうまく切り抜けられそうな答えも思いつかない。
しどろもどろになるわたしを、男の子は厳しい目で見つめてくる。
なんて答えたらいいの?
そのとき、わたしの背中からガサガサと葉が擦れ合う音が響いた。
「えっ!?」
魔物?!
すぐに銃を構えようとして、弾を使いきっていたことを思いだす。
わたしはとっさに男の子の後ろに回りこんでしまった。
「あ……ごめんなさいっ!」
謝罪を口にしたものの、怖くて男の子の背中から離れられない。
男の子の後ろに隠れたまま、そっと物音がした方をのぞき見る。
……あれ、なにもでてこない?
男の子の顔を見上げると、呆れたような顔でわたしを見下ろしていた。
「あ、あはは……その、なにもでてこないね。てっきり魔物かと思ったんだけど……」
勘違いに恥ずかしくなって、男の子の服を掴んでいた手を離し、笑ってごまかす。
「……その武器は使わないのか?」
「これ、今は使えないの」
「使えない? どういうことだ?」
「使える回数に制限があって、さっき撃ったので使いきったから……」
「そうなのか」
男の子は納得したように頷いた。
そしてなにごとか考える顔になる。
「わかった。とりあえずここは危険だ。一緒にフェンデルにいこう」
男の子の言葉に目を瞬く。
「……もしかして、街に連れていってくれるの?」
「あぁ。武器も使えないのに、こんなところに置いていくわけにはいかないだろ」
「あ……ありがとう!」
これで街に、人のいるところに連れていってもらえる!
「そういえば、まだ名前を聞いてなかったな。俺はルーク。おまえは?」
名前を聞かれ、慌ててピンと背筋を伸ばしてから頭を下げる。
「わたしは鈴見優奈です。よろしくお願いします、ルークくん」
うん? ルークくんって、なんか言いづらい……?
"く"が並んでいるせいかな?
そんなことを思いながら顔を上げると、少し不思議そうな面持ちのルークくんと目が合う。
「スズミ、ユウナ?」
あ、そっか。
日本式の苗字と名前はここでは一般的ではないのかもしれない。
たしかゲームではユウナって名前にしてたよね。
「あの、ユウナです。ユウナって呼んでください」
「ユウナか」
少し低めの声で名前を呼ばれると、お兄ちゃんに呼ばれたみたいで胸がどきりとする。
「じゃあ、いくか」
そう言うと、ルークくんは背を向けて歩きだした。
「あ、ちょっと待って」
わたしは散らばってしまったキノコを拾おうと、駆け寄って屈みこむ。
せっかく採ったキノコだもんね。ちゃんと持っていかなくちゃ。
大急ぎで拾い集めていると、上からため息混じりの声が降ってきた。
「言っておくが……それ、毒キノコだぞ」
「え……」
* * *
「ほら、あそこの城壁に囲まれたところがフェンデルだ」
「あれがフェンデル……」
今歩いているところよりも少し高い位置に大きな門が見える。
門の両側は城壁が続いていて、ぐるりと街を取り囲んでいるようだ。
門も城壁もかなりの高さがあり、ここからでは街の様子を見ることができない。
「中が見えないね……」
「あぁ、ここからは無理だな」
「ねぇ、ルークくん。フェンデルってどんなところなの?」
「フェンデルはルーンスタッド王国第三の都市で、森と鉱山、そして迷宮の街だ」
ルーンスタッド王国? ここってそういう名前の国なんだ。
第三の都市ってことは大きな街なんだろうなぁ。
「森と鉱山と、迷宮って?」
「フェンデルの西側には深い森が広がっている。今俺たちがいるこの森のことだ。そしてその反対側、街の東には鉱山がある。もともとフェンデルは鉱山で発展してきた街なんだ。そして3年前、鉱山の中から迷宮が発見された」
今わたしたちがいるのはフェンデルの西側にあたる森の中らしい。
見えている門は西門で、その反対側にある東門には鉱山と迷宮があって、人や物であふれかえっているそうだ。
ルークくんはフェンデルの街に住んでいて、冒険者というものをしているらしい。
冒険者とは冒険者ギルドという組織に加入している人たちのことで、ギルドが斡旋するさまざまな依頼をこなすことで、報酬をもらえる仕組みになっているそうだ。
冒険者ギルドの依頼で魔物を倒したり素材の採取をしているというルークくんは、森の中のことにとても詳しい。
ここにくるまでのあいだも木の実やキノコ、薬草などのことをいろいろと教えてくれた。
親切だし、同い年ということもあってすごく話しやすい。
この世界で最初に会えたのがルークくんで本当によかったと思う。
ただ、やっぱりルークくんって呼びづらい。
きっと"く"がふたつ並んでるからだよね。
……そうだ! "く"をひとつ取ったらどうかな?
えっと、ルーク、くん。ルー、くん。ルーくん。……ルーくん!
うん、なんだかすごく言いやすくなった!
これしかないってくらいぴったりだ。
「ユウナは門の中に入ったらどうするんだ?」
「まずは今日泊まれるところを探そうと思ってるよ」
「そうか。知り合いがやっている宿がある。よければ案内するが……」
「ほんと?! お願いしてもいいの?」
「あぁ、もちろん構わない。宿代のわりには建物もきれいだし、別料金にはなるが食事もできる。街に着いたら案内するよ」
「ありがとう、ルーくん!」
お礼を口にしながら、ルーくんの言葉に引っかかりを覚える。
「……ん? おまえ今──」
「え、宿代……?」
ちょっと待って。
わたし、お金なんて持ってないよ……!!