4 魔法の銃
気がつくと、木に囲まれていた。
ここは……?
木々の枝葉が頭上を覆い、葉のすき間から柔らかな光がこぼれ落ちている。
枝の先には澄んだ青空が広がり、綿菓子をちぎったような雲が浮かんでいた。
どこなんだろう?
ほんのりと冷たい空気が頬をなでていく。
下草には小さな白い花が点々と咲いていて、春めいた雰囲気を感じさせた。
森の中みたいだけど……。
きょろきょろと辺りを見まわすと、自分の着ている服が視界に入る。
あ、この服!
着ているのは黒とピンクを基調としたゴスロリ風ワンピース。
その場でくるりと回転して全身を確認する。
フリルやリボンがあちこちにあしらわれた甘めのデザイン。
パニエでふんわりとしたバルーンシルエットを描く膝上丈のスカートは、動きに合わせて黒のニーハイが見え隠れする。
足元は大きめのリボンがついたショートブーツ。
肩には服とそろいのピンクのポシェットがかけられていて、腰のベルトには白い空間で手にした銃がつるされていた。
やっぱりかわいい!
この服、一度着てみたかったんだ。
顔を上げていくと、ピンク色のなにかが視界をかすめる。
手を伸ばしてみると自分の髪の毛だった。
えっ? なにこの派手な色!?
そのまま手でたどっていくと、髪は頭の上でふたつに分けてくくってある。
長さは肩の下くらいまであった。
そういえば、ゲームのキャラはツインテールで、こんな色の髪にしてたっけ。
じゃあ、やっぱりあの白い空間でのできごとは夢じゃなかったんだ。
つまり、ここは異世界ってこと……?
あらためて周囲に目を向ける。
見渡すかぎり緑の木々が広がっていた。
そろりと足を踏みだし、ゆっくりと歩きだす。
あれ? なんだか体が軽い……?
いつもとは違う体の感覚に戸惑いながらも、少しずつ足を速めていく。
……苦しくない。
その場で小さく飛び跳ねてみる。
羽が生えたように体が軽い。
調子に乗って歩む足をどんどんと速めていく。
けれど、いつもだったらとっくに感じているはずの痛みも息苦しさもなく、少しの不調も感じられなかった。
……苦しくならない!
ちっとも苦しくならないよ!
だんだんとうれしさがあふれてくる。
ついには森の中を駆けだした。
すごい……すごい!
わたし、本当に健康な体になったんだ!
夢中になって森の中を駆けまわっていると、少しひらけた場所にでる。
真ん中にはぽっかりと丸く陽の光が当たっていた。
ちょっと行儀が悪いけど、よーし!
中心に駆け寄ると、思いきって地面に寝転んだ。
あったかーい。
少し青臭い草の匂い。
白い花が頬をくすぐる。
見上げると、抜けるような青空が広がっていた。
風に揺れる木の葉から、さわさわと心地よい音が聞こえてくる。
すぅぅ……
深く息を吸う。空気がおいしい。
そのまま目を閉じる。
暖かくてこのまま眠ってしまいそうだ。
……あ、そうだ。
白い空間でのことが夢じゃないってことは……!
目を開けて起き上がると、ポシェットの留め具をはずし、中に手を差し入れる。
思い浮かべていたものが手に吸い寄せられてくるのを感じて取りだした。
小さなポシェットから大きな分厚い本が現れる。
不思議な現象に目を瞬き、取りだした本の出し入れを繰り返す。
すごーーいっ!
ポシェットより大きいのに、なんの抵抗もなく出したり入れたりできる!
それにまったく重さを感じない。
たしかこの中に入れておけば、品質が変化しないんだよね。
青いネコロボットのポケットみたい!
ひとしきり出し入れを繰り返して満足すると、図鑑を開く。
ページをめくってすぐに、メリエンダについての記述を見つけた。
魔銃メリエンダ Lv.1
通常弾 5/5
弾数回復 120分
図鑑登録数 0件
うーん、通常弾?
通常じゃない弾もあるのかな?
それに、そのあとの数字はなんだろう? ……あ、もしかして。
腰のベルトからメリエンダを取りだして、上部に並ぶ光る石を数える。
白い空間で神様から教わったときと同じく、5つの石が紫色に光っていた。
この光ってる石の数が弾の残数だって神様が言ってたよね。
つまり今は5発あるってことだ。
図鑑にある通常弾の数字は、この弾の残数を示しているような気がするなぁ。
次はえっと、弾数回復?
これはたぶん使った弾が回復するまでの時間だよね。
120分って結構長いなぁ。
最後のこれはなんだろう……図鑑登録数??
図鑑っていうのはこの本のことだよね?
0件って書いてあるけど……。
首を捻りながら次のページをめくる。
服&装身具セット Lv.1
洗浄
補修
亜空間収納
あ。これ、服とポシェットについての記述だ。
こっちはなんとなくわかるかも。
汚れと傷みがきれいになるのが洗浄と補修で、亜空間収納はポシェットのことだよね。
次のページをめくると、真っ白でなんの記述もない。
さらにページをめくっていく。
最後まで確認したが、残りは全て白紙だった。
うーん。図鑑登録数については結局よくわからないままかぁ。
たぶん、白紙のページになにか関係があると思うんだけど……。
ほかの項目もなんとなくわかるって程度だし、実際に使いながら確認していくしかないかも。
まぁでも、きっとなんとかなるよね!
パタンと図鑑を閉じる。
その音と重なるように、少し離れた茂みからガサガサと葉の擦れ合う音が響いた。
え? なに?
そうだ、この世界には魔物がいるって神様が言ってた……!
すぐに図鑑をポシェットにしまい、近くの木の後ろに身を隠す。
そうして木の後ろから様子をうかがうと、ガサガサと茂みが揺れ、中からピョンッとなにかが飛びだした。
わ……うさぎだ。かわいい!
長い耳と薄茶色の被毛。くるんとしたしっぽの周辺だけが黒い。
耳の分を除けば、わたしの膝くらいまでの大きさだ。
野生のうさぎってはじめて見たかも。
木の後ろから身を乗りだして観察していると、うさぎが首をまわし、わたしの方に顔を向けた。
くりっとしたうさぎの目と視線がぶつかる。
「キシャーーッ!」
その途端、うさぎがらんらんと目を赤く光らせ、かん高い声を上げた。
え、え……?!
鼻にシワを寄せ、牙を剥いて威嚇するうさぎの姿にビクリと肩が跳ねる。
怖い……!
もしかしてこの子、魔物なの?
腰のベルトから銃を取りだして構える。
うさぎの全身を探っていくと、胸のあたりで緑色に光るものが見えた。
もしかして、これが核?
じゃあ、このうさぎは本当に魔物なんだ……。
銃を向けられたことで警戒を強めたのか、毛を逆立て、体を前に倒して今にも襲いかかってきそうな様子を見せるうさぎ。
恐怖から思わず足を一歩後ろに引く。
「キシャァァーッ!」
わたしの動きを牽制するかのように、うさぎが鋭くかん高い声を発する。
その声と表情に腰が引けてしまう。
どうしよう……怖い。逃げだしたい。
でも……。
うさぎは一瞬たりともわたしから目を離さない。
背中を向けたら、間違いなく襲いかかってくる。
この状況でうまく逃げきれるとはとても思えなかった。
こんなときのために、神様はメリエンダを授けてくれたんだ。
この先ずっと魔物から逃げ続けるわけにはいかない。戦わないと!
その場になんとか踏みとどまると、震える手をもう片方の手で押さえながら、うさぎの胸のあたりに銃口を向け、もう一度核を探す。
……見つけた!
あとはたしか、この核に向かって撃てばいいんだよね……?
神様から聞いたとおりなら、メリエンダでこのまま核を撃ち抜けば、このうさぎの魔物は食材に変わるはずだ。
両手で銃を支え、銃口をうさぎの胸部に光る核にしっかりと定める。
そうして、引き金にかけた指に力を込めようとしたその瞬間、白い空間で神様から言われた言葉が頭の中をよぎった。
『銃なら離れたところから攻撃することができるんだよ。同じ魔物を倒すにしても、接近して剣で切り刻むよりだいぶ気が楽でしょ』
『メリエンダで魔物を倒すと血もでなければ死体も残らない! グロ耐性なんてなさそうな君にぴったりの武器だと思わない?』
魔物が存在すると聞かされて、魔物と戦うための武器を渡されても、どこか現実感がなくてゲームや本の中のお話みたいだなって思った。
今まで魔物がいない世界にいて、病気で運動することも制限されていたわたしが魔物と戦うなんて、想像もしていなかったからだと思う。
だから、銃を扱うことへの不安はあったけど、魔法の銃で魔物を食材に変えられるなら、離れた場所から攻撃することができるし、生々しい場面を見なくても済む。
もしかしたらわたしでも魔物を倒せるかもしれない。
そんなふうに簡単に考えてしまった。
でも、ほんの短い時間だけどこの世界を見て歩いて、実際に魔物を目の前にして思う。
この世界は間違いなく現実で、この魔物はちゃんとこの世界に存在して生きているって。
メリエンダで倒した魔物は食材になる。
でもそれは、ただ残る結果が違うというだけで、ほかの武器を使って魔物を倒すこととなにも変わらない。
つまり、わたしがこのまま引き金を引けば、このうさぎの魔物は……。
引き金にかけた指先が震える。
わたし、ゲームみたいだなんて簡単に考えて、ちっともわかってなかった。
このまま引き金を引いていいの? でも、今撃たなかったら──
「っ!」
ためらっているうちに、うさぎの魔物が地面を蹴って飛びだした。
跳ねるような動きで迫ってくるうさぎから逃げようと、とっさに潜んでいた木の反対側にまわり込む。
それと間を置かず、茶色いものがわたしの顔のすぐそばをかすめていった。
目で追うと、少し離れた場所に着地するうさぎの魔物。
うさぎはすぐにその身を反転させ、威嚇してくる。
このうさぎは本気でわたしを殺そうとしている。
このままなにもしなかったら、死ぬのはわたしなんだ。
また死んでしまうの?
ずっと憧れてた健康な体になれたのに……?
撃つのをためらうなんてそんな余裕、わたしにあるの?
なんのために神様から身を守るための武器をもらったの?
転生して、この世界でがんばろうって決めたのに、魔物を殺すことが嫌だからって、それで終わりにしちゃうの?
……そんなのダメッ!!
ぎゅっとメリエンダを強く握ると、震える手を無理やり押さえつけるようにして腕をまっすぐ伸ばし、うさぎの胸に銃口を向ける。
うさぎは体を前に倒し、いつでも飛びかかれる体勢を崩さない。
両手でしっかりと銃を支え、指を引き金にかけると、一気に力を込める。
強く引き金を引くと同時に、銃口から白い光の弾丸が飛びだした。
撃てた……!
光の弾丸は一直線にうさぎに向かって飛び込んでいく。
けれど、うさぎは光の弾丸が放たれたのとほぼ同時に、後ろ足を蹴って駆けだしていた。
白い光の弾丸はうさぎの足先をかすめ、そのまま掻き消えてしまう。
あ、あれ?! はずしちゃった!?
うさぎは跳ねるような動きでどんどんと近づいてくる。
え? え? え!?
「わわっ!」
もう一度撃とうとして、焦りから銃を取り落としそうになる。
危ういところで掴み、しっかりと握り直して顔を上げると、わたしの顔を目がけてうさぎが飛び込んできた。
その跳び上がる動きに銃口を沿わせ、迫りくるうさぎの胸にしっかりと狙いを定める。
緑色の光に向け、わずかの間も置かず引き金を引いた。
白い光の弾丸が吸い込まれるようにうさぎの胸部に飛び込んでいく。
わたしのすぐ目の前で緑の光──核と白い光の弾が衝突した。
ぶつかり合った一点を中心に白い光がはじける。
周辺にきらきらとした光の粒子が漂い、散っていく。
あとには小さく淡い光だけが残った。
……うさぎが、いない。
ちゃんと当たったってこと……だよね?
あ、危なかったぁ……。
へなへなと地面にへたり込み、深く息を吐きだす。
さっきまでうさぎの魔物がいた場所に目を向けると、地面の少し上をふわふわと白い光が漂っていた。
さっきまであそこにうさぎの魔物がいたんだよね……。
白い光まで2メートルも離れていない。
今のをはずしていたら本当に危なかった。
でも倒せた。わたしでもちゃんと魔物を倒せたんだ……。
地面に座り込んだまま、ぼんやりと白い光を見つめる。
白い光の中心には、丸いなにかが浮かんでいるように見えた。
なんだろう?
そうだ。メリエンダは魔物を食材に変えるって……。
よろよろと立ち上がって、白い光に近づく。
これは、なに?