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2 提案【★】

 気がつくと、白い空間にいた。

 濃い霧でもかかっているように視界がきかず、壁も天井も、足をつけているはずの地面さえも見えない。

 暑くも寒くもなく、わずかの空気の流れすらも感じられない不思議な空間。


 ここは……どこ?


 きょろきょろと周囲を見まわす。


 どうしてここに……?

 わたし、なにしてたんだっけ?


 記憶を探ろうとしても、頭の中にもやがかかっているように、うまく思いだすことができない。


「おめでとう! 鈴見(すずみ)優奈(ゆうな)さん。君は選ばれました!」

「っ!?」


 すぐ近くで大きな声が聞こえたかと思うと、視界いっぱいに人の顔が飛び込んできた。

 突然のことに体がビクリと跳ね、大きく身を引く。


 え? え? だれ? おめでとう??

 選ばれたって……何に?


 混乱するわたしの目の前には、いつの間にか白い手が差しだされていた。

 その手の主は楽しそうに笑いながらわたしを見ている。


「あ、ありがとうございます……?」


 頭の中はまだ混乱していたが、無視するのは失礼な気がして、おずおずと手を差しだした。


「わわっ!」


 中ほどまで差しだしたところで強引に手を掴まれ、ブンブンと音が聞こえそうなくらいに激しく振りまわされる。

 さんざん振りまわされ、ようやく解放されると、ふらふらとよろけそうになりながらも、わたしは数歩後ろに下がった。


 距離をおいたことで目の前に立つ人物の姿が視界に収まる。

 目の前に立っていたのは、白い空間に溶け込んでしまいそうな真っ白い服を着た、銀色の髪の男の人だった。


「あなたは……?」


 どうしてわたしの名前を知っているのか、何に選ばれたのか、思い当たるものがない。


「僕はシルヴァーノ。君たちの言葉でわかりやすく言うと、神様みたいな存在かなぁ」

「え、神様?!」


 思わず、まじまじとシルヴァーノさん──神様を見る。


 この人が、神様?


 シルヴァーノさんはお兄ちゃんと同じくらいの年齢に見える。


 神様って、白くて長いおひげのおじいさんじゃないんだ……。

 でも、どうして神様がこんなところに……? そもそもここはどこなんだろう?


 まだ頭の中がすっきりしない上に、いきなり神様だと名乗られて、ますます混乱してくる。


「あの……神様。すみません、ここはどこですか?」


 わたし、病院のベッドにいたはずだよね……?


 神様はふっと悲しげな表情になる。


「残念だけど、君は死んでしまったんだよ。最期は家族に看取られてね」

「……え?」


 死んで……?


 頭の中で神様の言葉を反芻(はんすう)すると、徐々にあやふやだった記憶が引きだされていく。


 ……そうだ。急に今までにないくらい胸が苦しくなって……。


 物心つく前から病気を抱えていた。

 いつ死んでもおかしくないと聞かされてもいた。

 だから死んだと言われても驚きは少ない。でも──


 そっか。わたし、死んじゃったんだ……。


 覚悟なんてとっくにできてる。

 そう思っていたのに、死んだと理解した途端、目が眩み、麻痺したように体の感覚が感じられなくなった。


 家族の顔が次々に浮かんでは消えていく。


 もう、会うことはできない。

 きっとお別れも、ありがとうの言葉も伝えられなかった。


 お母さん……もう少し病状がよくなったら、わたしの大好きなアップルパイを焼くって、張りきってくれてたのに……。


 お父さんとは一週間も顔を合わせてなかった。お母さんたちに呆れられても、わたしの顔が見られなくなるって、出張にいきたくないって言ってくれてたのに。せめて帰ってくるまで待っていたかった。


 お兄ちゃん、明日勉強を教えてくれるって言ってたのに、約束を守れなくてごめんなさい……。


 わたしのせいで不自由なことだっていっぱいあったはずなのに、いつも笑顔で優しくて、大好きな家族。

 きっとまた、悲しませてしまってる。

 いつも笑っていてほしいのに、わたしは悲しい思いをさせることの方が余計で……。


 だんだんと視界がゆがみ、喉の奥が熱くなってくる。


「つらいよね。まだ15歳なのに、人生のほとんどをベッドで過ごして終わりだなんて。やりたいこともたくさんあったでしょう?」

「……はい」


 答える声が震える。

 やりたいことだっていっぱいあった。

 高校にいって、みんなと同じように勉強して運動して、友達を作って……恋だってしてみたかった。

 なによりも、お母さんとお父さんとお兄ちゃんと。家族みんなで笑っていたかった。


「そ・こ・で・ね。そんなかわいそうな君に提案があるんだ!」


 俯くわたしに、さっきまでとはまったく違う明るい調子で神様が言う。


「僕が君を転生させてあげる。君は異世界で生まれ変わることができるんだよ!」


 え?

 異世界に、転生……?

 転生ってお兄ちゃんが持ってきてくれた小説にあった……?


 顔を上げ、にじむ視界の中、神様の青い目を見つめる。


「……あの、異世界じゃなくて、同じ世界に転生することはできないんですか?」

「ごめんね、それはできないんだ。僕にできるのは、あくまで別な世界に転生させることだから」

「そう、ですか……」


 落胆し、思わず目を伏せてしまう。


 そうだよね……。

 それに、転生ってことは元通りに生き返るわけじゃない。家族のもとにはもう、戻れないんだ。

 それならわたしは……。


「わたし、異世界での転生なんて望みません」


 神様はきょとんとした顔でわたしを見る。


「えっと、僕の聞き間違いかな? 今、転生しないって聞こえた気がしたんだけど」

「聞き間違いじゃありません。わたし、異世界での転生なんて望みません」


 もう一度はっきりとそう答える。

 神様は信じられないといった表情でわたしを見ていたが、すぐにつまらなそうな顔になって口を開いた。


「あー、そう。ならもう話すことはないね。じゃあ僕はこれで」


 神様はわたしから視線をはずすと、くるりと背を向けて歩きだした。


「え……? あの、ちょっと待ってください! どこにいくんですか? わたし、これからどうなるんですか?」


 ひとり置いていかれそうになり、慌てて神様の背中に声をかけると、そっけなく冷たい声が返ってきた。


「そんなの知らないよ。僕は死んだことなんてないからね。あぁ、ここでずっとひとりっきりで過ごすんじゃない? このなーんにもない空間でね」

「ここでですか?!」

「そうだよ。だって君、転生してくれないんでしょう?」


 そう言って神様は振り返り、恨めしそうな目でわたしを見ると、また背を向けて歩きだした。


「えっ……。ちょ、ちょっと待ってください! 置いてかないで!」


 神様を追いかけようと駆けだすが、なぜか距離が縮まらない。


 どうして? ちっとも進んでる気がしない!


 それでも必死になって追いかけると、やがて神様が足を止めて振り向いた。

 止まってくれたことにほっとしかけたところで、神様の姿がだんだんと白く薄れていく。


「待って! ひとりにしないで……!」


 精一杯声を張り上げると、神様の口元が弧を描いたような気がした。


「……ねぇ、君さぁ。難しく考えすぎてるんじゃない? 簡単なことだよ。元の世界に戻ることはできないんだ。だったら、新しい世界でやり直した方がいいでしょ。君の家族だって君にそうしてほしいって思うんじゃないかな?」


 神様の言うことはわかる。

 もう元の世界に戻れないのなら、ここにひとり置いていかれるより、新しい世界でやり直した方がいい。

 家族もきっと、その方がいいと思うような気がする。いつだってわたしが好きなことをできるように心を砕いてくれていたから。

 だけど、頭の冷静な部分ではそう思うのに、気持ちが追いついてくれない。


「それにね、新しい世界では病気のない健康な体になれるんだよ」


 健康という言葉に、体がピクリと反応する。


 それって思うままに駆けまわったり、跳んだり跳ねたりしてもいいってこと……?


 お兄ちゃんと見た、楽しそうに駆けまわる子どもたちの姿が頭に思い浮かぶ。


 わたしも、あんなふうに……。


「君、オンラインゲームをやってたでしょ?」


 すぐ近くで神様の声が聞こえ、はっとして顔を上げる。

 神様はいつの間にかわたしの目の前に移動していて、消えかかっていた姿もすっかり鮮明さを取り戻していた。

 不思議な現象と前後の脈略がない質問に戸惑いながらも、わたしはこくりと頷く。


 きっと、お兄ちゃんが遊んでたゲームのことだよね。


 ちょっとやらせてもらったくらいだけど、わたしがやったことがあるオンラインゲームといえばそれしかない。


「そのゲームで君が作成したキャラを覚えてるかな? 転生先ではそのキャラになれるんだよ」

「ゲームキャラに、ですか?」


 たしか自分の顔をベースに、髪や目の色を変えて作成した記憶がある。

 ゲームで知り合った友達が作ってくれたかわいい服を着て、走って跳んで、いきたいところにいって、自由にやりたいことをやっていたわたしの分身。


 病気で運動も制限されていたから、こんなふうに自由に動きまわれたら……なんて思いながら操作してたっけ。


「そうだよ。転生先の体を用意するのに参考にさせてもらったんだ。ただ転生するだけじゃつまらないからね。ゲームの要素を取りいれてみたんだ」

「ゲームの要素?」


 それってどういう……?


「実はね、転生先の世界は君がいた世界でいうところの、剣と魔法のファンタジーな世界なんだ」

「え? ファンタジー?! 魔法が存在するんですか?」

「うん、そうだよ。そして魔物という脅威が存在する世界でもある。だから君がいた世界のように、身を守る術も持たずに街の外を出歩くことはできない。すぐに死んでしまうよ」


 ま、魔物?!


「魔物って、ゲームにでてくるような……ですか?」

「同じようなものだと思っておけばいいよ。そ・こ・で・ね! さすがに転生してすぐに死なれたんじゃ僕も寝覚めが悪いからね。これを用意したんだ」


 神様は「じゃじゃーん」と両手を前に突きだす。

 いつの間に用意したのか、その手にはたくさんの白いカードが広げられていた。


「このカードには僕が創った魔法の武器が封じてあるんだ。君が転生してくれるなら、僕からの餞別(せんべつ)として、この中から1枚だけカードを選ばせてあげる。その武器をプレゼントするよ」


 神様が作った魔法の武器がもらえる……。


 魔物と戦う自信なんてないけど、魔法の武器があるなら、わたしでもなんとかなるかもしれない。

 それに、さっき神様は魔物がいるから街の外を出歩くことができないと言ってた。

 つまり少なくともその世界には、人が住む街が存在するということだ。

 それなら魔物と戦うことが無理だったとしても、街の中で生計を立てていくことだってできるはずだ。


「さぁ、これで説明はおしまい。決断のときだよ。鈴見優奈さん、転生するかどうか決めてほしい」


挿絵(By みてみん)

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