表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
8/21

籠城

見知った少女が力ない姿勢で椅子に座り、

その目は虚ろにただ一点を見つめていた。

生気の感じられない無機質な視線がテムに突き刺さる。

彼女の頭と肘、膝からはうっすらと一本の糸が天に向かって伸びている

その光景はまるで傀儡人形を椅子に座らせているようであった。

すると、唐突に少女は口を開いた。


「あなたのせいよ。」



きゅっと瞑っていた目蓋が反射的に開かれた。

テムはこの都市に来て三日目の朝を迎えたが、

嫌な汗をかいたせいで寝ざめは最悪に近かった。

あの時どうするのが正解だったのだろう。

これからどうすべきなのだろう。

そんな後悔と戸惑いの入り混じった感情が寝起きの体により負荷をかけていた。


「今日もあの子を探すべきか。」


その言葉を発した自分自身の中では、もはや別の答えに至っていた。

今から自分が何をすべきかなんてことは本当はもうわかっている。

しかし、それに踏み出せないだけの理由があったのだ。


「怖いの?」


いつの間にか起きていたシルウィが優しくささやくような声で尋ねる。

相変わらず考えていることは筒抜けみたいだ。


「かもしれない。」


そう。たぶんこれは恐怖だ。

今まで味わったことのないほどの恐怖。

魔女隠しに対してと言うよりは、そんなことが引き起こせてしまう

かもしれない得体の知れない存在そのものに対してのものだろう。

まだ魔女隠しの犯人が魔女と決まったわけではないのだけれど、

そこはすでに問題ではない。

多くの国民を捕らえ奴隷としているかもしれない相手に会おうというのだ。

簡単に言えば、身の安全の保障ができないということ。

下手をすれば命の危険さえあるかもしれない。

それでも不思議とシルウィとの取引に応じようとしている自分がいた。


「あの女の子を探すにしろ魔女を救うにしろ、

やっぱり直接魔女に会ってみるのが最善だろうな。」


言葉に出すとやはり自分の結論に覚悟がついてくる気がした。

しかし、不思議なのが以前の自分なら何よりも早くこの行動に移していそう

なものなのだけれど、この世界に来てからというもの自分の中でやたらと

いろんな気持ちがごちゃついてうまく行動ができていない気がする。

どこか自分じゃないような感覚すらおぼえていた。

シルウィは魔女に会いに行くというその意見に賛成らしくテムについていくと

主張したのに対し、もしものことがあったとき共倒れにならないようにテムが

一人で行くよう説得を試みたが、危険な場所へ一人で行かせるわけには

いかないと言って受け入れてはもらえなかった。

意外なことに彼女はなかなかに頑固な一面も持ち合わせているようだ。

渋々承諾し、二人で魔女の待つ天層に向かうことになった。


その後、天層に向かう道すがら、

消えた少女についても聞いてまわったが確かな情報は得られずにいた。

しかし、その代わりに面白い話を一つ聞くことができた。


「子供の霊、ですか。」


「はい。ここ最近はその噂が絶えませんね。」


上層を抜けるさなか、通りかかった女の人に聞いた話だ。

どうやらかなり以前から子どもの霊の目撃例があったらしいのだけれど、

最近になってその目撃例が増えてきているらしい。

噂では魔女隠しにあった子供が殺されて、

恋しい家に帰るためにこのあたりを彷徨っているのだとか。


「でもね、私はただの迷子とか家出だと思ってるわ。」


「どうしてですか。」


「実はね、少し前に私もそれらしい子を見たのよ。」


「それでどうなさったのですか。」


「その子ね、夜遅くに一人で歩いていたの。

それで少し不気味に思って話しかけようか迷っていたら

大人の方が迎えに来てね。

ああ、考え過ぎだって反省したのよ。」


「なるほど。」


「だから私は噂は噂だと思っているわ。」


どこにでもある都市伝説のような話で、おそらくは本当に一人で

彷徨っている子供を見て話が誇張されていったのだろう。

この話を聞いて不謹慎ながら自分の目の前で消えた少女が幽霊で

あったならと考えてしまったことにさらなる罪悪感を抱くことになった。

上層はというと聞いていた通り白い石造りの家々が並び、

下層とは似ても似つかない様子であった。

こちらは立派に都市としての風貌をもっているのだ。

どうして上層と下層でここまでの差ができるのか不思議でしょうがない

というのが素直な感想であった。

そして、上層でもう一つ印象的なのが男性の姿がめったにないことだ。

一度目の魔女隠しの犠牲者がそれほどまでに多かったのだろうと予想される。

それらの点に不信を抱きながらも、下層からは一変した上層の風景を

若干楽しみながら天層に向かって歩みを進めたのだった。


しかし、テムとシルウィの二人は天層を前にして今まで描いていた予定を

あっさりと崩されてしまった。

なんと天層はおよそ50メートルくらいあるのかと思われるほど深い溝に

囲まれているにも関わらず、天層に渡るための架け橋が下りていないのだ。

この溝から落ちたら、無事にあの世に行けそうだ。

正直死体が底の方に落ちていても気づかなそうだ。

そんな罰の当たりそうな考えがよぎってしまった。

見たところ架け橋は天層側からしか下せない仕組みになっているため

籠城の構えにしか見えなかった。また、高い壁にも囲まれており天層内の

様子が一切見えないつくりになっているのだ。

唯一その場から見えるのはせいぜい城の高いところくらいだった。

テムはこのままでは魔女と接触する機会も得られないと考え、

天層に向かって叫びだした。


「すみません。この橋を下してはもらえませんか。」


しかし、その言葉はすっと空中に消えていき、

一方で深い溝の中には響いていった。

しばらく待っても静寂以外の返事が来ることはなかった。

もう一度呼びかけようと大きく息を吸ったとき、

突然後ろから話しかけてくる声があった。


「無駄だぜ、坊主。」


テムが振り返るとそこには荷車をひいた若い男がいた。

見た目は二十歳前後といったところだろうか。

長身で髪は黒色と紺色の中間で全体的に長め、

このあたりでは珍しく爽やかな表情を見せていた。


「ここ最近でこの橋が下りたことは一度もねえ。

話によりゃあ一度目の魔女隠し以降下りてねえってよ。」


「話によりゃあ…。」


その言葉に何か引っかかるものがあったが

それが何なのか見当がつかない。


「鋭いな。こりゃ、しくじったか。

じゃあ、またな。坊主たち。」


その男はそう言い残して、先を急ぐように荷車をひいていってしまった。

お礼くらいは言うべきだったかとも思ったがそれよりも、

天層へ渡れないことに対する困惑が思い出したように頭の中を支配していた。

それにどうしてもある違和感が拭えなかった。


「魔女隠しにで多くの人がこの天層の中へ連れていか

れたのだとしたらあまりにも静かすぎないか。」


黙って後ろでたたずむシルウィに尋ねると難しい顔をして考えていた。

いくら耳を澄ましても壁の向こうから物音ひとつ聞こえてこない。

シルウィとテムの沈黙がそれをより一層二人に自覚させた。

それから打つ手のなくなった二人は意味もなく天層の門のあたりでうろうろ

して時間が解決してくれることを願ったがその希望も儚く散った。

夕暮れ時、宛が外れた二人は肩を落とし帰途についた。

再び時間をかけ上層を抜け下層に戻るころ、テムはふと何かに気付いた。


「ねえ、シルウィ。」


「なに?」


彼女の表情はいつの間にか強張ったものになっていた。

どうやら彼女も気づいたようだ。

現在あたりがすっかり暗くなっていることも考慮すると

自分たちが置かれている状況はとても危険なのではないかと思えた。


「誰かにつけられている。」











評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ