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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
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少女の行方

待ち合わせの場所に彼女はまだ来ていなかった。

もしかしたら有益な情報を得ている最中かもしれないし、

はたまた自分のようにどこかでご馳走になっているのかもしれない。

とにかくあたりが暗くなっているので、

彼女が何かに巻き込まれていないかだけは心配だった。

すれ違いが恐くて探しに行くことができなかったので、

時間とともに膨れゆく心配を紛らわそうと今日得た情報を整理することにした。


都市の形状と実情、そして二度にわたる魔女隠し。

何を考えているのだろうか、その美しく若い魔女は。

普通に考えれば、奴隷が欲しいなら下層から連れていけばいいはずだ。

これを普通と言ってしまっていいのかわからないが、

それでも普通なら身分の低い者や貧しい者を奴隷にするのが必然。

上層といえば、商業が活発であり、

ある程度裕福な暮らしができるらしいではないか。

つまりこの都市の経済を大きく支える層ということだ。

その層の、しかも男を奴隷にするというのは

いささか不合理が過ぎるのではないだろうか。

そして次は下層の子ども。

魔女は『この都市の全ての人々を奴隷にしよう』とでも言うのか。

もしくは魔女のせいではないというのか。


<しかし、村の子どもが姿を消す、か…。

どこかで聞いたような話だな。>


テムはその話がどんな話だったのか思い出そうとしたのだが、

その言葉は喉元まで出かかったところで詰まってしまった。

思い出せない気持ち悪さが胸の中で渦巻いているなか、

突如として誰かの視線を感じ振り返ると、

少し離れた場所、自分から20メートルくらいの建物の陰から

一人の少女がこちらの様子を窺っていた。

歳は五つか六つといったところか。

今まで気づかなかったので驚いたが、それどころではない。

少女が一人でこのあたりをうろうろしているのは危険なはずだ。

正体はわからないが、魔女隠しと呼ばれる現象が頻繁に起きているのは確か

らしいので、家に帰るように促すため少女に駆け寄ろうとした。


「君っ。」


その声に反応し、少女は全身をビクッと振動させ

視界に入らない道へ走り去ってしまった。

そんな脅かすつもりはなかったのだが、

少女からしたら魔女隠しという不可解なことが起きるこんなご時世に、

知らない年上の男から急に話しかけられるというのは恐怖だっただろう。

それを察しつつもその少女の安全のために走り去った

道まで来てみると、すでにそこに彼女の姿はなかった。

その事実を確認した瞬間、激しく後悔した。


<まさか、今のが魔女隠し…。>


もしかしたら、自分は今とんでもない過ちを犯してしまったのだろうか。

気づいたときにもう少し早く駆け寄っていれば。

咄嗟に大きな声を出さなければ。

そんな後悔の波が押し寄せる。

いや、でも、と自分に言い訳をしても罪悪感だけが自分を責め続ける。

それを振り切るために焦って消えた少女を探しに行こうとしたとき、

突然、右肩に何かが触れた。

まさか自分まで消されるのかと思い、体が震えた。

もうダメかとぎゅっと目を閉じる。

そのまま数秒間何も起こらないまま体を強張らせていた。


「どうしたの?」


なんだか聞き覚えのある声だ。

恐るおそる背後を確認すると、

そこには心配そうな顔をしたシルウィが自分の右肩に手を置いていた。


「…。」


安堵が一気に押し寄せてきて、声が出せない。

いつの間にか息をするのを忘れていたみたいだった。


「大丈夫?顔色わるいよ?」


そういいながら背中をさすってくれる彼女の優しさに甘え、

そのままその場に座り込んでしまった。

己のことながらその光景は無様だっただろう。

そのあと荒れた呼吸を整え、事情を説明した。


「それでその女の子が魔女隠しにあったんじゃないかって?」


「うん。」


「でも、もしかしたら撒くために見えないところに

逃げただけかもしれないじゃない。」


「もちろんその可能性もあるけど…。やっぱり、ね。」


シルウィの気遣いは嬉しいが、

だからと言ってはい、そうですねと納得することはできない。

罪悪感と後悔が僕を放してはくれないのだ。


「ううん、真実がどうであれ君は悪くないわ。

それでも納得できないっていうのなら明日探してみましょう。」


「でも、君のお願いが…。」


「いいのよ。もしかしたら魔女を救う手掛かりが見つかるかもしれないしね。

何が一番近道かなんて誰にもわからないものだし。」


「わかった。うん、ありがとう。」


彼女の言葉は優しかった。

それは彼女なりに気遣いの言葉なのだろう。

ただその優しさは今の僕を居たたまれない気持ちにさせた。


「それとね、今日泊まる場所を見つけました。」


話題を変える腹づもりなのかわからないが、

褒めろと言わんばかりのドヤ顔だった。


「ついてきて。」


そういうと彼女は踵を返しすたすた歩いていき、

テムはその後ろをついていった。


しかし、大人しくつれてこられた場所は明らかに宿などではなく

例えるなら、そこは空き巣だった。


「いや、さすがにまずいでしょ。」


空き巣を堂々と紹介され、唖然とした。

良識というものを持ち合わせていないのか、と。


「大丈夫よ。ここにはもう誰も住んでないみたい。」


確かに言葉通りその家の中は生活感はなく、机や窓には埃がかぶっていた。

だからといって勝手に拝借してもいいというわけではないのだが。

日本なら不法侵入の罪で逮捕ものだろう。

ただ、街の通路で野宿というわけにはいかず、

顔も知らない家主への申し訳ない気持ちを押しのけて

ベッドだけでも使わせてもらうことにしたのだった。

寝床も一応確保し、この一日を終えるころ、

半日もの間、斧を振り続けた腕は思い出したように悲鳴を上げ始めた。

藁のベッドに倒れこみ、腕が重力に逆らわず沈み込んでいく感覚に快楽を

感じていると、睡魔に奇襲を受け気づく間もなく意識は遮断されていた。







また、あの音が聞こえる。

なんて言ったかな。

そうだヒブエだ。

そう、あの『笛』の鳴り損ないのような…。


「ハーメルンっ。」


テムはずっと引っかかっていた何かを思い出したのだ。


「ふふ、なによそれ。新しいくしゃみね。」


シルウィがこっちを見て笑っていた。

どうやらテムが発した不可解な朝の第一声をくしゃみと間違えたらしい。


「ああ、違うんだ。昨日のことを思い出して。」


「そうなの?ちなみにそのハーメルンっていうのはなんのこと?」


「たいしたことじゃないんだけどね。」


子どもたちが連れていかれるという点において、

魔女隠しの噂と『ハーメルンの笛吹き男』という童話が

共通していると感じたまでのことなのだ。


【ハーメルンの笛吹き男】

ハーメルンという町にてネズミ退治を依頼された男が、

笛を吹いて悉くのネズミを操り、川で溺死させる。

しかし、町から約束の報酬を支払われることはなかったため、

報復として町中の子どもたちを笛で操った。

そして市街の山の中腹にある洞穴に連れていき、

洞穴の入口を岩で塞いだのだ。

その後彼らの姿を見たものはいなかったという。


一説によれば笛吹き男は魔法使いとされている。

魔法使いによって大量の子どもがさらわれたのだ。

うろ覚えのままその童話をシルウィに語って聞かせると、

彼女の表情は何とも言えないものになっていた。

しかし、それは間違いなく肯定的なものではなかった。


「なんだか悲しいお話ね。」


「悲しい、か。なんというか誰も救われない話だよね。」


「そうね。子どもに聞かせるならもっと楽しい話の方がいいわね。」


最終的な結論はそれに至った。

別にこの物語を思い出したからどうということはない。

ただ思い出せない気持ち悪さが解消されただけだった。


「それじゃあ、昨日君が見たという女の子を探しましょうか。」


シルウィがぱんっと手を叩いた。

もちろん忘れていたわけではないが、直視したくない現実だった。

できることなら夢であってほしい。

もしくは本当にそこらを歩いていたらひょっこり現れてほしい。

そう願えば願うほど、罪悪感と後悔は心を蝕んでいった。


昨日消えた少女の外見を知っているのが自分だけなので、

今日は二人で下層を周ることになった。

と言っても城内の下層を一周するには一日では足りない。

少女が消えた場所と時間を考えて、

少なくともそこまで遠くの住人ではないだろうと予想をたてた。

体感ではおよそ五時間ほど下層を巡り、

珍しく子どもを見つけては記憶と照合し、尽く否定され続けた。

同時並行で魔女隠しに関する情報も聞いて周ったが、

先日ラデルから聞いた以上の情報を得ることはできなかった。

それになんだか下層の人たちのこちらを見る目がおかしかった気がした。

よそ者が下層の少女のことを聞いてまわっているの

だから当然と言えば当然なのかもしれない。


「はあ。」


少女が無事な可能性がだんだんと小さくなっていくように感じ、

自然とため息が出る。

さすがにシルウィも慰めの言葉が見つからないようだ。

必死に探していたせいか、自分が空腹であることにも気づかなかった。

胃がぎゅるぎゅると音をたてて、飯をよこせと言っている。


「そういえば、お金ってもってるの?」


「持ってないわ。」


「え?」


テムは耳を疑った。

聴覚がおかしくなってなければ『持ってない』と聞こえたのだ。


「本当に?」


「持ってないわ。」


「少しも?」


「持ってないわ。」


聞き間違いを期待したが無情にもその期待はあっけなく散らされた。

お金をもたずにどうやって旅をするつもりだったのだろう。

ここにきて彼女の無計画さが顕著に表れた。

怒りというよりは呆れる気持ちがほとんどだった。


「だって。」


そう言葉を詰まらせた彼女はそれ以上の言い訳をせず、

ただただむくれていた。

どうしようもなかったため昨日の今日で申し訳なかったが、

ラデルのところへ行き食料を分けもらうことになった。

その代わりとして今日の残りの時間を仕事の手伝いにまわすことで

ラデルは快く、いや、仏頂面で許してくれた。

人の優しさ、温かさに触れたようだ。

その後、昨日と同じように暗くなってから仕事を終え、

仮の、借りの家路についた。

その日はなんの情報も得られず、

ただ歩き疲れただけの日になってしまった。

なんの収穫も得られず、少女がいなくなったという事実と

それに対する責任だけが残った。

シルウィの進言で、明日まで少女の行方を捜すことになったが、

正直もう望み薄だろう。

諦めの雰囲気だけがシルウィとの間に流れていた。






























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