魔女隠し
城門の前には見張り役の2人が微動だにせずつっ立っていた。
その様子は規律正しいというには甚だ過剰にも思える。
身じろぎ一つ、表情一つ変えずに見張り続けているのだ。
別に端から不法侵入を企てているわけではないので、
何食わぬ顔で通してもらうだけでいい。
それはわかっているのだけれど如何せん緊張してしまい、
こうして少し遠くから様子を窺っているのだ。
「本当に大丈夫なのか。こんなどこぞのお尋ね者みたいな
恰好をしてる人を簡単に通してくれるのかな。」
九日あまりの旅、主に木の枝に引っかかってボロボロになってしまった
自分の服を見て、心配で仕方なかった。
「たぶん大丈夫よ。」
そういうシルウィの服は新品同様、清潔感溢れていた。
どうしたらこんなにも差があることが不思議でしょうがない。
さらに、表情は確信を持っているような笑顔ではなく、
本気で同情している苦笑いだった。
「まあ、いつまでもこうしているわけにはいかないし。
そろそろいってみるか。」
「そ、そうね。」
二人はオンリの城門に向かって歩き始めた。
テムが前かがみで前方を歩き、シルウィが見事な姿勢でテムの後ろを歩く
ことでまさに貴族と奴隷の二人組に見えたことだろう。
しかし、いざ見張り役の人との距離が近づいていくと緊張で心臓が高鳴った。
そして、もう一歩で城門に足を踏み入れられるかというときに、
両脇にいる兵士のもつ槍が寸分たがわぬタイミングで、
奴隷もといテムの目の前で交差し、二人の行く先を阻んだ。
<やっぱり普通に止められはするんだな。覚悟はできてましたけど。>
しかし、止められるやいなや、二人の兵士がテムの体を弄ってきた。
いや、言葉が悪かっただろうか。
仕事としてボディチェックを行った。
もちろん危険物などは持っていないため、どうぞご自由にと思うばかりだ。
テムの検査が終わり次はシルウィかと思ったが、
女性だからかボディチェックすることなく素通りできてしまった。
無事城壁内に入ると、しばらくは村が続いていた。
城壁の内側と聞いてもっと賑やかで、白い洋風の建物をイメージしていた
ため、拍子抜けしてしまったのは事実だ。
村の建物はお世辞にも立派な木造建築とは言い難く、
豪風の一つ、二つで崩れてしまいそうな細々とした木で組み立てられていた。
真っ先に思い浮かんだ印象は貧しい村である。
それにしても奇妙なほどに活気がない。
視界にはすぐ近くにいる中年の男性とそこから少し離れたとろに老人が一人、
洗濯物を乾かしている女性が一人しか映っていなかった。
城壁の内側とは思えないほど、人は見当たらないのだ。
いったんそこでシルウィとは別れ、それぞれ情報収集してまわることに決めた。
テムは一人家の前で作業している髭を生やした中年の男性に話を聞こうとした。
「お前さん、見ない顔だな。よそ者かい。」
仏頂面を崩さずにその男性は尋ねてきた。
「はい。ちょっと外から。」
森から抜けてきたなんて言うのはあからさまに怪しいと思い、
多少誤魔化したもの言いになる。
「この街にはなにもねぇよ。知ってるだろ。
今やこの町は沈黙の都って呼ばれてるそうじゃねぇか。」
「みたいですね。」
<いや、どちらかというと沈黙の村ではないか。>
「お前さんも魔女隠しにあう前に早くこの街をでた方がいい。」
どうやらその男性の仏頂面はいつものことで、
実際人格の方はなかなか親切なものだと感心した。
しかし、その男性の言葉に一つ引っかかる言葉があった。
「魔女隠し、ですか。」
「あぁ。」
神隠し、に響きが似ている。
神隠しが神様によって姿を隠される現象ならば、
魔女隠しは文字通り魔女のせいで人が消える現象なのだろうか。
これからの行動を決めるヒントにはなるかもしれないので、
もう少し詳しく話を聞くことにした。
「あの、その話もう少し聞かせてもらっていいですか。」
「うん?そんなこと聞いてどうするんだ。」
確かにそうだ。
人が失踪しているにせよ何にせよ、見知らぬよそ者が不可解な
事件に自ら関わろうとするのは客観的に見ても怪しい。
ましてや、この街の魔女に用があるなんて口が裂けても言える雰囲気ではなかった。
「しばらくこの街に滞在する予定なので気をつけようと思って。」
咄嗟に口をついてしまったが、あながち間違いでもないので許してほしい。
「ああ、そういうことかい。だがな、俺も暇じゃあないんだ。
教える代わりにちょいと仕事を手伝ってくれねえか。」
「ええ、それで構いません。」
ここで金を払えと言われたら困っていた。
そういえばこの世界の貨幣をまだ一度も見たことがないが、
シルウィがいくらかもっているだろうか。
仕事を手伝うくらいなら断る理由はないというものだ。
それからその男性の家の裏側へまわり、仕事を教えてもらった。
といっても延々と薪を割り続けるだけだった。
はじめに薪を立てて、斧の刃の部分を薪の中心に少し強く叩き付ける。
すると薪に斧が食い込むので、
その状態でもう一度振り上げたのち振り下ろす。
するときれいに真ん中近くで割れるらしい。
最初の何本かは割り損なうことが多く、
また割れた薪は形も大きさも不揃いだった。
しかし、繰り返していくうちに次第にきれいに割れるようになり
しばらくすると体が勝手に次々割っていくようだった。
もしかしたら自分には薪割りの才能があるのかもしれないと思うほどだ。
いつしか薪が割れる瞬間の音と感触は快感になっていた。
ひたすら同じ行動を繰り返していると、
自分がゲームのNPCになったようでなんだかおもしろかった。
何も考えずに与えられた役割を繰り返すだけ。
もしかしたら案外そういう生活の方が楽なのかもしれない。
それでもやはり自分はNPCとは違った。
体力には限界があり、もう腕は腕が上がらない。
気づけばあたりはすっかり暗くなっていた。
「おう、ご苦労さん。」
休憩していると中年男性が様子を見に来た。
「すいません、もう無理そうです。」
「なんだ、貧弱だな。どれどれ。」
そういって、男性はテムの仕事の成果を確認した。
「おおうっ。」
それは彼の驚きの声だったと思う。
「お前さん、なかなかやるな。初めてとは思えん。」
「そ、そうなんですか。」
「あぁ、薪割りの才能があるのかもしれん。」
褒められているのだろうが全く嬉しくはない。
確かに自分でもさっき思ったけれど。
ただ一瞬だけ、生まれた時代と世界を間違えたかもしれないと本気で思った。
そんななか突然、テムの腹の虫が悲鳴をあげ始めた。
「もう上がれ。飯を出そう。」
「いえ、そこまでしていただかなくても。」
「いいから黙って来るんだ。」
テムは断りきれず、仏頂面の彼の後ろをついていった。
空腹を気遣ってくれているのだろうと思い、
その押しつけがましくない人柄の良さに感動をいだきながら、
そのあと勧められるがままに食卓につき、
夕飯ののった机をはさんで彼と向かい合っていた。
「まあ、まずは食え。」
よく見てみると仏頂面だと思っていた顔は下半分が髭で覆われているだけで
実は少しくらい表情が変わっているのかもしれなかった。
「ありがとうございます。いただきます。」
テムは食事のマナーのつもりで手を合わせたが、
彼にとっては意味不明な行動だったのだろう。
何をやっているのだと言いたげに見えた。
「これは、今僕が食事ができることに対する感謝の気持ちの表れです。
食材や食事をだしていただいたあなたに対するものですよ。」
「そうか。奇妙な習慣だな。食材に感謝するなど。」
そう言うと彼は黙って食事に手をつけた。
テムもそれにならって、米より一回り大きい粒の穀物を口に含んだ。
しっかり火が通っているとは言えず、よくいえば噛みごたえがあった。
そのとなりのスープのような液体には青臭さが残っていたが、
思い返せばここ最近まともな食事ができていなかったことを思うと
かなりまともな食事であり、満足はできた。
「ごちそうさまでした。」
「それほどのものでもなかろう。」
一応マナーとしての文言だったのだが、彼は自分の出した料理に対する
評価と受け取ったのか律儀にも返答をした。
「それで、話を聞きたいのだったな。」
彼は唐突に話題を切り替えた。
「はい。お願いします。」
「何が聞きたい。」
テムはすっと息を吸い少し低いトーンで尋ねた。
「ではまず、魔女隠しというのはなんですか。」
「ああ、最近ここいらではよく子どもがいなくなっている。
未だに帰ってきた者はいないのだがな。
それが魔女の仕業だと噂になっているんだ。」
「それで魔女隠しですか。単なる噂、ですよね。」
それを聞くと彼は少しむっとした表情になった、気がした。
「あ、いえ。気を悪くしたらごめんなさい。疑っているわけではないんです。」
「いや、その通りだ。単なる噂だ。」
「そうなると…。ではなぜそんな噂が流れているのだと思いますか。」
「そうだな…。」
ふうむ、といって考えている表情になった、気がした。
何かの結論にいたったのか顔をあげる。
「実はかなり前にも多くの人間が失踪する事件があってだな。
ただこのあたりではなく、上層でのことだが。」
どうやら自分はそもそもこの街について情報がなさ過ぎたようだ。
当たり前のように出てきた上層という単語に躓いてしまう。
話を進める前にまずはこのオンリについて教えてもらうことにした。
このオンリという都市は川の分岐点に作られているらしい。
よって二本の川が城壁内に流れているらしく、
どうやらテムとシルウィは川の上流側にある
裏城門からこの都市に入ってきたみたいだ。
また、城壁内は三重の円を形成するように区画が整理され、
最も外側が下層、二つ目が上層、中心の区画が天層と呼ばれている。
この三層の間では生活水準に差があるらしく、
いまテムがいる村のような風景が見られるのは下層、
レンガ造りの住宅が並び商業が活発に行われているのが上層、
城や闘技場のある聖域が天層である。
天層と上層の間には深い溝が作られており、
天層側から橋が降りなければわたることはできないという。
そして城は裏城門の正反対に位置する正門に正面を向けている。
そこまでの情報をもとに再び魔女隠しについて教えてもらった。
「そして突然だったらしい。
上層からほとんどの若い男がまとめて消えたそうだ。」
「若い男がまとめて…。」
「実はな。俺の息子も出稼ぎに行って…。いや、この話はいい。」
彼はその口を途中で閉じてしまう。
「息子さんも戻ってこないと?」
「…。あぁ。」
僅かに返事が遅れたが、つらい表情で肯定した。
その目頭には顔に似合わず小さな水滴ができている。
いや、でも見ず知らずの自分にここまで親切にしてくれる人だ。
心優しい人なんだ。
しばらく自分が揺さぶってしまった男の感情が鎮まるのを待った。
「すまんな。」
「いえ。辛いことを思い出させてしまいました。」
罪悪感を感じていたが、まだ話を聞かなければいけなかったので
ここで謝るわけにはいけなかった。
「気にするな。話を続けるが、そのとき初めて噂になっていた。男たちは、
魔女によって天層で奴隷として働かされているのではないかとな。」
「あ、なるほど。」
それで【傀儡の魔女】か。
人間を自分の好きなように動かして…。
「そんなことがかつてあったせいで、今子どもが消えていって
いるのは魔女のせいだと言われている。目的はわからんがな。」
「…。」
今の話を聞く限りでは、
その魔女を救えというのはいささか疑問をおぼえる。
その話をまるきりの真実として受けとめてよいのだろうか。
やはり実際に会ってみないことには判断がしづらい。
「ちなみに魔女を見たことは?」
「ああ。あるとも。」
眉間にしわをつくっているせいか、
瞳に怒りを宿しているように見える。
「どんな容姿でしたか。」
「若い女だった。立派な立ち振る舞いの美しい、な。」
その言葉には、意味とは裏腹に精一杯の皮肉を込めているように
感じられた。
テムはふう、と息を吐いた。
「わかりました。お話、ありがとうございました。」
彼の表情は出逢ったばかりの仏頂面に戻っていた。
「うむ。あぁ、そうだ。お前さんの名前を聞いておこう。」
「今はテムと呼ばれています。」
この名前を名乗るのは初めてだと思う。
「そうか。テムか。」
「はい。では、人を待たせているかもしれないので
このあたりでお暇させていただきます。」
テムはすっかり暗くなった外を見ながら席を立った。
「そうか。連れがいたのか。悪いことをしたな。」
「いえ。勉強になりました。」
「また、なにかあれば寄るといい。」
「ありがとうございます。あ、あなたのお名前は?」
「ラデルだ。」
「ラデルさん。お世話になりました。」
「おう。気をつけてな。」
ラデルの見送りを背に、今しがた手に入れた情報をシルウィと共有すべく
二手に分かれた地へと歩を進めていった。
しかし、ラデルはまだ何か伝えていないことがあるような顔をしていた
ような気がした。
ただ、言い出さなかったので大したことではないと思うが。