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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第二章 因果の仮面に怯えるは
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その女、不運

「あの…。大丈夫ですか。」


「お、お気になさらず。いつものことですので。」


この目の前に広がっている惨状を『いつものこと』で

済ませる彼女は手慣れた手つきで片づけをしていく。

しかし、その様子を見ていると片づけたそばから別の机とぶつかっては

ひっくり返し、最初よりも広い範囲で散らかっていった。

しかも本当にいつものことらしく客からは笑い声や声援が飛んでいる。


「今日もよくやるなあ!」

「また、片づけ大変だなっ。」


すると…。


「おい!誰だ、アスティにホールの仕事やらせたのは!?」


そんな騒ぎを聞きつけてか店の奥からがっしりとした体格の

男が叱責とともに現れた。

口から顎まで立派な髭を生やした彼は責任の追及先を求めて

ギラリと他の店員を睨み付けた。

しかし、はっと我に返り扉に刺さったナイフを見ると

テムとリナリーに深々と頭を下げた。


「申し訳ねえ。こいつがとんだご迷惑を…。」


「いえ、気になさらなくても…。」


「いいや、そんなわけにはいかねえ。

何かさせてくれ。」


かなり律義な人らしく一歩も引くまいと一向に頭を上げない。


「あ、じゃ、じゃあこの店が終わった後でいいので

お話を聞かせてください。」


「…?それは構わないが、そんなことで?」


「はい、それで充分です。」


あの老婆から聞いたものの酒場にきていきなり

「魔女はいませんか。」など聞けるはずもなく

テムにとっては好都合だった。


「そうだ、飯だけでも食べてってくれ。」


彼の提案はちょうど腹の虫も準備運動をし始めていたテムから

してみればありがたいものだった。

その言葉に甘えなるべく端へ、

一人の老人の近くに座った。


「ここは初めてかい?」


「ええ、そうです。この村に来たのも。」


暇を持て余した老人がその時間つぶしためのように

自然にテムに話しかけてきた。


「お嬢ちゃんは妹なのかい?」


「…?」


もちろんリナリーに尋ねても通じることはなく

テムにその説明をせざるをえなくなった。


「はい、この子は妹です。えっと、耳が聞こえないんです。」


「そうか、かわいそうに。」


彼は目を細めながらリナリーの頭をなでる。

その様子を見てとっさについた嘘に罪悪感を

抱かないでもなかったが、本当のことを説明するのには

心理的抵抗が大きかった。

リナリーの頭がなでられている手と一緒に

揺れていた。


「珍しい客もいたもんだ。」


そう一言、言い残すと彼は席を立ちふらふらとどこかへ

歩いていってしまった。見た限りお代を払った様子はなかった。


酒場というだけあって店を閉めるまでにはかなりの時間を要した。

はじめは店から出される料理の美味しさに感動すら覚え、

夢中で頬張っていたのだが食べ終わってしまうと

とにかくやることがなかった。

『驚愕の魔女』と呼ばれるような人も見当たらないまま

ひたすらに人間観察を続けるばかりだったのだ。

最後の団体が帰るころにはリナリーは机に突っ伏して

寝てしまっており、かく言うテムも堅い椅子から腰を放し

意味もなくそこらをふらふら歩いていた。

こういう時、ゲームやらスマホやらを触って時間を潰すのだろうが

そういうものが存在しないと普段より時間が長く感じられる。

ありていに言えば、ものすごく暇なのだったのだ。

そうして夜は深くなった。


「待たせたな。」


先の図体のでかい男が再び店の奥からやってきた。


「いえ、こちらからお願いしたことなので…。」


「それで何が聞きたい?まあ、そうは言っても

話すようなことはほとんどないがな。」


「単刀直入にお聞きします。

『驚愕の魔女』と呼ばれる人のことをご存知ですか。」


「驚愕の…。ああ、それならあいつのことだろうよ。

おおい、アスティーー。」


「はーい。」


彼の声には一瞬の驚きと戸惑いが入り混じっていたが、

店の奥に向かって名前を叫ぶときにはすでにその様子は

払拭されていた。

店の奥からは女の人の声が返ってきた。

しかもその名前にも、その声にも聞き覚えがある。

しばらくすると先ほど盛大にずっこけた女性が

急ぎ足でかつ先と同じ失敗をしないようにスカートを

指で摘みながら歩いてきたのだ。

パッと見では優雅に歩くお嬢様のような立ち振る舞いなのだが…。

彼女がこちらにたどり着く前に再び騒がしく音を立てた。

同時にその音に驚いてリナリーも目を覚ましたようだ。


数秒前、彼女の歩く先にネズミが横切ったのだ。

彼女はそれを踏むまいと足の着地位置をずらしたところ

バランスを崩し、その瞬間に軸足を捻って床に崩れ落ちた。


「いったあ。」


「アスティ、ゆっくり歩きなさい。」


意外にも彼の言葉は優しかった。

彼の言葉を受け、彼女は机を支えに立ちあがると

捻った足を引きずりながら男の横に並び立った。


「こいつが『驚愕の魔女』だ。」


そういうと男はアスティの頭の上に手を置いた。




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