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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
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女神か悪魔か

<暗い。>


そう思ったが、それを音にすることは出来なかった。

それどころか、その手段も今となっては思い出せない。


<今までどうやって声を出していたっけか。>


しかし、よくよく考えてみると目の前の暗黒を認識することはできても、

それ以外の感覚という感覚は皆無であった。

自分の輪郭が感じられないのだ。

その事実を悟った途端、急に底知れぬ恐怖に襲われた。

自分の存在を確かめることのできる実体が存在せず、

意識だけが不確かな状態で彷徨っているのだと直感した。

しばらくの間は不思議に思っていただけだったのだが、

このままではふとした瞬間に消えてしまうのではないかという不安に駆られたのだ。

さらに自らを覆う影がそれを増長させる。

その不安に呼応して


<消えたくない。>


と、いつしか願っていた。

その強い思いだけが自分の存在をぎりぎりのところで支えているように思える。

するとほんの刹那、一人の人間の姿が意識に上った。

おそらく女の人だっただろう。

見えたわけではない。

そもそも何かを見る眼球が存在しているかも定かではないのだ。

だからと言って記憶というにははなはだぼんやりし過ぎている。

姿形があったようには思えない。

ただ、感じたのだ。

いや、想ったのかもしれない。

その次の瞬間、自らの意識が激情に揺さぶられた。

言葉で正確に言い表すのは不可能だろう。

忘れたいくらいの怒りと後悔に肩を震わせるような、

消えてしまいたいと思うほどの罪悪感のような、

そして、自然と心に熱を帯びるような懐古の情にも近しい何か。

しかし、それはもはや苦しさと言っても差支えないものだった。

この気持ちから逃げたくて、それでも捨てたくはなくて

そんな矛盾の中でひたすらもがき続けた。

それが長らくの間、続いていただろう。


「やっと見つけた。」


突然聞こえた女性の声は優しさと歓喜を垣間見せ、

同時に自分を苦しさから救い、安堵で包んでくれた。

声の主こそいわゆる女神なのかもしれないとさえ思いもした。

さらにその声は続けた。


「あなたの願いを叶えます。

その代わりに一つだけ私のお願いを聞いてください。」


意思表示もままならないときに言われても、と思う。

前言撤回。実は悪魔かもしれない。

甘い言葉で誘惑し、魂で取引させる悪魔。

今回に限っては問答無用で取引成立。

本来ならかなりの悪徳商法である。

声の主はさらに続ける。


「では、また後ほど。

詳しいお話はその時に。」


案の上、取引は成立してしまったらしい。

いや、それでも不安や苦しみを取り除いてもらったことには感謝はしよう。

悪意は感じられなかったので、とりあえずはこのまま身を任せてみよう

と諦めることにした。

どちらにせよ、こちらに決定権もなさそうだ。


そのあとの出来事は一瞬だったと思う。

何か強い力に吸い寄せられるように、

自分の意識が明るい方へ、光のある方へと走っていくようだった。








目を開くと眼前には見慣れぬ高い天井があった。

意識は寝起きのように定まらず、体が重い。

しかし、その重みには何だか嬉しいような安心感があった。

そしてもう一つ、絶対に試さねばならないことを思い出した。


「あ、あ、あ。」


声がでる。今はこの発声するときの喉の振動が心地いい。

すると突然、誰かに頬を撫でられる感覚を覚えた。

ちらっと横を見ると金色の髪の少女が椅子に座ってこちらに微笑みかけている。

その顔立ちはかなり整っており、見入ってしまうほどであった。

そしてその少女は口を開いた。


「許してね。これで最後になるかもしれないから。」


そういうと、彼女は頬にあてた手を首元へ滑らせ、そっと少年の唇に自らの唇を重ねた。

少年はとっさの事に戸惑い、思考を停止させてしまった。

それはものの数秒の出来事だったのだろうが、

少年には数十分、数時間続いていたように思われた。

やっと唇を離した少女の頬は紅潮しているようで、

またその瞳はうっすらと涙を浮かべているように見える。


少年は驚きのあまり、混乱してどうしていいのかわからず黙ってしまった。

少女はそんな少年を見て再び微笑みかけ、今度は手で少年の目を覆うと、

少年の意識はゆっくりとその場から消えていった。











はっと目を覚ますと、視界に入ったのは先ほどとは異なる天井だった。

明らかに天井の高さが違ったのだ。

今回はどうも木でできた小屋の天井みたいに見える。

そうして場所が変わったことについて少年が考えている間に

少年が目を覚ましたことに気付いてか、声をかけてくる者がいた。


「目が覚めましたか。」


聞き覚えのある透き通った声だ。

声の方に目をやるとそこには先ほどと同じ少女が椅子に座っていた。


「うん。」


少年は、ひとまず体を起こしながら素直に頷いた。


「お体の調子はいかがですか。」


少女が心配そうな顔で聞いてきたので、

少年は右手を握りしめたり開いたりしてから、

上半身が自由に動くか軽いストレッチをすることで確認した。


「はい。大丈夫そうです。」


そう伝えると、少女は安心したように笑みをこぼした。

その様子をみて少年は今どのような状況に置かれているのか尋ねることにしたが、

何から聞けばよいかわからず、とっさに思い浮かんだことを口にしてしまった。


「僕はどうしてここにいるんでしょうか。」

<何だか哲学的な質問に聞こえなくもないが、この際しょうがないか。>


「ふふ、哲学的ですね。」


彼女の返答に少年は何だか心を見すかされたようで少し動揺した。


「そうですね。それを答える前にまずは敬語をやめましょう?」


少女のその提案は少年にとって戸惑いでしかなかった。

初対面でいきなりタメ口というのには少し抵抗があるし、

唐突過ぎて提案の理由がわからなかったからだ。

また、そういう少女自身が敬語を使っているため、

あまり乗り気にはなれなかった。

少年が肯定的ではないと判断したのか、少女が再び口を開いた。


「わかり…コホン。わかった。まずは私がやめるわ。それでいい?」


「うん。じゃあ、そうし…そうするよ。」


少女にそこまで言わせて従わないのは失礼と思い、合わせることにした。


「それで、あなたがここにいるわけだったわね。ここに来る前にどうなったかおぼえてる?」


少年は逆に質問されたことに焦ったが、少女が返事を待ってくれたため

一度落ち着いて思い出すことができた。


「たぶん、車にはねられた。それで、死んだと思ったけど。

さすがに、少なくとも大けがはしたはず。」


そこで少年は疑問に思った。

自分が怪我をしているようには思えないからだ。


「そう、覚えているのね。まあ、ほぼ成功ね。

落ち着いて聞いてね。信じられないかもしれないけどあなたは一度死んだのよ。」


その言葉を聞いて少年は黙ってしまった。


「驚かないのね。」


「そんな気はしてた。気のせいかとも思ったけど。」


まだ暗闇の中での記憶がわずかに残っていたため、

自然と納得してしまった。

しかし、そうなるともう一つ疑問が湧いてくる。


「じゃあ、ここはどこなの。天国?地獄?」


そう尋ねると少女は困ったような顔をして答えた。


「えっとね、今度こそ信じられないと思うけど、あなたから見た異世界ってやつよ。」


初めての衝撃だったかもしれない。

【異世界】

小説などの物語の世界ではよく聞く単語だけれど、

まさか本当にあるとは思わなかった。

ただ見方によっては天国や地獄だって異世界のようなものだし、

夢や並行世界だってその一つかもしれない。

絶対にないとは言い切れない。


「それは驚いた。だけどそれをいきなり信じるっていうのは難しいかも。」


「それについてはあとで証明するわ。他にも聞きたいことはあるでしょ?

まずはそちらを遠慮なくたくさん聞いて。」


正直少年は、異世界が本当かどうかわからない以上、

少女が本当のことを話すのかは怪しいと思っていた。

しかし、次の瞬間、少年はまたしても驚かされた。


「そんな。私が信じられないっていうの。」


少女が放った言葉だった。

明らかに少年が考えていることが分かっているような口ぶりだった。

偶然かとも思ったが、それにしてはさっきから違和感が多い気がした。

<少し鎌をかけてみよう。>


「君、心が読めるんだね。」


「そ、そんなことできるわけないじゃない。」


<少し焦っているようにも見えるが、これでは確信には至れないか。>


「あなたは誰?」


「いやん、初体験の相手を覚えてないの?」


「そんな覚えはないっ。」


「人を招くのが、よ。」


<まぎらわしいっ。>


「なんで僕はここにいるの?」


「私がお願いをするためよ。」


「どんな?」

<そう言えばこの子、きれいだなあ。>


「え、やだ。きれいだなんて。」


「………。」


決定的だった。

少女は容姿を褒められたことが嬉しいのか、少し照れているように見える。

自分のミスに気づかずに。

しばらく彼女を見ていると、少女は少年の視線に気づきはっと我に返り、

自らの犯した過ちに気づいたのかみるみるうちに赤面した。


「いじわるっ。」


そうやって拗ねる彼女は少しばかり可愛らしく思えた。


「君、心が読めるんだね。」


少年は最初と同じ質問をした。

少女は観念したようで、はい、と素直に頷いた。


「でも、ひどいよ。きれいなんて嘘までついて。」


「嘘じゃないよ。本当にきれいだと思ってる。嘘ならわかるでしょ?」


事実、彼女はかなり整った顔立ちをしているうえに、

本来の歳よりも大人びた雰囲気をもっているように思えた。

本当の歳なんて知らないけれど。

少年の言葉を聞いて、少女はさらに赤面している。

言われ慣れていそうなものなのに、と思わざるをえないのだが。


その後、頭を冷やしたいと少女は部屋から出ていき、

しばらくしてから何もなかったように戻ってきた。


「それでは仕切りなおして、質問どうぞ。」


少し悪ふざけが過ぎたかもしれないと反省し、

真面目に考えることにした。

ただ、その事実は驚きだが、少女が人の心を読めるということが分かったので

ここが異世界であると仮定して話を聞くことにした。

もしかしたら異世界だと信じさせるために計算しての行動だったのかと

思ってはみたが、それ以上は突っ込まないほうがいいと思った。


「えっと、じゃあお名前は?」


「シルウィ。シルウィと呼んで。」


「わかった。僕は、あれ、名前…。」


少年はどんなに頑張っても自分の名前を思い出すことができなかった。

十五年以上その名で呼ばれていたはずなのに。


「思い出せないでしょ?名前は体と魂を繋ぐ記号だから。

魂が他の体と結ばれるときに不要になるんだって。

だから魂が体から離れるとき、勝手にその記号をそぎ落としちゃうそうよ。

だから、私が名前をつけてもいい?」


そんな詭弁のようなことを並べられても信じられないのだが、

思い出せない以上元の名前を諦めるしかなかった。

しかし、不思議とそれ自体に抵抗は感じられなかった。


「そうだな。名前がないってのも不便だし。お願いするよ。」


「じゃあ、どうしっよか。」


シルウィはしばらく悩んだ末、「テム」という名前をつけた。

特に意味はなく、なんとなく思い浮かんだらしい。

強いて言えば響きがかわいいとか。


「じゃあ、改めてよろしくね、テムくん。」


「うん、よろしく、シルウィ。」























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