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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
16/21

新たな仲間

人ではなくなった彼女の体はグッと下方に沈み、

またその重みはテムに死の事実を突きつける。

テムは彼女から託されたものを頭に思い浮かべ

再び胸の中で誓いの言葉をたてた。


彼女が倒れてしばらくすると、金属をぶつけ合うような、

鉄の鎧をドミノ倒しにするような騒がしい音が鳴り響いた。

それも一つや二つなんてものではない。

聞こえてくる方向から考えておそらくは闘技場から、

つまりあの兵士たちが一斉に倒れ始めたのだろう。

そしてそれは魔法が解けたことを意味している。


そしてテムはこの瞬間に本来の目的を思い出した。

それに加えて、テムの中ではもう一つの想いが芽生え始めていた。


「あの子、リナリ―を救おう。

これは僕の自己満足かもしれないけれど、

できればこの人の想いにも報いたい。」


シルウィは返答として音にはしなかったが、肯定の笑みをテムに向けた。


「ただ、救うにしたって何が正解なんだろう。」


現状ではテムが何をすべきかは定かではなかった。

リナリ―を旅に連れて行こうとは言ったものの、

それは彼女をこの生まれ育った場所から引き離すことに等しい。

彼女の意思さえ確認できれば話は別だったが、

今はそれを確かめる術は生憎と持ち合わせてはいない。


テムの中でだんだんと焦りが思考を妨げるようになっていた。


「あるかもしれない。」


シルウィが何かを閃いたようにつぶやいた。


「あるっていうのはリナリ―と話しをする手段がってこと?」


「そう。」


テムにはその方法に見当もつかなかったが、

彼女はそれに心当たりがあるみたいだ。

もしかしたらそんな便利な魔法があるのかもしれない。


「ちなみに、魔法なんかじゃないわよ。」


「そ、そうですか…。」


そんな都合のいい話はないみたく、

思いついたそばからあっけなく一蹴される。


「この人が冷静であったことを祈るわ。」


偉大なる元魔女の遺体を部屋の隅に横たえ、

二人は急いでリナリ―の元へ向かった。


「でも彼女には言葉が通じないんだよ?

魔法もダメとなると…。」


「厳密には違うの。」


シルウィはテムの言葉を遮り、訂正する。


「今のところわかっていることは、

彼女に通じないのは少なくとも音声言語だけよ。」


「…?ああ、なるほど。」


彼女の言葉を聞き、

その可能性に思い至らなかったことに恥ずかしさすら覚えた。

確かにリナリ―の生きる環境に音声言語、

つまりは話し言葉、お喋りは存在していなかった。

しかし、文字はどうだろう。

城内で暮らしている限り、

書物に書類と文字を見る機会は少なからずあったはずだ。

それに文字が読めなければ母から手紙を受け取ったところで

なんの意味もなさない。

そう考えれば、彼女の母が

リナリ―に何かしらの教育を施していても不思議はない。

それどころか可能性としては十分に高い。


すると道中、廊下を足早に歩いてくるものがいた。

城内の人が目を覚まし始めたのかと思ったが、

未だに周囲は静寂で包まれていたため、

彼が真っ先に意識を取り戻したのだと理解した。

既にテムと面識のあるあの老紳士だ。


「おはようございます、とでも言うべきかな。」


その老紳士はテムの前まで来て、

息を整えるためか大きく息を吸った。


「失礼しました。あなたのお力になれないかと

ここへ参りました。。」


その言葉に少なからずテムは驚いた。


「僕のことがわかりますか?」


「ええ、もちろんです。お客人。

それとあなたがあの方の恩人であることも。」


どうやら状況を把握している口ぶりなのだ。


「体こそ操られど心まではそうはいかなかった、

というところでしょうか。」


「まさか意識はずっと残っていたんですか?」


「おっしゃる通りです。」


「他の人も?」


「それは私にはわかりかねます。」


テムはその可能性を全く予想だにしていなかった。

あの魂の抜けたような様態から意思が感じられなかった

というのもあるが、それよりももう何年も体だけが意思に

反して操られていたところを想像すると、

その魔法が思ったよりも残酷なものに感じるようになった。


しかし、この老紳士からは魔女に対する恨みや憎しみといった

ものは感じられず、それどころか慕っている気すらある。

無理矢理働かされていたとは思えない彼の態度に、

テムは戸惑いの色を隠せなかった。


「あの、あなたは魔女を恨んではいないのですか。」


そう尋ねると彼は一瞬驚いた顔をしたと思うと、

次には目を伏せてしまう。

その様子は昔を思い出して悔いるような

そんな悔恨の念を連想させた。


「そう思われるのは仕方のないことかもしれませんが、

不思議と私には彼女にそんな気持ちはございません。

少々この老人の昔話を聞いていただけませんか。」


テムは黙って頷いた。


「あの方は人生の大半を一つの部屋で過ごしていました。

貴族の方針故か魔女は代々そのように扱う決まりになっていたのです。

私はその見張り番を長らく務めていました。」


テムは彼女、元魔女の日記を見る限り見張り番がいることなど

一切触れられてはいなかったので、その存在は驚きだった。


「私は彼女が生まれた時からその成長を見守ってきましたが、

どうにも哀れで仕方がありませんでした。だってそうでしょう。

子どもの頃から部屋に閉じ込められ外の世界を知らずに生きていく

ということですから。」


やはり彼女はあの部屋に閉じ込められていたのだと、

機を待たずして先ほどの答え合わせになった。


「そして彼女が一度だけ外に興味をもって、

こっそりと部屋を抜け出したときはある種の成長を感じたものです。

それも後に脱走がばれて彼女は大層なお叱りを受けてしまいました。

もちろんそれを見逃した私も大いに怒鳴られ叱られましたけどね。

それでも彼女に外の世界を見せてあげられたことはこのお勤めの

中で唯一誇れるものになりました。」


どうしてか、彼の言葉の端々からは見張り役としてではなく

彼女を心の底から想う気持ちが垣間見える。


「そして彼女はずっと一人でこの国の発展のために力を尽くして…。

いえ、違いますね。貴族の連中に利用され続けました。

私は長らく見守ってきたからこそ彼女には

同情と何もできない自分の無力さ、罪悪感を抱いていました。」


彼はその時の気持を思い出したように

奥歯をグッと噛みしめるようなそんな表情をしていた。


「のちに彼女は結婚し子どもまで授かりましたが、

彼女の部屋から聞こえてくる寂しさを訴える泣き声と

苦しみ悶えるうめき声は今でも私の耳を離れません。

私はいつしか彼女のためになにかできないかと

必死になって考えるようになりました。

結局私ごときにできることなどありませんでしたが。

そんな中この事件が起こったのです。

気づいたときにはもう城の中は今と同じ光景が流れていました。

私も初めは驚きましたよ。なにせ体が勝手に動くものですから。

それでも彼女の役に立てることができてとても嬉しかった。

また、同時に彼女の娘のお世話もさせていただいておりました。

それは今まで何もできなかった自分に廻ってきたチャンスだと

思うようになりました。」


事の経緯を話す彼の言葉はだんだんと熱を帯び始めていた。


「彼女にとって、

彼はいつもそばにいる普遍の存在だったのかもしれないわ。

彼女の暮らした部屋同様、景色の一部になって、ね。」


シルウィがどこか安堵した表情で自らの考えを述べた。


確かにそうでなければ自分を裏切った者と同じ『男』に

自分の娘の世話をさせようなんて思わないのかもしれない。

日記に見張り役に関することが記述されていないのは、

彼がそこにいることが当たり前で、

もはや日記に書くほどのことではなかったのかもしれない。

魔女の中では彼に対して、

奇妙な形の信頼が寄せられていたのではないか。


シルウィが言いたいのはそういうことなのだろう。


「そして私がこのように動けるようになったということは

あの方はすでに…。」


「はい。」


目の前の老紳士は予想とは裏腹に穏やかなものだった。

テムとシルウィ、老紳士の三人はそれぞれの事情と置かれている

環境を説明しながらリナリ―が眠る部屋へ移動した。


「なら、この子は文字を?」


「はい、少なくとも理解することはできます。」


「よかった。」


「きっとあなたについていきますよ。確認するまでもなく。

この子があなたをここに連れてきたとき本当に嬉しそうだった。

それに私もこの子にはもっと外の世界を見てきて欲しい。

あの方の分まで。どちらにせよここに残してまた貴族に利

用されるのだけは何としてでも阻止しなければいけません。」


この人ならばなんとかできるかもしれない。

この子の帰る場所と母の名誉を守ることが。

テムは一つの可能性を信じて彼に助けを乞うことにした。


「あの、あなたにお願いしたいことがあります。」













「おはよう、リナリ―。」


目を覚ました少女に呼びかけるが彼女は首を傾げただけだった。

やはりだめか、と今度は白紙に同じ言葉を書いて見せた。

すると彼女の顔はみるみる内に晴れ、

目を輝かせてテムの顔を見る。

彼女はこくっと頷いた。


『僕たちはこれから旅に出ようと思う。』


この字を見せると今度はぶんぶん首を振ってテムの服を掴み、

大きな瞳には既に涙を浮かべていた。

テムは笑って彼女の頭に手を置く。


『君も一緒に来てくれない?』


彼女の大きな瞳をさらに開き、表情を固めた。

何を言われているかわからない、と言っているように。

次の瞬間、彼女はテムから紙とペンを受け取り

ゆっくりと確かな文字で『喜んで』と書いた。


『決まりだ。僕の名前はテム。よろしく。』


『不束者ですがどうぞよろしくお願いします。』


少女はそう書くとぺこりと頭を下げた。

テムはその言葉遣いに少々、いやかなり衝撃を受けていた。








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