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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
15/21

真相 ―解釈編―    

テムが日記を手にしその女性の顔を見ると、

彼女は黙って頷いた。

テムは渡された日記を開いた。

最初のページ、最初の言葉はよれよれの字で、

『今日は初めて文字を書きました』と書いてある。

テムはその文字を見て、まるで子供が書いたような字という印象を受けた。

その下には『お父さん、ありがとう』という文字が書かれており、

なにについての感謝なのかはわからなかったが、

これだけを見れば良好な親子関係を築けていることがうかがえた。

それからしばらくは本の感想や蜘蛛の話題ばかりで、

なんというか、平和な日常という感じだった。

実際ここまで読んだ限り、目の前の女性が何を伝え

たいのかがさっぱりわからない。

一度目線を彼女に移すと、続きを読めとでも思っているのか、頷いて返す。

再びテムが読み進めると、

突然、びっくりするような内容が目に飛び込んできた。

『お母さんは私を捨てて逃げた。なんでかな。』と記されているのだ。

なんの前触れもなくそんなことが記されているが、

これ以前にも以降にも母に言及することはなかったため、

おそらくこの時よりも前に母に捨てられており、

この時にその事実を知ったということが想像できる。

この日記によると、これからしばらくして彼女の人生は二転三転する。

彼女はあるとき突然結婚をした。

これもやはり結婚に至るまで、

結婚や付き合っている人について触れられてはいなかったため、

急に決まったことなのだろう、と考えられた。

この日記の持ち主はその結婚自体にはかなり肯定的な様子であったが

一つ気になる点があった。

『外の世界はやっぱりすごかった。』という言葉。

おそらくはこの際にラデルは魔女を目にしたのだろう。

それにしても日記だけで判断すると、持ち主は部屋から出ていないと

判断できる。さらに言うと、

この『お父さん』に軟禁に近いことをされているように見える。

前言撤回。この家庭は甚だ異常かもしれない。

そして結婚を機に仕事を頼みに来るのは、

ディランという夫に変わっている。

それからの彼女の心境は稀に前向きなものもあるが、

ほとんどが『寂しい』という言葉でページが埋め尽くされていた。

ここまでこればさすがに彼女の置かれた環境が想像できる。

やはり彼女は部屋から出ることを禁じられている、

もしくは出ないように洗脳されている。

そしてある出来事を機に彼女の様子は変わっていった。

その転換点は『彼の愛を体で感じた』行為。

明確に記されているわけではないが、

後の妊娠につながることから体を重ねたのだろう。

そして妊娠により心も体も弱りはて、

死が迫っているような感覚に襲われた。

そんな時に知ってしまった『彼ら』の裏切りと病の事実。

おそらくは夫か父が関与していたのだろう。

ともすればその両方かもしれない。


テムは日記の持ち主からの悲痛なメッセージを受け取り日記を閉じた。

最後のメッセージは今までのように丁寧な文字ではなく、

悲しみに任せて、怒りに任せて書いたように字が走っていた。

彼女のその時の心の叫びが聞こえてくるようだった。


『とんでもない過ち』が何を指すかは定かではないため、

テムはその後を憶測するしかなかった。

まずは夫と父親を殺害、もしくはこの城から遠ざけた。

こう考えるのはごく自然なことで、

娘の近くに憎んだ相手を置いておくだろうかということだ。

そして、娘の世話と城の状態維持のためにもともと働いていた

人を操った。また、万が一暴動が起きたり、他国からの侵略を受けた

場合にそれに対処するための人員確保のため一度目の魔女隠しが起こった。

こればっかりは直接本人に聞いてみるほかないが、

もしそうであるとすれば、自分の子どもに対して並々ならぬ愛情をもって

「なにがなんでも、他を犠牲にしてでも我が子を守ろう」という意志の表れ

なのだろう。一方で、最も愛する者から裏切られた彼女は人間に対して、

それも男性に対して強い憎しみをもっていても不思議ではない。

その単なるとばっちりとして一度目が起こったのかもしれない。

テムが部屋の外にいるシルウィに質問をする。


「傀儡の魔女ってさ、

いずれ目を見なくても魔法をかけられるようになると思う?

それも一斉に多くの人に対して。」


「ええ、おそらく可能だと思うわ。

歴史の中では大軍をまるまる操ったという伝説もあるくらいだから。」


「それはおっかないな。」


それを聞いてはっきりしたのが、

時系列的に考えて先代の魔女が一度目の魔女隠しを行ったということだ。

しかし、何の因果か、

この流れは本当に【ハーメルンの笛吹き男】に類似している。

先代魔女はこの国の代表ともいうべき者に騙され利用され、

報酬としての『愛』を受け取ることはなかった。

その腹いせのためか我が子に対する愛情故か、

魔法を使って上層の男性をことごとく連れ去ったのだ。

そして、洞穴を岩で塞ぐように天層への道を閉ざした。

今回の場合は、【首都オンリの笛吹き女】といったところだろうか。


そして笛を吹いた女はこの女性だろう。

あの黒い服装は喪服、というのは考え過ぎだろうか。

彼女は死してもなお、近くで我が子を見守ろうとしたのではないか。

この人は死ぬ瞬間に自分にさえ魔法をかけたのかもしれない。

腐敗、に関しては魔法のおかげにしておけばいいだろう。


「そうね。それと死してなお発動し続ける魔法なんて

私は知らなかったけど…。おおよそそんなところだと思うわ。」


そしてテムはその女性から一通の手紙を受け取った。

宛先には『愛するリナリーへ』と書かれている。

託されたのだ。あの子を、そしてあの子の未来を。

これは彼女から娘への最初で最後のメッセージとなるだろう。

この女性が襲ってきたのも、日記と手紙を託すに値する相手かを

見定めるためのものだったのかもしれない。


テムは日記と手紙を託されたことの意味を理解し、

そのうえでこの言葉しかないと思った。


「大丈夫です。僕が彼女を一人にはしません。」


テムがそう言うと彼女は微笑み膝から崩れ落ち、

彼女が床に倒れこむ前にテムが支える。

そして、彼女はテムの首に腕を回しグッ引き寄せキスをした。

彼女の想いが、感情が自分の中に流れてこんできた気がした。

それは愛を欲した彼女の最後のわがままだったのかもしれない。


「なっ。」


後ろでシルウィが声を上げる。

そして我が子を見守り続けた優しき母の体は動かぬ遺体に戻った。

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