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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
14/21

真相 ―語り編―

前話に「首を絞める手は信じられないくらい冷たかった」という文章を追加しました。

「つまんない…。」


少女は部屋に一人でいた。

それも朝からずっと。

しかし、今日が特別というわけでもなく、

物心ついたときからこの狭い世界から出てはいない。


一度だけ、こっそり部屋を抜け出して外に出たことはあったけど、

その時は父にこっぴどく叱られたものだ。

その時の父の顔と言ったら…。

まるで鬼の形相であった。

そんなことがあってからというもの、

この部屋を抜け出すのが恐くなってしまったが、

それでも一度見た外の世界の記憶はキラキラしていた。

上を向けば青がいっぱいに広がっていた。


窓のない部屋で少女は外の世界に恋い焦がれながら、

自分のいる部屋を見渡すと、

その部屋にはぬいぐるみのような少女が好きそうなものはなく、

様々な知識を得ることができる書物であふれかえっていた。

父からもらえるものと言えば、それくらいだったのだ。

風呂やトイレなどは奥の部屋に設置されているし、

服や食事は毎回運ばれてきていたので

生活するうえで不憫はなかったが、

少女にとって楽しい時間は書物を手にとっている時と、

稀に父がこの部屋に来てくれるときくらいだった。


しかし、父は毎回誰か知らない大人の人を連れてきては、

少女にあるお仕事を頼んでいた。


「このお仕事をしたら、また来てくれる?」


これがいつもの父との約束になっていた。

お仕事というのは簡単なもので、

その見知らぬ大人たちの目を見て、

お父さんの言うことを聞きなさい、と言うだけだったので、

こんな簡単なことで父が次も来てくれるというのだから、

喜んで引き受けたしそのたびに頭を撫でられるのも嬉しかった。


しかし最近は書物にも飽き、

ベッドでゴロゴロしていることが多くなっていた。

だから今の彼女にとって唯一の楽しみが、

父の訪問になっていたのだ。

そんな中、少女はあることを閃いた。


「そうだ、私も文字を書いてみたい。」


そして、少女は次の父の訪問の時にお願いをした。

何に使うんだい、と聞かれたので文字を書きたいと答えると

『日記』と書いてある新しく分厚い本とペンをもってきてくれた。


少女は早速その日から、些細なことでも日記に記すようにしたのだ。


『今日は初めて文字を書きました。』


丁寧にゆっくり書いたつもりだったがよれよれな線で

どこかバランスの悪い形になってしまった。

文章もまっすぐではなく右下がりに見える。

しかし、少女は初めての体験に充分満足していた。


『お父さん、ありがとう。』


日記とペンをくれた父に対する感謝の気持を書いた。

少女はそう書くとなんだか嬉しい気持ちになる。


日記を書き始めてからというもの、

毎日がとても楽しいものに変わっていった。

本を読み直してはその感想を書いたり、

部屋で蜘蛛を見つけては『今日は蜘蛛を見つけた。怖かった。』と書いた。

また、別の日に蜘蛛を見つけると、前に見た時と比べながら

『今日の蜘蛛は大きかった。この前の蜘蛛のお父さんかもしれない。』

と書いては笑っていた。


そんな生活が長らく続いたころ、ふと母について気になり始めていた。

父はもう何度も会っているのに、未だに母には会ったことがない。

そんなことを思って父に尋ねると


「お母さんはな、君を捨てて逃げしまったんだよ。」


と答えた。

それを聞いた彼女は、

なんだかとても悲しい気持ちになって自然と涙がこぼれていた。


『お母さんは私を捨てて逃げた。なんでかな。』

そう日記に書くと再び目が熱くなり、その日は一晩中涙を流し続けた。

そのころには、書かれた文字は最初のページのものに比べて格段に上達し、

書くスピードも倍以上になっていた。


それからまたしばらくの時が経ったころ、

父が若い男の人を連れてきた。

その人はいつもお仕事をするときの人とは様子が違っていて、

きっちりして上品な装いだった。

すると父がこんなことを言ったのだ。


「君はこれから彼と結婚をするんだ。」


今まで書物でしかその言葉を聞いたことはなかったのだが、

どうやら父が結婚相手を連れてきたようだった。

少女、いや、もうこのころは立派な大人の女性だった彼女にとって、

それは夢のような出来事だった。

今まで父以外の人とはまともに接したことがなかったため

まさか自分が経験することになるとは夢にも思ってなかったのだ。

『どうやら私は結婚できるみたい。相手の名前はディラン。

彼は優しいしかっこいいし、とても魅力的で素敵な人だったわ。

なんだか言葉で表すのがもったいないくらい嬉しい気持ちでいっぱい。』


その翌日、ちょっと早すぎかとも思ったが結婚式が始まった。

その日は特別に外に出ることも許され、

ひらひらした派手なドレスに初めてのメイク、

まるで自分ではないような姿になり、

今までになく素晴らしい一日になった。

彼と共に城を出て、初めて街に出た。

そこでは見たこともないくらい多くの人が歓声と拍手で出迎えて

くれたのだが、今までほとんどの時間を一人で過ごしてきた彼女

にとってその光景はまるで別世界のようであった。

そして結婚式の最後、

夫との愛を誓いあいキスを交わした。

『今日のことは絶対に忘れない。

初めてあんなにキラキラしたドレスを着て、メイクもして、

そして大勢の人が私を出迎えてくれた。

今でもあの時の歓声と拍手が聞こえてくるようだわ。

しかも初めてキスもしちゃった。

すっごくドキドキしたなー。

それに外の世界はやっぱりすごかった。

見たことのない建物がいっぱいだったし

相変わらず空は眩しいくらい青くて広かった。

こんな気持ちは初めて。感動し過ぎて胸の中が熱くなったわ。』


しかし、それからの日常は思っていたより大した変化はしなかった。

結局はいつもの部屋で本を読んでは日記を更新し続ける毎日。

ただ一つ変わったのは、

お仕事をもってくるのが父から夫、ディランに変わったことだ。

そしてやはり、滅多には部屋に訪れてくれなかった。

愛を誓い合ったはずなのに、

と悲しみに暮れることが多くなっていった。

『今日も彼は来てはくれなかった。

どうしてなの。私はとても寂しいわ。

明日こそ来てくれるかしら。』


『寂しい、寂しい、寂しい、寂しい。』


『今日は彼が来てくれた。

やっぱり彼の顔を見ると心がうきうきする。

今でも初めて会った時のように心臓が高鳴るわ。』



そしてある日、彼女の部屋にディランがやってきた。

どうやら要件はいつもの仕事ではないらしい。


「君はまだ、僕を愛しているかい?」


「ええ、もちろんよ。今でも愛してる。」


なぜ彼がそんなことを聞いてきたのかはわからなかったが

彼女は素直な気持ちを述べた。

するとディランは突然彼女に抱きつき、唇を合わせた。


「んっ。」


驚いて声が漏れる。

その後はあっという間だった。

快楽に身を任せ、一晩中二人は体を重ね続けた。


翌日、目を覚ますと既に彼の姿はなく、

ぼーっとした頭で部屋を見渡し、日記を手に取った。

『書くのも恥ずかしいけど、昨日はすごかった。

初めてだったけどとても気持ちよかったわ。

彼の愛を体で感じた、みたいな。』

そう書いた本人は恥ずかしくなり、頭から布団を被った。


それからは毎晩のように彼が訪れては、二人は体を求め合った。

決まって次の日の朝は体が重く、

日記を手にする気分ではなくなってしまうものの

頭の中は彼への想いでいっぱいになっていた。

しかし、ある日を境にぷつんと彼の夜の訪問は途絶えてしまい、

再び仕事以外では訪れなくなってしまった。

どうしたんだろうと思って訳を聞いても、

今は気分じゃない、と返すばかりになった。

『なぜ彼はまた来なくなってしまったんだろう。

私が何か悪いことをしてしまったんだろうか。

寂しい。一緒にいてほしいな。』


それからしばらくして、

彼女は激しい吐き気に見舞われ、食欲も減退していった。

同時にだんだんと体が弱っていくのを感じ始めていた。

そこでようやく気が付いたのだ。

確か妊娠をしたときにこのような症状が起こる、

とどの書物かで読んだことがあった気がしたのだ。

『どうやら私は子どもを授かったみたい。

彼はたぶんそんな私に気をつかって会いに来ないんだわ。

気分がすぐれないだろうと心配してくれたのね。

それにしても彼との子どもか。

どんな子が生まれてくるのかしら。少し楽しみだわ。』


しかし、そうとわかって以降も

激しい吐き気に悩まされ続け精神的に弱っていった。

体の力もだんだんと衰え、

毎晩悪夢に悩まされるようになっていた。

『私、怖いわ。これは本当に正常な妊娠なのかしら。

もうあまり自分の力で体を動かすのも苦しいわ。

もしかしたら、このまま動けなくなって

死んでしまうのかと思うくらい。』


そしてついにその日が訪れた。


ある深い晩、あまりの苦しさと自分が衰弱していく恐怖に

耐えかね、彼女は久しぶりに自らの意思でその部屋を出た。

夜も深くなり誰もいない廊下を夫か父に助けを求めようと

ゆっくりと歩いていると、どこかの部屋から二人の男の声が

聞こえてきた。


「もうじきか。」


「そうだね、父さん。」


それは明らかに彼女が探している二人の声だった。

声のする方に歩いていくと、ある部屋から光が漏れていた。

そこに歩いていく最中も声が会話が聞こえ続ける。


「あの女が死ねば、今度はその娘を再教育せねばならん。

全く、面倒な話だ。」


不吉な言葉が聞こえてくる。

二人はどうやら変な形のガラスの入れ物に入った

飲み物を酌み交わしているみたいだ。

彼女は扉の前で立ち止まり、彼らの話を聞き続けた。


「まあ、それで王位を守れるなら簡単な話だろ。」


「いいや、子どもの頃から一つの部屋に閉じ込めるっていう

のはなかなか大変だったぞ。」


彼女はどうやら自分の話をしているのではないかと

疑念を抱き始めた。


「そうそう、この際教えておいてやる。

部屋に鍵をかけないってのも一つのポイントでな。

ムリに閉じ込めようとすると逆に外への関心が強くなるんだ。

まあ、一度あの女がこっそり外へ出てしまったときは

さすがに焦ったがな。」


「へえ、そりゃ本当に危なかったな。

そん時はどうしたのさ。」


「ああ、あの時は幸い早く見つかってな。

その時は肝を冷やしたもんだ。

そのあとはこれまでになく恐怖を植付けてやったさ。

今となってはそれが効いてずいぶん楽になったなあ。」


彼女は確信した。

今、彼らは私について話していると。

そして再び耳を澄ませる。


「へえ、まあラッキーだったね。」


「そうだな。」


そう言うと二人は乾杯して飲み物を口に含む。


「時期を考えるとおそらくあと数日といったところだろう。」


「まあ、そうだね。美人なんだけどなあ。

もったいない、魔女でさえなければな。」


魔女。

その単語を聞いて、彼女は疑問に思った。

私は魔女なのか、と。


「それにしてもあの力は本当に便利だよな。

目を見て命令するだけで人を思い通り動かせるなんて。」


「ああ、わざわざあいつの親父を殺して手に入れた価値はあった。」


彼女の思考は一瞬固まった。


いつもの仕事は私が魔女だからできるってこと?

親父を殺した?

お父さんはあなたでしょ?


そういった思いで混乱してしまう。

もう聞きたくないという思いはあったが、

ここで聞くのをやめることはできなかった。


「病、なんだろうな。

もうじき死ぬんだと考えたらもう一度くらい抱いておけば

よかったと思うよ。美人だし、いい体してるからな。

ああ、本当にもったいない。」


ディランのその言葉を聞いてショックを覚えた。

やはり私は病なのだと。

もうすでにそこまで死が近づいているのだと。

そして彼らは私の力を利用していただけなのだと。

にわかには信じがたかったが、

彼らの様子と言葉がその事実を裏付けていた。


彼女は部屋に戻り、泣き崩れた。

本物の愛を信じていた彼女にとって

自分の死が迫ってきていることよりも、

最も愛した二人に絶望的な形で裏切られたことが

自分の身を引き裂いているように感じた。

今まで愛されていると思うことで成り立ってきた心が

悲鳴を上げて崩れ始めていた。

ぼろぼろと涙が零れ落ちて止まらない。

そして彼女は涙をこぼしながら日記を書き始めた。

『今まで私が信じてきたものはなんだったの。

愛を感じる?そんなもの、彼らはこれっぽっちも抱いていなかった。

彼らは私の力を利用していただけだった。』


悲しみに任せて筆を走らせる。

『でもどうやら私は近々死を迎えるみたい。』


その言葉を記した瞬間、

彼女の中にあった孤独の悲しみがあふれ出し、

ついには憎しみに結びついた。

彼女の中に黒々とした感情が渦巻き始める。

『私はこれから怒りに任せてとんでもない過ちを犯そうとし

ています。頭では理解できているのだけど、もうこの気持ちを

抑えることができません。今から、初めてこの日記を見た誰か

に向けて言葉を綴ります。私は何としても、自分の子どもを

産もうと思っています。ここまで苦しい思いをしたのですから

それくらいのわがままは許されてしかるべきでしょう。しかし、

もしかしたら今から犯す私の罪をこの子に擦り付けてしまうか

もしれません。その時はこれを読んでいるあなたが救ってあげ

て欲しいと思います。勝手なお願いなのは十分理解しています。

それでもどうかあなただけはこの子を信じてあげてください。

この子は何も悪くないんです。この子には、愛の溢れた人生を

送ってほしいのです。』


そう綴ると彼女はあの二人の下へ向かった。





二人の男が同時に目を覚ました。

否、目を覚ましたというのは間違った表現かもしれない。

意識を取り戻した、が正しいのだろう。

その場所は天層を囲む壁の上だった。


「ひっ。」


「父の仇のくせに情けない声を出すのね。」


「お前はっ。なんでっ。」


その男は今の状況に動揺し、パニックを起こしており

ディランは言葉を失っている。


「私ね、さっきの話聞いていたのよ。」


「なにっ。」


どうやら狼狽えているようだ。

言い訳を考えているのかもしれない。


「お、おろしてくれ。」


「おろして欲しければ話を聞かせてくれない。」


「わ、わかった。話すっ。なんでも話す。」


「どうぞ?」


「こ、このまま?」


彼女がきっと睨むと男は息を飲みこんだ。


「あ、あれは仕方なかったんだ。」


「じゃあ、本当にあなたがやったのね。」


彼女は冷ややかな目線と言葉をおくった。


「そ、そうだが」


「わかった。ならもう用は無いわ。」


「ならっ。」


「ええ、意識を残したままおろしてあげる。」


そういうと彼女は父の仇である男を指さし、

深い深い溝のそこへ指を向けた。

すると彼の意思に反して彼の足が動き出す。


「やめ、やめろっ。謝罪しよう、この通りだ。」


彼女は聞く耳を持たない。

彼は必死で訴えるが、足は次第に溝に向かう。

そして…。


「助けてくっ」


その言葉を最後に彼は溝に向かって身を投げた。

一時の間叫び声が続いたが、

どさっと言う音と同時にその声は止んだ。


「日記とペンをくれたことだけは感謝しているわ。」


そう言うと彼女は、ディランに向き直る。


「次はディラン。あなたの番よ。」


「僕は君を愛しているっ。本当だっ。信じてくれっ。」


彼が必死に弁解しようとしている。


「あんなセリフを吐いておいて

よくもまあ、ぬけぬけとそんなことが言えるものね。

私を利用していただけのくせに。」


皮肉を込めて言い放つ。


「わ、わかった。でも、愛そうとはしたんだ。

だけど君の死が近いって知ったら踏み込めなくて。」


その言葉が少し心に突き刺さった。

もしかしたら彼は本当に、と。


「もう絶対、君の前には表れないからっ。」


しかし、彼の運命はこの言葉を口にしたとき決まってしまった。

彼女が本当に言って欲しかった言葉は…。


「そう。じゃあね、ディラン。」


彼女が指を指し、

別れを告げた途端ディランは豹変する。


「やめろ、このっ。くそっ。

ちっ、お前がっ。お前が死ねよっ。」


それでも操られたディランの足は止まらない。

彼女は憎しみに囚われた彼の顔を見て、

涙を堪えながら言った。


「嘘でも愛してるって言葉は嬉しかったわ。」


「くそおおおおお。」


そうして彼の姿も闇の底へ姿を消していき、

不快な鈍い音だけを残していった。





















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