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キル・ウィッチ ~かつて捨てた魔法~  作者: 椋木弓
第一章 沈黙の都の笛吹き魔女
10/21

勘違い

彼女の姿はこれまで幾人もの男性を虜にしてきたことだろう。

顔のどのパーツをとっても欠点はなく、全体のバランスも良い。

少しだけ垂れ目気味だがそれがまた優しそうな印象を与えている。

服装はおそらくこの国独自のもので、黒のドレスの上から高級そうなブランケット

を羽織っているようだった。

また上半身は彼女自身の曲線的なボディラインが際立ち妖艶さを醸し出している。

容姿だけで言えば、最も理想的なものの一つになり得るだろう。

かつ、立ち振る舞いには凛々しささえおぼえた。

テムさえもはっと息をのむほどの美しさだった。


しかし、忘れてはいけないのだ。

おそらくは彼女こそが『傀儡の魔女』であることを。

しかも、結局二つ目の不安が的中してしまった。

今襲いかかられたらおそらく対処できないくらいには疲弊していたのだ。


「お初にお目にかかります。テムと申します。」


「右にシルウィと申します。」


2人は礼儀の証として跪いていたが、テムは相手から何かアクションを

起こしてきた時のために、魔法が使えるように身構えていた。

しかし、これといったことは起きず、いくらか時間が流れた。

こういう場面では相手方が頭を上げさせるのが普通なのではないかと

疑問をおぼえたが勝手に頭を上げていいものか迷い結局相手の指示を

待つことにしたのだ。

すると跪くテムの横から少女がつついてきた。

ふと少女を見やると少女は魔女に対してあろうことか指を指していた。

恐るおそる魔女の方を見ると、彼女は微笑んで手招きをしていた。

テムは声をかけてくれればいいのにと思ってしまった。


テムとシルウィの二人は魔女に連れられある部屋に案内された。

そこまで行く途中、少女はもう用済みと言われんばかりに

他の部屋へ移されてしまった。

これでは、一つ目の不安までもが的中してしまったと考える方が

妥当なのではないだろうか。

それでも連れてこられた部屋は牢獄や拷問部屋といった物騒な部屋

ではなく、大きなベッドが置いてあるだけの殺風景な部屋で、

それはいわゆる客室というものだったのだろう。

覚悟していた待遇よりも遥かに優れ、

加えて悪意がまったくといっていいほど感じられない。

ただ、終始無言だったことだけが不可解なだけであった。

魔女は二人に一礼し、どこかへ去ってしまった。


要するに『お疲れでしょうからここでお休みください。』

という親切なおもてなしなのだろうか。

はたまた『ふふふ、油断してるわね。寝ている間に食べてしまおうかしら。』

という邪心溢れる対応なのだろうか。

正直何を考えているのかさっぱり理解できない。

疲れのせいか思考回路もどうやら狂い始めているようだ。

ただひたすらに眠い。

しかし、ここで寝てしまっては危ないかもしれない。


葛藤を抱えながらもテムの体は一刻も早くやわらかいベッドを求めて歩を速める。

少しだけ、少しだけ眠ったら。

自分にそう言い聞かせていながら、目蓋はすでに閉じられてた。


「お疲れさま。ゆっくりお休み。」


シルウィの手が優しく頭を撫でる。


<今それをやられたら本当に…。>


それを言葉にできていたか定かではない。

ただそのすぐあとに眠りに落ちることは必至であった。






スピュールルルー。

この音にはもうさすがに慣れてきた。

ヒブエの声は自分にとって朝を伝える鶏のよう…。


「やばっ。」


もう何度目だろう。

今回ばかりは気の抜き過ぎではないか。


目を開けると横たわったシルウィと目が合った。


「おはよ。」


シルウィが嬉しそうに言った。

どうやら二人とも一応無事だったのでよかったが、

今回ばかりは反省せざるをえなかった。


「ごめん、すぐに寝ちゃったみたいで。」


「いいよお。寝顔もばっちり見れたし。」


「でも。シルウィ寝れてないんじゃないの。」


「そんなことないよ。ちゃんと寝ましたし。」


そういうと彼女はすっと目をそらした。


「本当に?」


「う、うん。ほんとほんと。」


どこか棒読みのようで、かなり怪しかった。

しかし、寝てしまった自分が強気になることはできず、

納得できないながら黙るしかなかった。

すると、コンコンとドアを叩く音があった。


「どうぞ。」


とテムが呼びかけるとガチャッとドアが開いて見慣れぬ老紳士の姿が見えた。

老紳士は一言も発することなく、しかし礼儀正しく廊下の方へ手を向け、

『こちらへいらしてください。』というポーズをとっている。


なんだろう。この城では喋ってはいけないルールでもあるのだろうか。

それともやはり傀儡は喋らない、ということなのだろうか。

そうであればあの魔女が喋らない理由はないのだが。


テムは大人しくついていくことにしたが、

シルウィは少し寝たいと言って客室に残ると言い出した。


やっぱり寝てないんじゃないかと思ったが、

老紳士を待たせるわけにはいかず、諦めてシルウィを置いていくことにした。


昨晩何もされていないことから今すぐ危害を加えることはないと思うので、

大丈夫だとは思うが。


<さて、どんな用だろうな。>


そんな疑った気持ちのままついていくとまたもや予想を裏切られる光景に

出くわした。連れてこられたその場所は大きなテーブルが置いてあるダイニング

ルームだったのだ。老紳士に魔女と対面する席に案内され席に就くと、

順に野菜やらスープやらが運ばれてきた。

それでもやはりその際も喋る者はだれ一人としていなかった。

出された料理はどれも美味で、言っては悪いがラデルさんのところで

出してもらった食事に比べるとどれも質のよいものばかりだ。

不思議なのは自分が食べている間、

魔女は何も食べずにこちらが食べ終わるのを待っていたことだ。

じいっと見られながら食事をするのはなかなか気恥ずかしいものがあった。

テムは食べ終わると手を合わせ静かに『ごちそうさま』と言った。

なぜか周りの人が声を出さないため、

なんとなく自分も合わせることにしたのだ。

郷に入っては郷に従え、というやつだ。

それでもやはり魔女や数人のメイド、執事がいてのこの沈黙は少々不気味に

感じられる。何か意味があるのかと勘ぐってします。

しかし、今のところこの魔女がどうしても魔女隠しを引き起こしている

張本人には見えなかったし、思えなかった。

このまま沈黙を続けていても埒が明かないため、

テムから話を切り出すことにした。


「えっとですね。僕はある人のお願いで魔女を救いに来ました。」


その言葉が聞こえているはずなのだけれどその魔女は微笑むだけで、

相変わらずなんの返答もよこさなかった。

テムはなんとなくわかっており話を続ける。


「確認ですが、あなたは魔女ですよね。」


すると彼女は今までにない反応を見せた。

なんと首を振ったのだ。

そこでテムは自分の犯した過ちにようやく気が付いた。

言い訳がましいが、出逢ったのが昨日疲弊していたときだったため

聞いた証言から彼女が魔女だと決めつけてしまっていたのだ。

また、この城の中で最も身分の高そうな彼女がこの城の主(=国王)だと

思ってしまったことも一つの失敗だった。

これで自分の中で一つの疑問が解消された。

魔女は彼女以外の何者かであり、やはり喋らない者は魔女に操られている

可能性が高いということだ。

どう考えても喋らずに日々を送るのは非効率だし、おかしいと思う。

ならば一つの策としてこの天層の中で喋っているものを探してみよう

という結論に思いいたった。


「あの、天層の中を、この城の中を見て周ってもいいですか。」


この質問にはあっさりOKを出すものだからやはりこの人が魔女なの

かと疑いたい気持ちもやはり残った。


食事のお礼を述べ、客室で寝ているシルウィを迎えに行くと

彼女はすでに体を起こし自分の腕をつかみうーんと伸びて

ストレッチをしていた。


「行くんでしょ?」


「話が早くて助かるよ。」


こういう時はいちいち説明しなくて助かるなと感心した。


「ちなみにあの人が魔女じゃないって気づいてたの?」


昨日のシルウィの発言やら行動やらを思い出すとそう思えてしまう。


「ううん。半々ってとこかな。」


「そりゃ、なかなかギャンブル的な。」


そんな曖昧な答えにテムは驚きを隠せなかった。


二人は客室を出て城の中で喋っている者がいないか見て周った。

その最中に気付いたことなのだがこの城は本当に大きく

かつ珍しい構造をしていた。

なんとこの城、真ん中の敷地に大きな闘技場を設置しており

それをこの城が四角く囲んでいるのだ。

闘技場を城の、国の中心に置く国家は今までの知識にはなかった。

またこの城の中を一周すると天層の中を大体見ることができる

くらい大きく構えているため、魔女が外にいたとしても見つけられる

ようになっていたのだ。

廊下や外では多くの人がせかせかと働いているが、

本当に誰一人として声を発していない。

どう考えても異常なのは明らかであった。

だからといって魔女隠しの被害者が奴隷のように、傀儡のように働かさ

れているかと問われればそこまで男性が圧倒的に多いわけではなく、

消えた子どもの姿も見つけることができない。

それどころか一度目の魔女隠しの被害者である男性の人数を考えると、

天層で働いている男女比は魔女隠しの噂を否定できるほど女性に傾いていた。

また、子どもに関してはテムを連れてきた少女以外は見当たらなかった。


「やっぱり噂は噂だったんだな。」


不可解なことが起きるとすぐに疑われる魔女に若干の同情さえ覚えた。

ヨーロッパの魔女狩りなどはこうした疑心暗鬼があってのものだったのかも

しれないとまで思いふけるようになっていた。

城の中を約一日捜し歩いて、見ていないのは闘技場だけとなったころ、

もちろんすべての部屋を確認したわけではなく、聞き耳をたてながら

廊下を歩き終わった後だけれど、朝呼びに来てくれた老紳士が再び迎えに

来てくれた。あとは闘技場の様子を見るだけだったため『すぐに行きます』

とだけ伝えてその場を去った。


闘技場に行くためには一度外に出なければならず、

すっかり暗くなる時間になったことに気付かされた。

お腹すいたなと思いながら大きな入口をくぐり、

闘技場内全体を見渡すためにシルウィと共に観客席への階段を上った。

全て石やレンガを積むことでこの建物を作ったのかと感激しながら、

階段を上りきると目の前には無駄に広い闘技場の様子を見渡すことができた。


しかし、暗くてよく見えないがなぜか地面が平たんには見えず、

むしろボコボコしているように見えたのだ。

その時、テムは一瞬嫌な光景を思い浮かべてしまった。

こんなことを思い浮かぶのは異常者の証ではないかと思えるが、

一度よぎったバカげた考えを実際に見て確かめる以外に

この妙な胸騒ぎを止めることは不可能だと判断した。

そしてこの時間、この暗さで闘技場を使っている者はまさかいないだろうと思い、

シルウィにあるお願いをした。


「闘技場全体を明るくすることはできる?」


「ええ。」


どうやら彼女にもこちらの考えと不安が伝わったようで、

緊張しているような声を出した。


「じゃあ、いくわよ。」


順に手前から闘技場に光を落としいった。

そしてテムが思い浮かべた悪夢のような光景は、

実際に目の前に具現化したように現れた。



闘技場の中では、

鎧を着た何万もの兵士が互いの体を密着させるように敷き詰められていた。









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