下
サクサク、サクサク。
雪を踏む音。
どのくらいの間、その音を鳴らし続けたかも分からないほど雪音はずっと提灯を頼りに歩き続けていた。
少しずつ、少しずつ雪は弱くなっていき。
雪音が歩けば歩くほど、だんだんと視界が開けていったのであった。
「雪音ちゃん、雪音ちゃん!!」
ふと雪音が気がつくと、おばあちゃんが雪音を大声で呼んでいるのが見えたのであった。
急いで走る。走る。
その間もギュッと提灯の柄を掴んだまま雪音は走っていたのであった。
「おばあちゃーん!」
「……っあぁ! 雪音ちゃん!!」
駆け寄ってきた雪音をギュッ、と抱き寄せるおばあちゃん。抱きしめ返す雪音。
「どこに行っていたんだい…! こんなに心配させて!」
雪音はおばあちゃんを見上げる。
おばあちゃんは心配で心配でといった表情に対し、雪音は笑顔を浮かべていた。
「あのね、あのね、あたし……化狐さんにあったんだよ!」
提灯を掲げる雪音。
おばあちゃんは驚き、そして呟く。
「雪音ちゃんも……会ったのかい?」
「むぅ?」
幼い雪音にはおばあちゃんの言葉の意味がよく分からなかった。
おばあちゃんはそれに気がついたのか、雪音の手を握って歩き出す。
つられて雪音も歩き始める。
「とりあえず、無事でよかった……。お家に帰ってお汁粉を食べてあったまろうね」
「うん!」
「はぁ、おいしーい!」
家に着いて、炬燵に入って身体を温めながらおばあちゃんとお汁粉を飲み終わった雪音。
寒さに晒されいた身体はすっかり温まったのであった。
窓の外ではまた雪が沢山降って来ている。
「おいしかったねぇ、雪音ちゃん。……ねぇ、本当に雪音ちゃんはその……提灯の化狐に会ったのかい?」
雪音は炬燵の中で足をパタパタさせている。
「うん、そうだよ? だってほら……これ!」
そう言ってずっと炬燵のそばに置いていた、化狐に貰った提灯を嬉しそうに掲げる。
「きれいなちょうちん、もらったんだ! きんいろの、かみのけと、め!」
笑いながら提灯を眺める。その様子を見るおばあちゃん。
「あ! そういえば、あたしのことを……ゆきの? ってよんできたよ」
目を見開き、驚いた表情で雪音を見つめるおばあちゃん。そして、ふっと柔らかく笑う。
「雪音ちゃん、本当に会ったんだねぇ……。……おばあちゃんの名前はね、雪乃なの」
「えっ、じゃあ……」
頷くおばあちゃん。
「……ちょうど、それは雪音ちゃんくらいの歳だったねぇ。今日の様な雪の日でね。おばあちゃん、一人で迷ってしまったの。けどねぇ、そこで化狐さんが現れて、暖かい提灯をくれたのよ。それで、寒さを凌いで……命を、助けてもらったの」
懐かしむように、思い出すように。
おばあちゃんはゆっくり話す。
「あたしといっしょ、だね! なまえをおぼえてるくらいだから……ばけきつねさんはきっと……」
瞳を閉じて、笑みを浮かべる雪音。
「……そうだねぇ」
少しの間が空いて、雪音は大きな欠伸をする。
「すこし、ねむくなっちゃった……ねるね、おばあちゃん」
「はぁい、おやすみ。雪音ちゃん」
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
部屋の座敷で座布団の上。
座って本を読んでいる雪音。
背中は丸くなり、髪もまるで雪のようになってしまった。
橙のような暖かな灯りが照らす部屋の中とは対照的に、窓の外では冷たく輝く雪が舞っている。
コンコン。
部屋の戸を叩く音。
「おばあちゃん、はいっていい?」
「いいよぉ」
雪音の居る部屋に入ってきたのは孫の雪次だった。
「どうしたの、雪次。眠れないのかい?」
「……うん」
そう言って雪音の側に寄ってくる雪次。
雪音の隣に座布団を敷きちょん、と座り。
雪音の手元の本を覗き込む雪次。
「なによんでるの?」
「これかい? ……雪次にはちょっと、難しいねぇ」
「むー……じゃあ、おばあちゃん。ぼくにもわかるおはなし、なにかきかせてよ」
唐突な言葉に雪音は考え込む。
そして、思い出す。
窓の外を舞う雪。
暖かな小さな光。
『なにかおはなし、きかせて?』
幼き自分が祖母に聞いた話を。
「そうだねぇ、じゃあ。狐火の提灯という話をしようかね」
「うん、きく! はなして?」
雪次は笑顔で頷き、雪音を促す。
静かに息を吸い、空気を震わす。
「……昔々、あるところに__」
__おしまい。