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翌朝、外に出た雪音(ゆきね)が見つけたのは一面を真っ白に染めた別世界だった。


サク、サクサク、サクサク、サク。

雪を踏みしめて歩く音。


暖かそうな防水の上着を着て、濡れないように長ブーツを履いた雪音。

手袋はしておらず、素手で雪を少し(すく)う。


「ひゃっ……つめたい!」

手のひらの上でみるみるうちに雪は溶けて水になる。



まだまだ雪は降っており、ひらひら、ひらひらと白い花弁が舞っていた。

空を見上げ、口を開けて雪を食べようとする雪音。

そうしていると、おばあちゃんが雪音が忘れた手袋を持ってやってきた。


「おーい、雪音ちゃん! 手袋、はめていないと霜焼(しもや)けになってしまうよー」

おばあちゃんに駆け寄る雪音。手袋を受け取って付ける。


「あ、おばあちゃん! ありがとー! いっぱいあそぶには、てぶくろがだいじだもん」


「ふふ、そうだねぇ……そうだわ、おばあちゃん、お汁粉をね、作っていたんだけど……お鍋を火にかけたままなの。だから、お家に戻らないといけないのだけど、雪音ちゃん、此処で雪で遊んでいてくれるかな」

うっかりしてしまったおばあちゃんの言葉に、雪音はこっくんと頷く。



「うん! ここであそんでるから、おばあちゃんいってらっしゃい!」

「行ってくるねえ。おばあちゃんが戻って来るまで待っていてね、雪音ちゃん」

そう言っておばあちゃんは家に向かって歩いて戻っていった。


サクサク、サク。

雪が軋む音。


ふわり、ふわりと空を舞う小さな光。

こんなにも綺麗な白銀のセカイを雪音は見たことがなかった。


「そうだ! おっきなゆきだるまをつくって、おばあちゃんをびっくりさせよう!!」

思いついた雪音は、小さな雪の玉を作る。


コロコロ、コロコロ。

雪を転がしていく。


少し大きくなった雪玉。

近場の雪が少なくなってしまったので、歩いて雪のある方へ、多い方へと雪玉を転がす。


ゴロゴロ、ゴロゴロ。

転がしていく雪玉。


「からだかんせーい!」

二個の雪だるまを構成する雪玉の体の部分が完成し、頭の方を作り始める。


小さな雪の玉をつくり、同じ手順でコロコロ、コロコロ転がしていく。


少し、体よりも小さめの雪玉を作る。

体の役割の大きな雪玉の上に、頭の役割の小さな雪玉を乗せる。


「よし、かんせーい!! ゆきだるまできた!」


達成感で笑顔になる雪音。しかし、ふと周りを見渡す。見覚えの無い。来たこともない。雪音は知らない所に来てしまっていたのだった。


雪がしんしん、と降り続いている。


「ここは、どこ? ……おばあちゃーん!」


降る雪が、雪音の声を吸い込んで辺り一面を静かなセカイにしてしまう。

右を見ても、左を見ても、上も下も、真っ白。何も居ない。誰もいない。



雪音だけ。



雪音だけが、音の無いセカイで呼吸をして、息づいていた。




堰を切ったように急に風が吹いてくる。

たちまち吹雪のようになり、寒さが一段と冷えた雪音に突き刺さる。


「さむい、よぉ……」

近くに常緑高樹を見つけた雪音は、その根元の雪をかき分け座る。


膝を抱え込み、体を丸めて縮こまる。

吐く息は白く。自分自身の服以外、色の無いセカイでは雪音は息と景色と見分けがつかなかった。



膝に頭を埋める雪音。

「おかあさん……おとうさん……おばあちゃん……どこにいるの」

小さな声は空気にに溶けていく。


雪音の頬を冷たい雫がツツ、と伝う。

「……くっ、えぐっ……ひっく」

寒さと、冷たさと。

見慣れない景色。

それらは幼い雪音を異世界に(いざな)ったかのようだった。


ひとりぼっちに。

今まで感じたことのない寂しさに。

雪が舞う中、雪音の心には雨が降っていたのであった。




そうしていると、静かなセカイに不意に音が生じたのを雪音は聞き取った。


「……、狐……提灯……ら……?」


急いで目元を手袋をとり、手のひらを拭う。

立って木の下から出て辺りを見渡す雪音。


すると、番傘(ばんがさ)を差した大人が灯りのようなモノを持って歩いているのを見つける。

白黒のセカイで彩りを持った雪音以外の存在。ひとりぼっちではないと言う事実に安心感が出る。


サク、サクサク。

雪を踏み分け進む音。


雪音はその人の元に近づくにつれて、声がしっかり聞こえてきた。



「提灯、狐火の提灯は要らんかえ?」



その言葉にハッとする雪音。

(きつねびのちょうちん! おばあちゃんのおはなしにでてきた!!)

雪に構わず、その人に走り駆け寄る。


それに気がついたのか、番傘の人も立ち止まる。


息を切らしながら、白い息を吐きながら、雪音が目の前に来ると、その人は柔らかな優しい女性の声音で話しかけてきたのであった。


少しかがんで、雪音も番傘に入るように少し傾ける。

「あらまぁ、愛らしいコじゃのう。こんな吹雪の日に独りきりで……どうしたのだ?」


雪音がその人を見上げると、金色(こんじき)の髪と瞳を持ち、猫のような耳を持っており思わず雪音は口にする。


「ばけきつね、さん?」


目を丸くするその人。そして、笑みを浮かべる。


「ふふふ、そうだ。怖いかえ?」

そう質問する化狐(ばけきつね)に首を振る雪音。また、ニッと雪音も笑う。

「ぜんぜん! ばけきつねさん、きつねびの、ちょうちんください!!」


笑顔で化狐に言う。

すると、少し静止し驚きを隠さない声音で化狐は問いかける。



「まさか……お前、雪乃(ゆきの)かえ……?」



「ユキノ? だれ? あたしはゆきねだよ!」

聞き覚えのない単語に、雪音は自分の名前を言った。化狐は少し残念そうな、寂しそうな顔をして笑う。


「そうであろうね。人間の時と、我等の時の流れは違うからの……雪乃ではない筈だが、しかし、よく似ておる」


雪音の頬を手でそっと撫でる化狐。その瞳には慈愛の意が見て取れた。


「おてて、つめたぁい……」

「ふふふ。人の子は暖かいの」


さっと、手を引き、懐から灯りの付いていない提灯を取り出す化狐。

上下に伸ばし、中にフッと息を吹き込むとそれが狐火となって灯りになった。


「わぁ……きれーい……!!」

「無くさぬよう、しっかり持っておるのだぞ」

そういって渡される提灯。大事そうに持つ雪音。そっと提灯に手を近づけると、暖かさを感じた。


小さな紙の中の温もりは、冷えた雪音の体と心を少しずつ、少しずつ(ほぐ)し暖めていったのであった。


雪音は気がつく。いつも、物を買うときはお金が必要だということに。

「あ……おかね。あたし、もってない……」

そうしていると、化狐はくっくっと笑う。


「そんなもの要らぬよ。寒かったのだろう?」

そう笑みを浮かべて化け狐が言う。でも雪音は腑に落ちないと言うようにモゴモゴ口を動かしている。


「でも、だって……むぅ……」

「いいのだ。この提灯で喜んでくれる。それだけで充分だの」

(ばけきつねさんは、ほんとうにうれしいんだ。ちょうちんで、よろこんでもらえるのが……!)

そう思い、もう一度提灯をじっくりと見る。その提灯には春を思わせる淡い桃色の花が散りばめられていた。


そうして雪音が提灯に見惚(みと)れていると、不意にそれを眺めていた化狐が口を開いた。

「雪音、と言ったか」

「そうだよ、ばけきつねさん」


「気をつけて帰るのだぞ。その提灯の灯りがお前を帰るべき所へ導くだろう」

そういった化狐にめいいっぱいの笑顔を浮かべて雪音は頷いた。

「うん! ありがとう! ばけきつねさん! じゃあ、またね!」

そういって、歩き出す雪音。


「元気でな、雪音」

聞こえた声に、雪音は振り返る。

しかし、誰も見つけることは出来なかった。

ただ、少し弱まった雪がしんしんと。

ふわふわと。

くるくると。


辺り一面を舞っていただけだった。



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