上
雪音は、冬ってキレイだなぁ。と思った。
しんしんしん、とふる雪は少し積もって。
窓から見えるセカイは少し静かで。
吐く息は白く色を変えてる。
とてとて。ぺたぺた。
歩く音が廊下に響く。
向かうのは、一緒に住むおばあちゃんの部屋。
がらっ。
引き戸を開ける音。
「おばあちゃーん。いっしょにねて?」
「はあい。こっちへおいで」
床に敷き布団を引いて、その近くで小さな薄い橙の灯りで本を読んでいたおばあちゃん。
てとてと。
歩み寄る音。
裸足の足裏から部屋の畳へ熱が奪われるような気がする程冷えた夜だった。
おばあちゃんの側にちょこん、と座る雪音。
「今日は寒いねぇ。風邪をひいてしまわないよう、雪音ちゃんは気をつけるんだよ?」
「うん! 雪音はちゃんと、てあらいうがいしてるよ」
「そうか、そうか。雪音ちゃんは偉いねぇ……。ささ、体が冷えないうちにお布団に入ろうかね」
本を仕舞うおばあちゃん。
一つの布団におばあちゃんと雪音、二人で入る。
「ねぇねぇ、おばあちゃん。ゆき、つもるかな?」
「さぁ、どうだろうねぇ。積もったら、何かするのかい?」
「うん! がっこうのおともだちと、ゆきがっせんするの!!」
雪音の話を笑いながらうん、うん、と頷くおばあちゃん。
「雪音ちゃんは小学校が楽しいかい?」
「たのしいよ! ともだちもできたし、せんせいとおはなししたりするんだよ」
中々寝付けないのか、雪音は学校での出来事を色々話す。
ひとしきり話し終わると、一息ついてニコッと笑う雪音。それを見ておばあちゃんもニッコリと笑った。
「そうかいそうかい、そんなに楽しいかい。良かった良かった……」
そう言っておばあちゃんは一人でうん、うん、と頷く。
そうしておばあちゃんが頷いていると、少し言いにくそうに雪音が口を開いた。
「……ねぇねぇ、おばあちゃん」
おばあちゃんは雪音を見た。
「はあい、どうしたの」
「なにかおはなし、きかせて?」
今よりもっと小さい頃、雪音はおばあちゃんに絵本をよく読んでもらっていた。
時には、おばあちゃんの知っている昔話も聞かせてくれていた。雪音はいつもおばあちゃんに話を聞かせてもらうのが楽しみだったのであった。
少し考える素振りをするおばあちゃん。
「んん、そうだねぇ……。じゃあ、少し、長いけれど……『狐火の提灯』という話をしようか」
「きつねびの、ちょうちん……ききたい!」
そっと目を閉じて、話を聞く体制を整える雪音。
雪音なりに物語のセカイに入るには、目を閉じるのが一番良いのであった。
「昔々、とある村に……」
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
『昔々、とある村に
一人の男が住んでいました。
その村のある所は、寒くなると沢山雪が降り、
人が見えなるなる程
雪が積もってしまうのでした。
ある寒い日のことでした。
その日は晴れており、
これなら雪も降らないだろうと
男は村を出て、山へと行きました。
男が山へ着いて、山の中を歩いていると、
明るかった空が急に暗くなっていきました。
そして、雪が降ってきました。
雪が降っているときの山はあぶないので、
男は急いで村へ帰ろうとしました。
しかし、雪がどんどん積もっていって、
ついに、男は山の中で迷ってしまいました。
雪で、村へ帰る道が分からなくなってしまった男は
雪に埋まらないよう大きな樹の下で、
座って雪がやむのを待つことにしました。
ですが、待っても待っても
雪はやみませんでした。
やがて、夜が来ました。
寒さの中、男は
雪がやむのを待ち続けました。
男はそうしていると、雪の中で
かすかな声がする事に気がつきました。
男はその声が気になり、樹の下から出ると
傘を差した一人の人が
歩いているのを見つけました。
「提灯ー、狐火の提灯は要らんかえ」
男が聞いた声は、その人の声でした。
「提灯ー、狐火の提灯は要らんかえ」
男は、寒さに耐えかねて
その人の提灯を買うことにしました。
「提灯を一つください」
そう男が言うと、その人は男に気がつき、
男に近づいてきました。
男は、その人の顔を見て驚きました。
その人は金色の髪の色をした、
金色の瞳をした、
人に化けた、化け狐だったのです。
それでも寒くて仕方がない男は
恐れることもなく、化け狐に話しかけました。
「提灯、狐火の、提灯を一つください」
男の言葉に化け狐は頷きました。
「一つ。……はい、どうぞ」
化け狐から、提灯を受け取った男はその提灯の暖かさに心が和み、こう言いました。
「あぁ、暖かい……!」
と。
「提灯一つ、おいくらですか」
男が聞くと、化け狐は答えました。
「提灯一つで、こんなにも喜んでくれるなら何も要らないよ」
と。
その言葉を最後に、
化け狐はどこかへきえてしまいました。
男が気がつくと、夜が明けて、
大きな樹の下で提灯を持ったまま寝ていました。
夜の寒さの中でも、
化け狐からもらった狐火の提灯の暖かさで
凍えずにすんだのでした。
すっかり雪もやんでおり、
男は無事に山から村へ帰ることが
できましたとさ。
めでたしめでたし。』
〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜
物語を語り終えたおばあちゃん。
閉じていた目を雪音は開けた。
しんしん、と雪がまだ降っている。
聞き終えた感想を雪音が言った。
「ばけきつねさん、とってもうれしかったんだね」
おばあちゃんは、雪音を不思議そうに見る。
「どうしてそう思うんだい?」
「だって……、じぶんのちょうちんでよろこんでもらえたんだもん。うれしいよ」
雪音の言った理由に、おばあちゃんはニッコリと笑った。
「ふふふ、そうだねぇ。よっぽど、嬉しかったんだろうねぇ」
ごそごそ。
雪音が布団にもぐりこむ音。
「おばあちゃん、とってもおもしろかったよ! また、おはなしきかせてね」
ニコッと笑う雪音。
橙色の優しい光がおばあちゃんと雪音を照らす。
「はあい。雪音ちゃん、もうそろそろ寝ようね」
「うん! おやすみ、おばあちゃん」
「おやすみ、雪音ちゃん」
灯りが消え、静かな青に染まる部屋。
窓の外ではまだ白い小さな光たちが舞っており、淡く、薄く、光を放っていた。