人切り
研ぎ澄ました刃で人を切る。切れば切るほど名があがり地位があがる。そんな時代に私は生まれた。
この世に生を受けたときから人を切ることを運命付けられていた。私の父も祖父も曽祖父もずっと人を切ることをなりわいとしてきた。実際私も毎日人を切り刻む父たちを不快に思うこともなくむしろ誇らしい程であった。子供の頃は、父たちと共に人を切り刻む日が来ることを毎日夢見ていた。人を切ることがこんなに苦痛なことだとは想像もしていなかった。
初めて人を切ったとき、私はこみ上げてくる嘔吐感を抑えることができなかった。口を押さえ土手に走り、胃の中を逆流させる私を見て同期生たちはにやにやといやらしい笑みを浮かべていた。いやらしい笑みを浮かべながら人を切り続ける彼らを見てまた嘔吐感がこみあげてきた。
あれから15年。私は数え切れないほどの人を切ってきた。もう人を切っても嘔吐することも顔を青ざめることもない。しかし何年経とうとも「人をきる」ことに慣れることはない。
刃が人の肉に跳ね返される繊細な弾力感。
その弾力感を押さえつけ肉を引き裂く感触。
引き裂かれた肉から滲み出す血しぶき。
血しぶきの中さらに肉の奥まで刃を押し込む力の入れ具合。
手に顔に飛び散った血がねっとりと皮膚にまとわりつく感覚。
血が大気と混ざって放つ臭い。
そのすべてが人を切るたびに私に襲いかかる。回数を重ねれば重ねる程、それらは複合しあい、増長しあいより大きな不快感となっていく。
その不快感とは反比例するように私は名を上げていった。父にも「お前に切られた者は痛みすら感じないだろう」とさえ言われた。その言葉が私をいまだにこの世界に留まらせているのだろう。
「先生。今日のオペも大成功でしたね」
「いつ見ても先生のメスさばきには見とれてしまいます」
曽祖父から続く大病院の跡取り医師は介助についた後輩医師や看護婦たちの言葉を聞き流し手術室をあとにした。
手術の予定表を横目に医師は深いため息ついた。
「明日も手術か。また人を切らなければ」