第九十一話
(……やっぱ強えな、そもそも的がしぼれない。これが上位クラスか)
謙二は、自身の周りを動き回りながら、攻撃を仕掛けてくる木崎に対して、そんな感想を抱く。謙二の気弾は、弾速こそ速いが威力を高める為には、ある程度の溜めの時間が必要である。そのため、連射性を上げてしまうと、野生の本能により強化された木崎には、殆どダメージは見込めない。かと言って溜めの時間を作れば、そこを集中的に狙われるのは目に見えている。一応動きながらでも溜めることは出来るのだが、それだと動きを止めるよりもかなり時間がかかってしまう。
「どうしたぁ! 良いのは威勢だけか!」
攻めあぐねる謙二に対して、そう煽りながら木崎は攻撃を繰り返す。謙二は反撃として左手から気弾を放つが、それもあっさりと避けられてしまう。次第に謙二は防御一辺倒となり、まるで亀のように縮こまり防御の姿勢を取らされてしまう。
(仕方ねぇ。光一、お前との特訓の成果を見せる時がきたぜ)
再度木崎が謙二に攻撃を仕掛けた瞬間、謙二は防御一辺倒だった今まででとは違い、左の拳を振りかぶる。今までで防御しかしていなかったことが、カムフラージュとなり謙二の拳は不意を突く形となって、木崎へと迫る。
(この程度耐えられーーッ!)
「どうだ? 威勢だけじゃないって証明できたかな」
普通なら耐えられる、そう思った木崎は迫る拳に対して、ろくに姿勢をとらなかった。確かにFクラスである謙二の拳など、普通なら殆ど効くわけがない。しかし、実際に謙二の拳は、カウンターで入ったとは言え木崎の意識を一瞬遠くさせるほどの威力があった。
(こいつ、あのスキルのエネルギーを拳に留めやがったな)
その種は、謙二のスキルである気弾にある。気弾は、腕にエネルギーを溜めてそれを発車するといった至って単純なスキルである。(他にも、弾速が落ちる代わりに少しだけ軌道を変えるといったこともできる)そして、謙二はこのスキルの一度腕にエネルギーを溜める、という点を利用していた。
原理は簡単だ、一度溜めるエネルギーを気弾として放出せずに拳に溜めたまま殴る。それだけのことだが、正規の使用法ではない使い方をするには、それ相応の努力が必要であり、謙二はこのクラス対抗戦の数日前から光一と少しずつ特訓してこの技能を完成させていた。
「ハッ、面白れぇ。そう闘いはそうじゃないと、面白くねぇよな。Fクラスながらにここまで俺に傷を付けたんだ……もう少し力を上げても大丈夫だろ?」
「!!」
そう木崎が言った瞬間、謙二の目には木崎の姿がぶれて見えた。そしてやって来るのは打撃を食らったことによる傷み。謙二は、左手にエネルギーを集めて木崎を殴ろうとしたが、
「効かねぇなぁ。こんなぬるい拳じゃ俺は止まらねぇぞ」
その拳は木崎に受け止められてしまう。謙二の拳にエネルギーを集める技能は、射程距離を犠牲にすることで、エネルギーを溜める時間を普通に気弾を発射するよりも短くする。といった技能であり、溜めの時間が零になる訳ではない。それを見抜いた木崎は、至って単純な対処法を考え付く。
(溜めると高威力の攻撃をする? だったら答えは簡単だ、¨溜めさせなければいい¨)
そう、短くなった僅かな溜めの時間すら許さないほどの速度で攻撃し続ければ良い。その強引ながらも強力な手に、謙二はまた防戦一方となってしまう。
(もうエネルギーを溜めさせる隙は与ない。そして、……こいつで終わりだ!!)
自身の素早い動きに翻弄されている謙二を見て、木崎は止めの一撃を見舞うために、一度謙二の正面から攻撃をする。当然それは防がれる。しかし、防御の為に謙二の足は一瞬止まり、木崎はその隙に謙二の後ろに高速で回り込む。そして、謙二の背中に向かって飛びかかる。その一撃は、それこそ生半可な攻撃では止まらない程の勢いを持って謙二へと迫る。
「かかった」
「!?」
しかし、その謙二の小さな呟きを強化された木崎の聴覚は聞き逃せなかった。木崎が謙二の腕を見ると、その右腕が突然に今日一番の輝きを放つ。
(なぜだ! あいつは最初からエネルギーを腕でから何回も放出していたじゃないか、さっきだって左腕から……左腕?)
そう、これが謙二の奥の手。不利になるのを覚悟で暫くスキルの使用を左腕に絞る。そしてこの、相手が止めを指すために油断する隙にずっと溜めていたエネルギーを解放する。今までで最高の威力を持った拳は、木崎へと高速で迫っていき…………あと皮一枚といったところで回避されてしまった。
(あ、危なかった。もし俺の聴覚が強化されていなかったら、あの呟きを聞き逃していたら……)
木崎は、自身の横をすれすれで通り抜けた拳から放たれた高密度のエネルギー弾に肝を冷やしたが、顔はすぐ笑みに代わる。
「どうやら最後の賭けは失敗したみたいだな」
「グッ……離せ!」
この距離まで近づかれ、ろくにエネルギーの溜めも終わっていないとなれば謙二に抵抗する力はなく、木崎に襟の当たりを捕まれ片手で吊り上げられてしまう。謙二はなんとか逃れようともがくが、木崎の拘束は緩まない。木崎は空いている手で拳を作ると。
「中々強かったぞ、最後に言いたいことがあったら聞いてやる。どうだ?」
木崎は、そう今から止めをさす謙二に向かって言う。もちろんなにか不振な動きをしたら即拳を振るって気絶させるつもりではあるが。すると、吊り上げられ苦しそうながらも、謙二が口を開く。
「その……言葉、そのまま返すぜ……」
「? 意味は分からんが、それが最後の言葉だぞ」
そう掠れながら言った謙二の言葉の意味は、木崎には理解できなかったが、やることは変わらない。木崎は握った拳を思い切り謙二の顔へと叩きつける。強化されたBクラス代表の拳に謙二が耐えきれなく訳はなく、数メートル以上殴り飛ばされて気絶する。しかし、
「!?? あの……言葉、そういうこと……かよ」
木崎の拳が当たり、謙二が殴り飛ばされている、まだ謙二に辛うじて意識があった一瞬の時間。謙二の口角は薄く上がる。そして、もう掠れていく意識のなか¨空中に打ち上げられていた気弾を木崎の頭上に落とした¨
最後に、謙二は薄れていく意識のなかで、自身と同じように倒れていく木崎を見て、
(だから言っただろ……¨かかった¨って)
そう思ったところで、謙二の意識は途切れた。
ーーーーーーーFクラス代表、斎藤謙二。Bクラス代表、木崎孝太郎。脱落
第十七話まで改稿しましたので、よかったら読み返してみて下さい