第八十八話
「うーん、どうすっかなー」
そう森のなかで呟やくのは、先ほど安室麗と藤堂花梨の二人を圧倒的なスキルの力により脱落させた男、萩野啓太。萩野はあの後倒した二人に背を向けて歩いていたが、ここでこれからの方針をある程度決めるために、立ち止まっていた。辺りを見回せば、ほぼ木々だらけな風景に、一部岩肌が見えるといったところである。この代表戦の会場は、ほとんどが木々に覆われており、その中で唯一木々に覆われていないのは、中央に大きくそびえ立つ大きな岩山があるのみといった形となっている。
今、萩野はその岩山の麓にいる形となっている。萩野も他の参加者と同じように、もう一人のBクラスの代表者と合流を目的に動いていたのだが、
「流石に、会場がこんな広いなら合流は難しいな」
そう言って、萩野がまた歩を進めようとしたその時。目の前から誰かの気配を感じて立ち止まる。萩野は、直ぐにでも動けるように心と体の準備をしながら、誰が表れるのかを確認するために
目の前の林を注視する。
「(誰だ? もし孝太郎だと嬉しいんだが……これで一之瀬なんてサプライズはいらないぞ)」
一瞬そんな最悪の事態が頭をよぎるが、その予想は外れる。林から現れた人物は、確かに一之瀬ではなかった。しかし、現れたのは、ある意味一之瀬よりも最悪といえる相手。
「ん? お前は確か……萩野とか言ったっけ」
谷中光一がそこにいた。
「(こいつ、確かFクラスの代表だったな。……アルマは右腕のみ、隠し持っている可能性もあるが別に問題じゃないな)」
萩野は光一の装備を見て、そんな感想を思い浮かべる。
「そうだよ、そう言う君はFクラスの代表だったけ。ここまで残っているのは凄いんじゃないかな、そろそろ下位クラスの人達は全員脱落する頃だと思ってたしね。そこでなんだけど」
萩野は、そう人を警戒させないような、しかし少し胡散臭い笑みを浮かべながら話す。そして、言葉そこで一度言葉を切ると
「さっさと脱落してくれないかな?」
その言葉と同時に腰の銃を取り出して、引き金を引く。その発射された数発の弾丸は、真っ直ぐに光一へと迫っていく。その、会話中という隙突いた銃撃に光一は回避行動を取らなかった。萩野は自身の放った銃弾が、光一の頭部へと迫るのを見て"勝った"と内心思ったが、
「今、俺の聞き間違いじゃなければ"脱落してくれない"と聞こえたんだが。まさか、こんな豆鉄砲でそんな寝言を言った訳じゃないだろ? そうだとしたら上位クラスってのは、ジョークの点数も高くないと入れないのか?」
その銃弾は、光一の右腕によって受け止められる。そして光一は受け止めた銃弾を握り潰し、地面へと落としながらそんな皮肉を返す。萩野はそれを聞くと、一つ小馬鹿にしたような笑を漏らす。
「なかなか面白いね、下位クラスほど面白くいホラを吹くみたいだ。いいよ、ここまで残ったことだし、ご褒美に僕の能力を見せてあげるとしよう」
ーーーーーー「さあ、show「time を始めよう。ってとこか」!?」
そう自身の言葉が遮られた瞬間、今までで余裕綽々(よゆうしゃくしゃく)といった顔をしていた萩野の顔が驚愕に染まる。それもそのはず、今まさに言おうとした言葉を完全に読まれれば、誰だって動揺する。しかも、全体でも上位クラスに位置する萩野に対して、最下位クラスの光一は一つの動揺も見せない。さらに光一は、
「そうだな、今お前が思ってる事は、"なぜ自分の事を知っている? まさか自分の能力まで知られているのか?"といったところかね」
「!!」
そう言葉を追加する。その言葉により、萩野の顔から完全に余裕が消え失せる。目の前には自身を脅かす敵、だったら萩野のとる行動は簡単だ、一瞬で倒せばいい。そんな希望にすがった萩野は、自身の手を光一に向ける。そして、そこから発射された熱線が、高速で光一に直撃する。しかし、
「"正体不明のshow time"いいスキルだな。この威力、この速さ、鳳城そっくりだよ」
光一は右腕でそれを防ぐと、そんな感想を言う余裕すら見せていた。もう、この時点で萩野の精神はかなり不安定となっていた。萩野の能力である"正体不明のshow time"は、触れた特殊系統の能力を三つまで時間制限と威力劣化をする代わりにコピーする。といった能力である。この能力は確かに強力だ、しかし弱点もある。一つ目は時間制限、これは一つの能力につき五分しかコピーした能力を使えないという点。もう一つは、触れないとコピーができない点だ。あげようとすればまだあるが、今のところ萩野に大きく不利になっている弱点はこんなところだろう。
「さて、随分と喋ったな。そろそろお喋りにも飽きてきた頃だ、こっちからも攻めさせて貰うぞ」
萩野が動揺していようとも、光一は容赦しない。四肢に力を入れて、一気に萩野へと迫る。
今ここに、Bクラス代表VSFクラス代表という字面だけならば、勝敗が分かりきった勝負。しかし、知っているものは知っている。この男、谷中光一はそのような闘いを何度もひっくり返してきた事を、そんな異常の闘いが始まる。