八十七話
萩野相手に刀を構えて突進する安室、これは何も無謀な策ではない。事実、安室も藤堂もどちらもデータの上の性能では萩野に及ばない。しかし、二人には人数というアドバンテージがある。そして、
「(奴の武器はいまのところあの銃のみ。だったら)」
そう頭の中で考えながら安室は距離を詰めて刀を振るう。萩野も銃弾で応戦するが、元々素人の銃はあまり精度がよいとは言えない。萩野もそれなりには練習したのだが、全身の身体能力強化を行う近接戦闘型の安室が今実行しているように、ジグザグに向かってこられると精度は格段に落ちる。そして、銃という遠距離系統の武器を使うところから安室は、
「(距離を詰めれば勝機がある!)」
その可能性に正気を見いだした。刀の間合いまで接近した安室は鋭く横凪ぎに刀を振るう。萩野はそれを後ろに飛ぶことで回避すると、銃口を安室へと構える。だが攻撃後の大きな隙、それを狙われたのにも関わらず安室の口元は笑っていた。
「(? 何故この状況で笑っていられる……まさか!)」
不利な状況で笑っていられる可能性、それは
「(上か! クソッ! こいつら俺が攻撃に集中するのを狙って……)」
逆転の可能性が残っている時だ。安室らは最初からこれを狙っていたのだ。萩野が安室に狙いを定める瞬間、攻撃の為にどうしても視界が狭くなるその時を狙っていた。それを狙い、今まで後ろにいた藤堂が、安室の体を目隠しにして上へと飛ぶ。空中の藤堂は既に自身のキャノンを構えており、しかもその形は先ほどとは違う。"ハイキャノン"スモールキャノンより高ランク、高威力のアルマであり、無防備な状態でくらえば萩野といえどただではすまない。しかも萩野は、なまじ藤堂に気づいたせいで引き金を引くのが遅れた、これでは安室に撃っても既に体制を立て直されている。
「(やっぱりBクラスの代表なだけあるね、多分Dクラスとかなら私に気づかず麗はやられてたと思う。でも、優秀なあんたなら私に気づくと信じてたよ)」
この作戦は、正直かなりリスキーであった。藤堂の思う通り、もしも萩野が藤堂に気づかなければ、安室はやられていただろう。だが二人は信じた、萩野の優秀さを。確かにリスキーな選択かもしれない、しかし二人は分かっていた。大きなリスクを背負いでもしなければ、上位クラスに二人で勝つことなどできないと。
「(やっぱり彼奴の言ってたことは正しんだろうな。"勝利を確信した時ほど周りに注意すべき"もし後ろに花梨が居ないことに、もう少し早く気づかれてたら駄目だった)」
そう前に言われた言葉を不意に思い出しながら、安室は今にもハイキャノンの砲撃を受けようとしている萩野の姿を見ていた。妙にゆっくりと感じた視界の中、萩野に防弾が直撃しようとした瞬間。安室は、萩野が何かを言ったように見えたが、それは砲撃音にかき消されてしまった。
「やった……の?」
未だ晴れぬ視界の中で、安室はそう呟いた。それはただの確認のためか、それとも自身を安心させるためのものだったのかは定かではない。
「誰も居ない所を見て、何を"やった"んだ?」
その、先ほどまで聞いていた男の声を聞いた瞬間、安室の体は凍りついたように硬直した。自身の後ろから声は聞こえてきたが、体がそちらを向くことに恐怖しているのか、瞬時に振り向くことができなかった。そして、やっとの思いで振り返った時、目の前には仕留めたと思っていた萩野の拳が迫ってきた。
「麗! 危ない!」
しかし、その拳は安室に直撃する直前に、安室の後ろから延びてきた藤堂の手から展開された堅牢な壁 (ハードラバー)によって辛うじて防がれた。
「へぇ、よく間に合ったな。今ので一人は仕留められたと思ったんだが」
「それは残念ね、でもこっちだって簡単にやられる訳にはいかなくてね」
萩野の拳を防いだ藤堂が、萩野と会話をしながら一瞬、安室へと視線を送る。その視線は萩野を見ろといったような視線であり、安室がそれに従って萩野の体を観察すると、
「(な、なんなの、あれは。"まるでオオカミみたいなアルマ"あんなのさっきまでは付けていなかった)」
そう、萩野のアルマはいくらか野性動物のような毛に覆われていた。手には先程まで持っていた銃の姿はなく、今は素手ながらも先程までより余裕を持った態度で藤堂と話している。
「(麗、どうやらあいつはまだ奥の手を隠していたみたいだね。……正直、どうするかわたしには考えが浮かばないよ)」
藤堂はそう少し弱気に小声で話す。確かに、あの大チャンスを逃した今、二人の勝率はかなり下がっている。そんな中、何かよい作戦捻りだそうと、安室らが頭を回転させていると、藤堂の頭に一つの案が浮かぶ。いや、これは勝つための案ではない生かす為の案といったほうがいい。耐久に優れる自分が囮になり萩野を食い止める。そして敏捷に優れる安室を逃がす、そんな作戦を口にしようとしたその時。
「あの、麗「逃げるなんて言わないでよね、花梨」
それより早く安室に言葉を遮られてしまう。そして安室はそのまま言葉を続ける。
「この代表戦が始まる前に言ったじゃない。"二人で勝とう"って、二人で闘えないなら彼奴にだってリベンジできないじゃない。だから、二人で勝とう」
それは、このクラス対抗戦が始まる前に交わした約束事。それを聞いた藤堂は、一度顔を伏せると、何か吹っ切れたような表情となり
「そうだね、二人で戦って"二人で勝とう"」
「そうこなくっちゃ」
お互いにそう言うと、二人は隣りに立って真っ直ぐに萩野を見つめて武器を構える。萩野は一度スキルを解除していたのか、姿は元に戻っていた。
「あら、律儀に待っていてくれるなんて随分親切なんだね」
「なーに、さっきまでは準備体操みたいなものさ。これから楽しいshow timeを初めるんだ、観客をショーの前に退場させる訳にはいかないだろ」
そう言葉を交わすと、萩野が指を鳴らしたのを合図に、先ほどのように萩野のアルマの外見が変わる。それと同時に萩野と安室は駆け出した。今度の交戦は先程より早かった。お互いに接近しているせいか、ほんの数秒もたたない内に安室の刀が届く距離まで互いの距離は縮む。
「(速い! こいつやっぱりこんな奥の手を隠していたか、通りであんな銃程度で余裕をかましていられたわけだ)」
そう心の中で悪態を付きながら、安室は刀を振るう。萩野はそれを後ろに飛んで避けようとした。が、
「(? なんだ、あの刀。さっきまでとは何かが違うぞ)」
ふと、強化された動体視力の中で、萩野は安室の持つ刀の異変に気づく。今までより鋭く、何かオーラのようなものがうっすらと見えるそれから、何か危険な予感を感じとり、萩野は横へと刀を避ける。そして、安室の刀が振るわれた直後、振るわれた先へ斬撃が質量を持って飛んで行く。これが安室の新しいアルマの力。消費は大いものの、近接攻撃手段しかなかった安室に加わった遠距離攻撃手段。もし、萩野が後ろに飛んでいたならば、この斬撃をまともに受けていただろう。
「(避けられた…………けど、かかった!)」
不意を突いた一撃も避けられた安室だったが、それでもその口元は笑っていた。なぜなら
「(今だ! 花梨)」
「なっ!?」
萩野が横に避けた瞬間、安室の後ろにハイキャノンを構えた藤堂の姿が見えたからだ。この二段構えの攻撃こそが、安室と藤堂の最後の策。萩野はたったいま回避動作をしたばかりであり、まだ直ぐには動けない。萩野はせめてもの抵抗か、藤堂に向けて手のひらを伸ばすことぐらいしか出来ず。
「(こんどこそやった! もうあいつに回避する手段はない。仮にハイキャノンで倒しきれなくても、私がその隙に畳み掛ける!)」
そう安室が頭の中で考えていたが、その思考は突如中断させられる。
「え?」
そんなすっとんきょうな声しか上げられなかった。なにせ、"自身の横をビームが通り抜けたと思ったら、藤堂が倒れていた"のだら。信じられないものを見るような目で、安室が自身の横、つまり萩野へと視線を向けると
「あーあ、まさかこれを使うはめになるとはね、あんまり遊ぶのもよくないな」
そんな事を言いながら、へらへらと緊張感のない表情を浮かべた萩野の姿があった。瞬間、安室は今までで最も速く、半ば無意識に刀を振るった。それは自身の大切なパートナーを倒された恨みも乗った、最速の斬撃であったが、
「残念」
それよりも速く、萩野の手のひらから発射された熱線に安室は撃ち抜かれた。熱線により胴体に大きな穴を開けられた安室は、地面へと転がる。そして自身の足が、段々と光の粒になっていくのを見て、ようやく倒されたことに気がついた。そして、もう敵わないことを悟った上で、一つの疑問を口にする。
「あ、あんたは三つもスキルを持っているの……?」
そう、今の闘いで安室は、少なくとも、高速装填に似たスキルに、獣のような身体強化、そして最後の熱線。その三つのスキルを確認した。もし、本当に三つものスキルを持っているのならば、文句なしにAクラスにいてもいいはずだ。しかし、萩野はBクラスの代表。その疑問に対して萩野は、もう直ぐにでも消えそうな安室に
「いいや、俺の持っているスキルは一つだけだよ。"正体不明のshow time"それが俺のスキルさ」
そう言い残して、萩野は何処かへと去っていった。
ーーーーEクラス代表、安室麗・藤堂花梨……脱落