第八十五話
鳳城の初撃を防いだ後、光一の行動は速かった。同調率を上げて、鳳城の元へと走り出す。普段の鳳城なら、いや例年通りのクラス対抗戦であれば、学年次席相手にFクラスの代表が向かっていったところで、あっさりとやられるだろう。しかし、この男。谷中光一はそう言った"普通"から少しばかり抜け出した男。
「なっ!? (速い! まさか、加速系統のスキルでも持っているんですの?)」
元々数値が上がれば上がるほど、アルマの性能を引き出し易くなるが、それ以上に上げることが大変だと言われる同調率を軽く七割ほどまで引き上げた光一は、それだけの強化をトレーニングアルマにより、全身の身体能力を引き上げるのに使う。それにより、下手な加速系統のスキルを持つものと同等近い速度で、光一は鳳城との距離を縮めていく。その間、鳳城もただ立っているわけではなく、熱線を撃ち抵抗しようとしたが、
「(いったいなんなんですの!? あんな右腕一本に私の熱線が防がれるなんて、しかもここまでのスピードを保ちながら)」
光一は、右腕を突きだして熱線と一瞬拮抗する。その後、走る速度は緩めず斜め横へと進むことで、熱線を防ぎながらも、速度をほとんど緩めずに前進することを可能としていた。
確かに鳳城のスキル、熱線は強い。射程も長く、再装填もいらない遠距離攻撃。さらに威力も高く同時に複数放つこともできる。
しかし、今回ばかりは相手が悪い。光一の装備である右腕のアルマは、限度一杯まで強化したおかげで、性能はAクラス装備にもひけをとらない。それに加えて、光一には集中がある。これにより同調率を高い水準で維持することができ、さらに魔力強化を使えば常人では至れない極地まで上昇させることができる。元々光一は、一つしかアルマを装着しないことを代償に、自身のスキルでアルマの性能を五倍に引き上げている。さらに、上昇させることが難しい代わりに、能力の上昇率が高い同調率を極限まで上げられる。光一のスキル、捨て身の覚悟 (プレパラズィオーネ・ディ・ディスパラード)と超高水準の同調率、これら二つの要素が合わさり今の光一のアルマに傷を付けるのは、並大抵の事ではない。
そんな事情を知らなかった鳳城は、どうしても光一がFという先入観を捨てきることはできなかった。その、心のどこかにあった"どうせ強いといってもBクラス、良くてAクラスの平均程度だろう"そんな先入観を持っていたせいで、鳳城は逃げるという選択肢をいち早く選ぶことができなかった。認めたくは無かったのだろう、自身のスキルがFクラス相手に効かないという事実を。そのせいで、鳳城は光一の接近をあと数メートルというところまで許してしまった。それにより、鳳城が撤退を選択しようと、機械の翼を広げたが、
「一手遅いぞ」
「!!」
鳳城の足が少し浮いた瞬間、もう光一は鳳城の眼前に迫り右腕を構えていた。その光景を見て、鳳城は一瞬あの光一の豪腕により一撃で数メートル吹き飛ばされた、Dクラス代表の最後がフラッシュバックする。あの豪腕、あの破壊力、それが自身に降りかかることを鳳城は想像してしまった。それにより、鳳城がとった行動は、
「う、うああああああああ!!!」
ほぼ半狂乱になりながら、自身の周りを飛ぶユニットと自身の手から出せるだけの熱線を撃つ。狙いなどない、ただやたらめったに撃っただけ。だが、それが幸をそうした。光一は、自身の顔へと当たる、一番威力の強い熱線を右腕で防御する。それにより拳の出が少し遅れた。そのおかげで、鳳城が宙へと逃れる価千金の時間が生まれる。光一は逃さないとでも言うように、拳を突きだすが、その拳は鳳城の機械の翼に少し当たっただけであり、鳳城は少し体制を崩したが、直ぐさま飛び去ってしまった。
そして一人、木々が倒れた跡の残る戦場に残された光一は、
「仕方ないな、次で仕留めるとしよう」
そう誰にきかせる訳でもなく、呟いた。