第八十四話
Dクラス代表の一人を倒した光一は、周りの警戒は怠らないままに歩いていた。この代表戦は、場合によっては乱戦になる可能性や多対一となる可能性もある。光一は、それを避けるために、他の代表者が互いに潰しあうのを待っていた。しかし、ただ一つの場所にとどまり続けるのは奇襲を受けやすい。ならば軽く動いていた方が、不測の事態にも体は対象しやすいだろう。そう考えて、集中を使いながら周りを警戒しながら移動していたのだが、
「……やっぱり、あれは使えないか」
そう光一は小さく呟きながら、自身の右手のひらを見る。光一は、歩きながらあることを試していた。それは、これまでに光一を何度も助けた魔力強化。しかし、ここではそれが使えない。いや、精確には"知覚・感覚"以外の魔力強化ができないというべきか。
「(ここはあくまで仮想空間。しかも"魔力"という概念を知らない人間が創った世界。なら魔力強化が適応されないのも納得だな)」
ここは仮想空間であり、この世界では魔力という概念は一般に認知されていない。ならば、魔力強化がこの世界で適応されないのも道理である。光一達は頭にパルスギアを着けてこの世界に来ている。パルスギアによって首から先に行く信号を一時遮断し、読み取ることによって、光一達はこの仮想空間で体を動かすことができる。つまり、仮に腕を魔力で強化すれば一応強化はされる。しかし、それで強化されるのは今頃ベッドに横たわっている現実の肉体だ、この世界ではなんの影響もない。
「(この状況一見不利だが、違う。パルスギアが頭の信号を読み取っているのなら、過剰な集中力は問題なく使える。それができるなら十分だ)」
そう考えると、光一は右腕のアルマを見る。重厚な黒一色に染まったそのアルマに目を引く銀色の腕輪が付いている。これは、笹山との闘いで勝ち取ったトレーニングアルマであり、これのおかげで光一は魔力や思考力のリソースのほとんどを集中に振ることができる。そんな事を考えながら歩いていると、木々がなく開けた広場へと出る。この場所は見通しも悪くなく、上からの見張らしも良い。ここでは隠れるのはあまり得策ではないだろう。しかし、光一は直ぐにその場所を離れるようなことはせず、立ち止まると誰かに向けて言う。
「で? 学年最下位クラス相手にいつまで隠れているつもりだ?」
その言葉のあと、光一は体を百八十度回転させる。それと同時に襲ってきたのは、高威力の熱線。生半可な防御ではあっさりと貫通するその一撃を目の前にして、光一は
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「……? 止まった。いったい何をする気ですの?」
木々が生い茂る天然の隠れ蓑の中、鳳城灯はそう呟いた。鳳城は最初、下から的にされ撃墜されるのを警戒して徒歩で移動していたのだが、途中で光一の背中を見つけることができた。なので少しでも情報を集め、あわよくば倒そうと隙をうかがっていたのだが
「で? 学年最下位クラス相手にいつまで隠れているつもりだ?」
「!?」
開けた場所に出たと思ったら、光一がそう背中を向けながら言った言葉を聞いた瞬間、いやな汗が出たのを鳳城は感じた。
「(まさか、気づいていた……っ! その上で泳がされていたとでも)」
そう頭の中に回る考えをまとめる時間を待つほど、光一の気は長くない。後ろを振り向き、自身の方を光一が向くとさらに感じる重圧は増す。肩書きだけを見れば所詮学年最下位クラスの代表。Aクラスの代表である自分に敵うはずがない。しかし、鳳城は知っている。いや、知ってしまっている。あの男、谷中光一が"あの学年首席、一之瀬颯真を倒した"という事実を、しかも先程Dクラスの代表を倒したのも眼にしている。それらのことから、鳳城はどうしても目の前の男、光一を格下とは見れない。そして、その圧倒的な重圧から逃れる為に、鳳城が選択したのは自身が最も信頼している一撃。
「(いくら彼でも、この距離であんな貧弱なアルマ一つだけなら防げないはず!)」
光一に向けた手のひらに熱が集まり、玉となる。そしてそれが一方方向に放出される。熱線、鳳城のスキルであり、生半可な防御ならあっさりと貫通する威力を持つ必殺の一撃。しかも、今までの鳳城は少し手加減をしていた。やはり現実世界で下手をすれば、貫通してしまう威力の熱線をそう簡単には撃てない。しかし、この世界は仮想空間であり、仮に腹部に風穴が相手も何の問題もない。それと、鳳城自身の空想、想像によって膨れ上がった光一の重圧から、鳳城は重圧から逃れる為に手加減無しの一撃を放った。
熱線は一瞬で光一の元へと到達した、光一は特に回避行動をとったようすはない。そして、熱線は光一に直撃し、光一の周りに土煙を上げる。そして土煙が晴れた時、鳳城の目に映っていたのは
「嘘……」
右腕を突き出した状態で、無傷のまま立っている谷中光一の姿だった。