第七十六話
結論を言うと、風気達を倒した後の戦いは蛇足であった。素早い動きで敵を翻弄する国崎に、一撃の重さがある天河、そして範囲防御が可能なアリエノール。この三人に他のCクラスは太刀打ちできず、ついに残りの人数が三人との放送がされる。
天河はその放送を聞いて苦い顔をしながら、国崎の方を見る。国崎も苦虫を噛み潰したような顔をしていた。当然だ。突然だった上に短い間の共同戦線であったが、三人の間には仲間意識が芽生えていた。そんな存在と潰し合いなどできる訳がない。すると、アリエノールがお互いに顔を見合わせた国崎と天河から一歩下がると、
「智也君、国崎さん。ちょっといいですか」
「え? ええ。いいわよ」
突然の発言に国崎は少し動揺したが、アリエノールの何かを決めたような顔つきに、何を決めたのか悟る。
「やっぱり二人は凄いです。あんな強かった風気さん達を倒してしまうのですから」
そう話すアリエノールに、天河は何をしようとしているかを直感で感じとりながらも、それを止めるようなことは言えなかった。
「あれはアリエノールの協力があってこそだよ。それに俺が強いのはスキルだ、俺自身が強いわけじゃない」
天河は、そう少しだけアリエノールの言葉に反論するが、アリエノールは、
「いいえ、多分私がいなくても智也君と国崎さんはあの二人に勝ってたと思いますよ。それに、スキルだって立派に智也君の一部です。いいじゃないですか、スキルが強ければ自分も強いで」
そう笑顔で話すアリエノールに、天河と国崎は完全に黙ってしまう。アリエノールはそこまで言うと、少し深呼吸するように溜めをつくる。そして自身のハチマキに手をかけると、
「ーーだから、二人で勝って下さい」
そう言ってハチマキを勢いよくほどく。それと同時に、スピーカーから機会音声でアリエノールの脱落が放送される。その後、今度は笹山の肉声による放送で、クラス代表決定戦の終わりが告げられた。
クラス代表決定戦も終わり、その日の放課後。天河はあれからアリエノールと話ができていなかった。検査などで忙しかったのもあるが、それよりも
「(これでよかったんだろうか)」
そんな考えで頭が一杯なせいであった。あと一人倒せば代表になれる。そんな状況で、他人に勝ちを譲る。そう簡単にはできない行為であり、それで代表となった天河は、アリエノールに対してどう接すればいいのか分からなかったのだ。
そんな事を考えながら帰る際に、ふと中庭の方を見てみると、
夕暮れのなかに佇むアリエノールを見つける。天河は意を決して話しかけると、
「あ、アリエノール。その……」
「あれ、智也君じゃないですか。どうしたんです? 智也君は代表なんですから早く帰って休んだほうがいいですよ」
青い髪を揺らしながら、アリエノールは笑顔でそう話す。それでも、天河は気づいた。いや、気づいてしまったというべきか。
一瞬だけアリエノールが見せた、寂しさと残念さが混ざった表情を。
「なあ、アリエノール。ほんとうに良かったのか、俺達に代表を譲って」
「だから言ったじゃないですか、智也君と国崎さんは強いって。だから私よりも二人に勝ちを譲ったほうがいいと思ったんですよ」
「確かに、理論じゃそうかもしれないけどさ。それでアリエノールは満足なのか?」
その問に、アリエノールは口ごもってしまう。その顔は先程まで見せた寂しさと残念さが混ざった表情であった。
「そりゃ、少しは悔しいですよ。でも、私じゃ二人には逆立ちしたって勝てないです。だったら、ああするしかないじゃないですか!」
普段おだやかな性格のアリエノールであったが、この時ばかりは語気を強めた。しかし、直ぐに笑顔に戻る。悔しさや無念を乗り切った空元気の笑顔に。
「もし、私の行動に後ろめたさでも感じているのなら、一つだけお願いを聞いてくれませんか?」
「何だ? よほど無茶じゃなければ最大限の努力はするけど」
一つだけアリエノールが天河にする"お願い"。天河はよほど無茶でなければ、叶えようと思って聞く。すると、アリエノールは天河に背中を見せたまま、数歩進んでから振り向くと、
「今度のクラス対抗戦で優勝して下さい。……約束ですよ?」
夕暮れの日差しを背中から受けながら、そう言う。天河はどんな無茶が来るのかと思って体に入っていた力が抜けて、思わず笑ってしまう。そして、
「ああ、約束するよ。絶対優勝する」
そう宣言した。その後、天河のアリエノールと別れた後の帰りの足取りは軽く、胸のつっかえがとれたようであった。そして、その顔つきは間違いなく代表の顔であった。