第七十話
谷貝を倒した光一達は、その後も三人で協力しながら進んで行く。相手が一人なら人数の差であっさりと勝ち、数人がかりであってた場合であっても。
一撃が入ればそれだけで勝負が決まる強力な攻撃力を持つ谷中光一に、気弾による遠距離への攻撃手段を持つ斉藤謙二。さらに、防御・攻撃・敏捷の三つの能力強化のスキルを持つ山崎詞乃。谷貝がいない今、残りのFクラスにはこの三人をどうにか出来るメンバーはいなかった。
『山岡御井、失格』
「もう結構な数倒したんじゃない?」
また一人、倒したクラスメイトの一人が失格の放送をされ、詞乃がそう二人に尋ねるように話す。
「確かに、ざっと数えても十五人は倒してるな」
「もう俺達しか居なかったりしてな」
そう謙二が冗談混じりに言ったその時、またスピーカーから放送が入る。しかし、それは今までのような失格者の名前を放送するものではなかった。
『あー、あー。マイクテスト、マイクテスト』
その声は、今までの淡々とした機械音声ではなく、光一達の担任である笹山の声であった。
『さて、もうかなりの人数が倒されているみたいだな。なので、残りの人数を発表しよう』
"残りの人数"という言葉に光一達は反応し、放送に耳を済ます。光一達が放送に集中する中、放送された内容は、
『ーーーーー三人だ』
光一達の協力を終わりへと導く内容であった。
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「(………もう、終わりかな)」
詞乃は、残り人数の放送を聞き終えると、ため息を吐きながらそう思った。
「(私の力じゃ光一や謙二には勝てない。でも、こんな力しかない私がここまでやれたんだ、悔いはないかな)」
詞乃は、あまり戦闘面での力がない自分がここまでやれたことに満足するかのように薄く微笑むと、ハチマキに手をかけようとする。その時、
「(? 何をする気なの)」
詞乃の目の前には、光一と謙二が自身の数メートル先で向かい合わせで対峙する光景が広がっていた。
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光一と謙二はの二人は、放送を聞き終えると、一度お互いの目を見る。その後、言葉はないまま詞乃から数メートルほど離れると、互いに向き合う。
何をするかは口にしなかったが、互いに目で何をするかは伝わっていた。謙二はオーソドックスな構えを、光一は右腕を立ててまるで盾のように謙二に向ける。といった構えをとる。
ここまで両者は無言だったが、ふと謙二が口を開く。
「ようやく闘えるときが来たな」
「ああ、そうだな」
そんな短い会話だったが、それで十分であった。その会話が終わると同時に、謙二の拳から放たれる気弾が闘いの合図なった。
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「(どうだ? いや、このくらいでくたばるような奴じゃないな)」
謙二の放った気弾は光一に直撃し、砂煙を上げたが、視界が晴れると、
「………」
右腕を盾のように構えたまま、無傷の光一がそこにいた。
「今度は、こっちからいくぞ」
そう短く言った光一の動きは速かった。ただの直進、何の仕掛けもないただの直進であったが、その動きは鋭く速い。しかもそれを止めようと、謙二も気弾を発射するが、右腕の盾に防がれてしまう。
「(不味い、光一の間合いに入っちまった)」
もうお互いの拳が届く距離に入った光一は、まず単純な左のジャブを繰り出す。最も、単純なジャブと言っても"記憶復元"により達人やボクサーの動きをある程度コピーできる、光一のジャブの鋭さは並みではない。
ギリギリでそのジャブを謙二は回避に成功する。半ば無意識であったが、その後直ぐに距離を取ろうと後ろに跳ぶ。しかし、光一はそれを許さない。後ろに跳ぼうとした謙二の足を踏むことでそれを封じる。
ガクンと、動きが急に制限された謙二は大きく体制を崩す。そして、
「ほら、本気で避けないと決まるぞ」
「!?」
そう短い忠告とともに光一の右アッパーが謙二に迫る。その瞬間。
「………! うまく避けたか」
「そう簡単にやられてたまるかよ!」
二人を起点に大きく砂煙が上がる。それは、謙二が足元に向けてありったけの気弾を撃ち込み、さらに、限界まで同調率を上げて足を強化。気弾の反動と強化した足によって、大きく跳ぶことで光一のアッパーを回避したという訳である。
「(ここだ! ここで限界まで気弾を溜めて、今の俺が出せる最大の火力を見舞うしか光一に勝つ道はねぇ!)」
大きく跳んだ謙二は、跳んだ先にあった木の枝に居たが、覚悟を決めたような顔をすると、右拳を左手で握る。すると、だんだんと右拳が光だす、そのうち光はいつもの気弾より大きく強く輝いていく。
そして、先ほどの気弾の砂煙が晴れようとした時。
「くらえ、俺の全力を!!」
謙二は光輝く拳を構えて、光一に向けて砂煙を切り裂きながら、木から飛び降りる。その勢いのまま発射された最大の威力の気弾は、光一の眼前まで迫り、
「限界突破!!」
光一の全力の右ストレートと衝突し、光は拳に貫かれて霧散する。そして、
「(ああ、やっぱり光一は強ぇな)」
謙二の眼前に今度こそ防げない光一の拳が迫り、勝負が決まろうとしたその瞬間。
『残り人数が二人となったので、これにてクラス代表決定戦を終了します』
スピーカーから流れるその機械音声に、光一は拳を謙二の目の前で止めた。