第四十六話
「(これで逃げてくれよ)」
光一は内心焦っていた。その理由はというと、まず光一はあまり大人数対一の経験がない。テロリストの時はほとんど奇襲や相手の足をサブマシンガンで撃って動けなくしてから闘っていた上に、先程のDクラスとの闘いでは、実質最初に大半を一撃で潰したおかげで麗と花梨の二人だけとしか闘っていない。
それでも光一は街の不良に五対一で絡まれても返り討ちにする自身があった。それは記憶復元による武術の動きや集中といった技能のおかげである、が。この世界では少し勝手が違う、それはアルマの存在だ。
このアルマのおかげで身体能力が強化された人物は、素人でも瓦を容易に砕くほど強化される。これにより何気ないパンチでも元の世界の不良よりよっぽど速いパンチとなり、強化された身体能力での攻撃相手に、武術だけではきついものがある。しかもそんな人物が四方八方から責めてくるのではさすがに分が悪い。それを解決するのが¨魔力強化¨である。それによって過剰な集中力での冷静な判断や強化された手足のおかげでパワー負けもあまりしない。たからこそ光一は焦っていた、なぜなら。
「(さっきの戦闘が長引いたせいでもうほとんど魔力が残ってない、普段ならそれでもこんな奴らには負けないんだが)」
そこまで思考したところで、光一はちらりと詩野の方を見る。
「(詩野を守りながら闘うのは流石にきついな、しかも何故かはしらんがハチマキを大量に持ってるせいで見放すことも出来ない)」
光一はそこで思考を打ち切る。そして、まだ突撃するかしないかで迷っているDEクラスの男たちの方を向くと、
「どうした? 来るのか来ないのか早く決めな、今なら回れ右して逃げるのなら見逃してやらんこともないぞ」
そう挑発しながら何処からか取り出した百円玉でコイントスを行う。男達は¨今なら逃げれるのか……¨¨逃げる? 罠じゃないのか¨¨まさか、あのコイントスの結果で逃がすかどうか決めてるのか¨¨あいつが抱えてきた奴は、内のクラスのトップじゃねぇか¨¨か、勝てるわけねぇ、あの藤堂と安室を倒した奴になんて¨などと、それぞれ考えながらも数人は既に逃げ出そうとしながらも、最後の踏ん切りが付かないといった顔をしていた。
「お、俺はやるぞ。そ、そんな強そうなこと言ってるが所詮Fクラスだろうが。しかもアルマはその右腕の初期アルマだけじゃねぇか、そんなんじゃベニヤ板ぐらしいか割れねぇぜ!」
だが、ただ一人光一の前に歩みより、足が少し震えていたが挑発までする男がいた。光一は男がそこまで言ったのを聞くと、無言でコイントスをした百円玉を右手で掴みとり、そのままファイティングポーズを取る。
「へっ、やっとやる気になったか。この俺がテメェを、ぶちのめしてやる__」
そこまで言ったところで、男は光一の右手から何か銀色の塊が落ちるのを見た。そして、それを見たとき驚きに目を見開いた。光一が落とした銀色の塊とは、グシャグシャに丸められた¨百円玉¨であった。
「(ちょっとまてよ、いくらアルマが凄いっていってもあいつが纏っているのは最低ランクのアルマだぞ。あんなのギリギリ瓦一枚割れるかってのに百円玉をグシャグシャに丸めるなんて芸当、しかもあいつそれを片手でやりやがったぞ!?)」
男はそこまで思ったときには既に先程の勇気は無く、目の前の光一をただ恐ろしく感じていた。そして、
「おい」
「は、ハイッ!」
「どうした? 来るのか、来ないのか、どっちなんだ」
「し、失礼しましたー!」
男は低くあまり抑揚も無い光一の声を聞いたあたりで既に背を向けて駆け出した。それにつられて一人二人と逃げていき、直ぐに光一の前にDEクラスの男達はいなくなった。
「さて、邪魔者もいなくなったな。俺はこいつらを保健室に連れていくけれど、付いてくるか?」
男達が見えなくなってから光一は麗と花梨を抱えると、詩野の方を向きそう提案する。詩野はまだ目の前の出来事が信じられず放心しているのか、コクりと無言のまま頷き光一の後を付いてくる。
「ねぇ、光一」
「なんだ?」
「その人達どうしたの?」
「さっき襲われたから倒した、それだけだ」
「え……」
暫くすると、放心状態から回復した詩野がそう聞いてくる。光一は簡単な受け答えをしながら歩いていると、
「(なんか、揺れてる。…………ハッ! そうだ)」
「私、何を__ッ痛!」
気を失った状態で、光一の腕に抱えられていた麗が目を覚ます。だが、まだ先程の木が頭に直撃したダメージが残っているのか、直ぐに頭を押さえる。
「お、起きたか。気分はどうだ」
「え、なんであんたが此処に……って! 何よこの状況!」
「おいおい、暴れるなよ。それにあれだけの勢いで頭に木が直撃したんだ、大人しくしてろ」
光一は顔を少し赤くし暴れる麗をなだめると、また歩を進める。光一の額にはうっすら汗が浮かぶものの、それ以外は花梨と麗の二人分の負荷など全く気にしない様子で歩く。それを見て麗は、
「(まったく、敵を助けるなんてな。それに私と花梨を抱えて余裕なほど鍛えているのか、これでは勝てないのも通りかもな)」
そんな事を思いながら、光一の腕のなかでもう一度目を閉じた。
短くて本当にすみません